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社の罅に這入った子供  作者: 不埒者
第一章 過去/荒廃
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第二幕

司が十を迎えた冬、住人の頭が一匹の寅を引き連れて山に帰ってきた。

「今日から我らの一部となる寅だ。心して目に焼き付けろ」

頭はそう言い、鎖を引いていった。

頭が去ると、辺りは一時騒然となった。

それもその筈。

毛並みは白銀で覆われ、瞳は空のような藍色なのだ。

加えて、人語を理解し意思の疎通も取れると聞く。

こんな寅が居れば、驚かない方が珍しい。

その日から暫く、寅についての噂は後を絶たなかった。

北の国から来たのではないか。という話に始まり、挙句は素性・気性・知能に至るまで。多様な噂が跋扈した。

しかし実のところ、寅の素性を知る者は多くなかったのだ。

理由は明白。寅との接触を試みる者が殆ど居なかったからだ。

噂をした所で身の安全は変わらない。だが、直接言葉を交わすとなったら話は変わる。寅の気を逆撫ですれば無論、命の保障はできない。

鎖で繋がれてはいるが、そんなもの、断ち切ろうとすれば容易に断つ事が可能だろう。

何人もの命に手をかけてきた彼らでも、獣力の前では無力な小鹿でしかない。


結局のところ、一人一人の戦力はそう大きくない彼らが今に至るまで優位に立てていたのは、標的となる敵の情報が事前にあり、それに対する戦力を安定供給出来ていたからだった。


だからこそ、司の存在はこの組織に必要不可欠なものとなったのだ。

この頃、司は単独で標的を始末する仕事を主としていた。

普通、単独で標的を始末するには、無心と自己の抑制が最低限必要となる。

恐怖が、単独任務の最も大きな敵だった。

だが、司に恐怖はない。もとより恐怖と言うものを知らない彼に、単独任務は最適だった。

だが逆を返せばそれは、複数での行動が出来ない事を意味する。

恐怖と言う感情は、自分の命を守ろうとする意思から発する。

しかしそれは、生きる事への執着があって初めて湧き出る感情なのだ。

司にとって命とは、自も他も変わらず『軽い』ものだった。

命への執着がない者と、命への執着がある者。価値観の違う双方が分かり合えるはずもない。仕事が出来るので無下にも出来ず、次第に住人達は司に顔色を伺うようになっていった。


そんな司にとって、寅は貴重な友だった。

司は、寅が銀色の毛並みをしていることから【ギン】と呼んだ。

司がギンと初めて会話したのは、ギンが山へ来てから一月後だった。


食料調達のため司が食材を散財していたところ、山の中腹から咆哮が轟いたのだ。興味をそそられた司は、中腹まで一足飛びで駆け上っていった。

辿り着いたのは、洞穴だった。

顔をのぞかせると、暗がりから碧眼がじっと司を睨んだ。

それにも臆せず、司はあるいた。

暫くして、司は足元が軟質なものから硬質なものへと変わっている事に気付いた。

よく見てみれば、踏み固められた跡がうかがえる。

地面には、はっきりと足跡がついていた。

その跡は、さらに奥へと続いていた。

司は、足跡を辿っていった。

洞穴の中に響くのは、司の息遣いと足音。

そして、時節洞穴を揺るがす寅の咆哮。

暫く歩き続けると、開けた場所に行き着いた。


――誰だい? 私の住処に入ったのは。

思わず身構えた。

――子供か。年端も行かぬ子供が、何故こんな場所に居る?

「面白そうだったから。それだけだよ」

その答えを聞いた寅は、声を上げて豪快に笑い出した。

――そうかそうか。面白そうだったからか……。それにしても、よくも私を怖がらないな。大の人間でさえ、初めて顔を合わせたときは悲鳴を上げて逃げ出すものだが。

司は、「またそれか」とため息をついた。

「怖くないよ。別に。と言うか怖いって何? 教えてよ、僕に」

再び寅は笑った。

――気に入ったぞ、お前。名はなんと言う?

「本当の名前は知らない。けど、司と言う名前は、貰った」

貰ったと言う響きに違和感を覚えた寅は、司に疑問を呈した。

――何故【司】と言う名をもらったのだ?

「死と獅子を司る死神だから、と言ってた」

――そうか。ならば、『レオ』と言うのは、どうだ。

「レオ?」

――そうだ。お前の名の基になった獅子の意が、『レオ』には含まれている。

「良い名前だな。気に入ったよ」

寅は満足げな笑みを浮かべた。

――それはよかった。

「そうだ……僕に名前を付けてくれたから、君にも付けてあげるよ」

予想外の不意打ちに面を食らいながらも、まんざらではない様子だった。

――ふふ。それは楽しみだ。

「そうだな。……銀色だから、『ギン』と言うのはどう?」

寅は『ギン』と言う名前を、反芻しつづけた。

――気に入った。

「よかった……」

寅の……ギンの満足そうな表情を見て、司は安堵した。

――なんだ。笑えるではないか。

司は、ギンの言葉を受け、不思議そうな顔をした。

「笑う?」

口元に手を当てると、緩やかに曲線を描いていた。

「これが……笑うってコト」

――そうだ。それが、笑うってコトだ。獣であろうと人であろうと、楽しいときには自然に笑みが零れるもんだ。それが、この世で生きるってことだからな。その感覚を、お前は忘れちゃいけない。

「ああ、そっか。これが」

……楽しいっていうコトなんだ。


思えばそれが、司が生まれて初めて見せた本当の笑顔だったのだ。

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