第六幕
司とギンが目覚めたのは、昼過ぎだった。
夜起きている分、長めに睡眠をとっておくというのが、二人の作戦だった。
「それじゃあ、支度を始めようか」
司は森へ入ると、アカガシを探し始めた。
すぐにそれは見つかった。
日ごろから森を駆けている賜物だ。
切り倒すと、石手に持ちやすい大きさまで石刀で削っていった。
数時間で、短めの木刀が二本出来上がった。
――ほう。刀か。
「うん。やっぱり刀が良いよ」
――しかし、今までレオの狩りの姿を見た限り素手が多いようだが。
司は、舌を出して笑った。
「結局最後は、身一つで戦うことになるかもしれないね。でも、やっぱさ。折角戦うのならば、それを楽しまなくちゃ」
――そうだな。
陽が傾き始めた。
狩りの時間は、刻一刻と迫ってきている。
司とギンは、手分けして食料を集めていった。
司は植物、ギンは獣。
短時間で、軽く一日は越せる食料が集められた。
持久戦などにするつもりは毛頭ない二人であったが、念には念を入れていた。
食料調達が終わると、司は身の回りを片付け始めていた。
狩りが終わる。それは即ちここを去ることを意味する。
――ここを出るのか?
ギンの声は、これまでとは少し違う色をしていた。
「どうした。らしくないよ、ギン」
――そうか。確かにな……。
表にはあまり出なかったが、ギンの覇気がいつもより弱いのは明らかだった。
そんなギンを見て、司は初めてギンの弱さを感じた。
ギンを励ますように、司はおだやかな声を出した。
「大丈夫だよ。逢おうとすればいつでもここで逢えるさ」
ギンが、笑いを含んだ声を発した。
――ふふ。レオに気を使われてしまうとはな。私も老いたものだ。
「何を言っているんだ。いつだってギンは強かったじゃない。少なくとも、僕の理想だよ。ギンは。それは今だって変わらない」
――泣かせる事を言うじゃないか。レオは変わったな。
「そんなことはないよ」
風の流れが変わった。
――お話は一旦休憩にしようか。
司も、変化に気付いていた。
「そうしよう」
足跡を潜ませていようが、音を除ききることは出来ない。
くわえて、ギンの嗅覚は人の何倍も良い。住人達の行動は筒抜けだった。
ギンは、面を上げた。
――さて、今後について話そうか。
司は、ギンの思惑に気がついた。
「そうだね」
――何処へ行くのだ?
「まだ、決めてないよ」
――ふむ……。外の世界も、昔とは違うのだろう。人の世が如何なものか、少々興味がある。レオ、少し教えてくれ。
「残念ながら、僕も行ったことはないんだ。生まれてから、ずっとここだったからね」
――そうなのか。
目前にまで、敵が迫っている。
だが、まだ早かった。
彼らが油断を見せるその瞬間を、二人は待っていたのだ。
案の定、隙は簡単に生まれた。
彼らが、剣を振り上げた一瞬。彼らは勝利を確信したばっかりに、大振りだったのだ。
二人がそれを見逃す筈がなかった。
司は、彼らの顎を的確に突き上げていった。
その動きに無駄は一切なかった。
単純だが確実。機械のように計算されつくした正確な打撃。
それが、司の最大の特徴であると共に、最強の武器だった。
「なんで! こんなハズじゃ……」
「悪いね。昨日の話を聞いてしまったんだ。恨むのなら、聞いてしまった僕を恨むんだね」
ひっ、と言う声がいずこからか聞こえた。
しかし……もう既に全ては遅かった。戦いのゴングは、とっくの昔に鳴り響いていたのだから。
淡々と彼らをないでいく司の横では、狂喜に満ちた寅が、唸り声を上げながら住人達を蹂躙していた。
こちらでは、あまりの速さに声を上げる暇もないようだった。
ギンは、白い牙を用いて人々を狩っていた。
牙には人の血が塗られ、牙はぬらりと輝いていた。
ギンが人々を狩るたびに、牙は月に照らされ、血の軌跡を描いていた。
刀を一閃するかの様に、ギンは彼らをを蹂躙し続けた。
――――時は流れて。
狩りの時間は終わった。
辺りは血の海と化していた。
淀んだ空気は血の臭いを孕んでいた。
司の身体はどす黒い血潮にまみれていた。
レオは鮮血を浴び、真の獣へと変貌していた。
「終わった」
――ああ。
「早かった……のかな」
――どうだろうな。
既に生き物とは呼べなくなったそれらを一瞥し、二人は歩き出した。