プロローグ
目の前には雲にも届きそうな立派で大きな木が立っている。幹はすごくしっかりしていて、手でさわると木とは思えないほどなめらかだ。葉っぱも光に当たるとキラキラと輝いて見えるほど美しく、風が吹くと木の葉が擦れ、精霊が歌でも口ずさんでいるかと感じてしまうほど心地よかった。しかし、それも昔の話、たった三十分たらずでこんな姿になるなんて。幹は所々えぐられており、ひび割れもかなり目立つレベルまできている。枝もかなり折れており、数多くの枝が水たまりだらけの地面で横たわっている。わたし達は守ることができなかった。これが最後の一本だったのに、守り抜くことができなかった。
わたしはごめんね、と心で思いながら木の幹をなでた。わたし達にもう少し力があれば、何度もそう思い、悔しくて唇を噛み締めてしまう。でもそんなこといつまで思っていても何も変わらない、マナの木を救わなきゃ。わたしならできるかもしれない、このマナの木を治すことが。前は間に合わすことができなかった、でも、今ならできるかもしれない、エリクサーを作ることが。
ドアの開く音がして誰かが入ってきた。遠慮なく入ってくる時点で誰だかはなんとなくわかる。
「今思い出してもこないだの戦いはきつかったね」
振り向きもせずに本棚の整理をしていると声をかけられた。この声はやっぱりルミちゃんだ。
「そうだね、おかげで体中傷だらけだよ。もう二度とあんな戦いはしたくないよ」
まだ剣と剣の交える音や爆音が頭の中でよみがえってくる。恐かった、恐かった、本当に恐かった。でも、戦わないと魔法が使えなくなるんだもん、みんなも頑張って戦ってるし、わたしも戦わないわけにはいけないし、5対20ぐらいって反則だよ、あの黒騎士じんじょ~うじゃないくらい強かったし、嫌な日だったな。そんなことより今はマナの木を治すために早くエリクサーを作らなきゃ、もう作り方は何となくわかってる、あとは材料が早く着くのを待つだけ、もう少しだ。
「ねぇルミちゃん、ギンさんから連絡きた?」
「まだ連絡きてないよ、でも、もうそろそろくると思うよ」
整理を終えて振り向くとルミちゃんはいろいろな本で散らばっている机の上を漁っていた。
「お姉ちゃん、最近あまり部屋から出てこないけど何してんの?」
やばい、そこには見られたくない物をおきっぱなしだ。見つかる前に注意しなきゃ。
「あんまりつく・・・」
「何これ? 日記?」
あぁぁどうしよう、注意する前に見つかっちゃた。
「お姉ちゃん、見ていい?」
ってルミちゃん、もうめくって見てるよ、聞く意味ないじゃん。ちゃんとわたしの返事を聞いてからにしてよ。どうしよう恥ずかしいな。何でおきっぱなしにするかな、わたしのバカ。
「メルルの冒険記、っぷ、ぷぷ、あはは」
ルミちゃんは腹を抱えながら笑っている。それを見てわたしはものすごく体が熱くなってきて、いてもたってもいられなくなった。
「わたしがね有名になってね、もしかしたらね、ね、ずっと語り継がれるかもしれないじゃん、だからわたしのやってきたことを、本に書いて残せたらなぁ、なんて」
わぁ、自分でも何言ってるかよくわからないし、最後の方めっちゃ声がちっちゃくなっちゃたよ。
ルミちゃんはこっちを向いてニヤニヤしている。
「それってわたしが前に言ったこと? 英雄になるんじゃないかって」
わたしは恥ずかしながらも頷いた。
「やっぱりお姉ちゃんはすごいな、本当にすごいよ。なれるよ、お姉ちゃんなら絶対」
ルミちゃんは微笑みながら返してきた。その顔は頑張れとかそのような類のものではなく、そうなるんだろうなってゆう顔に私は見えた。昔から何でルミちゃんはわたしをそこまで高くかっているのだろうか?姉妹だから?それでもここまでないよね、何でだろう、よくわからないや。うん、わたしがいいお姉ちゃんだからってことでいいよね。
「そうかなぁ、なれるかなわたし?」
「なれるって、それにわたしも手伝ってあげるし」
えっへんとも言わんばかりに、自信満々に言い切るのはすごいよ、ルミちゃん。
「それよりこれ見ていい?」
うん、もうさっきからペラペラめくって見てるよ、聞いている意味ないよね。
ルミちゃんの顔が一瞬ニヤっとして本を閉じ、椅子に座った。
「お姉ちゃん、集中して読みたいから邪魔しないでね」
そう言うと静かにわたしの書いた本を読み出した。
まだ見てもいいとも何とも言ってないんだけどなぁ、まぁいいか、わたしもやらないといけないことがあるし、それをやっておこう。ちなみにルミちゃんだから見せるんだからね、ヤンとかに見られたら……気をつけなきゃ。
「サラちゃん釜を暖めてくれる」
そしてわたしは錬金術に没頭した。