第七幕
――行くのか?
狩りが始まる前に行った問答を、再び繰り返した。
あの時は詳しく話せなかった話。
“狩り”によって埋められていた別れ。
ギンは、改めて司の気持ちを再確認したかったのだ。
「そうだ、ね。名残惜しいけど、区切りをつけなくちゃいけないから。前から思っていたんだ。いつかはここを出ようって」
――そうか……そうだな。レオは外の世界を見てきたほうが良い。外の世界を、知ってくるといい。
「ありがとう」
――礼には及ばないさ。
「ギンは、これからどうするの?」
――そうだな。……もうココには誰もいないから、用は特にないのだが……。だがまあ、移動する理由も無いからな。ここに居座る事にするか。
「ここは、いい場所?」
――そうだな。レオと出会えたのだから、いい場所なのだろう。
「そっか……」
辺りに咆哮が鳴り響いた。
――やはり、締めにはこれだろう?
司は笑った。
「そうだね」
――出会った時と同じだ。
「うん」
――嗚呼。やはり月は美しい。司、空を見上げてみろ。星が綺麗だ。
ギンは、司を司と呼んだ。
二人の旅を始める前の、呼び名。
無論、司もそれがどう言うことを指すかわかっている。
わかっているからこそ、敢えて断った。
「今じゃなくても、いいんでしょ?」
ギンは、少し戸惑っていた。
だが、ギンは思い出した。司の性格を。
『ああ、こいつはこういう奴だった。こいつは、全てをわかっている。わかっているからこそ、敢えて……』
ギンは涙を流し、心底嬉しそうに、頷いた。
「どうしたの。何か痛いことでもあった?」
ギンは思った。
ああ、こいつは外に出さなきゃならない。そうしなければ、報われない。こんなにも優しさを持ち合わせていながらこいつは、それに何一つ気付いていない。
それではあまりに不憫だ、と。
――ああ、嬉しかったんだ。
「嬉しかった?」
――外の世界に出れば、セカイで色々なことが起こっているのがわかる。司は、いろんなことに触れて、いろんなことを学ぶといい。そこから得られるものは沢山ある。殺すことだけが生きるコトじゃない。それが、外に出ればわかるさ。今はわからなくともいい。わかったときには、何故私がないて、嬉しく思っていたかもわかるだろうさ。同じ様なコトで、司もなくかもしれない。
「なく?」
司の疑問は尽きない。
――涙は、痛くて流すだけではないんだ、司。
まだギンが何を言っているのか、よくわかっていないようだった。
司は、嬉しいと言う感情は出るようになった。
だがそれは、物事から一直線に『嬉しい』と感じる場合だけだった。
曲がったり、折れたり、返ったり。
感情が出るまでには多様な道が存在する事を、司はまだ知らなかった。
――外に行けばわかるさ。
「……そう」
――わかるといいな。
「そうだね」
――また何かあれば来るといい。但し、土産話は必須だぞ?
司は笑いながら言った。
「何の話をすればいいの?」
――何でも良いさ。外の世界で感じた事を話してくれれば、それでいい。
「それなら簡単そうだ」
――そうか。それは良かった。
「撫でてもいい?」
――血だらけだがな。いいのか?
「ああ、いいよ」
司は、毛並みに手を載せた。
「ああ……柔らかい」
――ふふ。気に入ってもらえたか。
「うん。こんなに柔らかいんだったら、またがってみるんだったな」
――冗談だけにしておいてくれよ。
「冗談だよ」
ギンは、いつものように笑い出した。
――司が言うと冗談も冗談ではないような気がしてな。
「む。失礼だな。僕にもそれくらいわかるよ」
――ふふ。そうか。
「そうだよ」
その言葉が、区切りとなった。
「それじゃあ……行くね」
――ああ。またな。
「うん。また」
さよならは言わない。
それは、二人の共通の思いだった。
司はギンを一瞥した後、背を向けて歩き始めた。
高く手を振りかざして。
呼応するように、ギンが鳴いた。
ギンがこの山で鳴いたのは、初めてのことだった……。