第一幕
少年の話をしようか。
ある、一人の少年の話を。
彼は、生を受けた瞬間から一人だった。
生んだ張本人は、早々に彼を山のふもとに置き去りにし、何処ともなく消えていった。
不幸な話だ。
しかし。彼にとって、この出来事は始まりでしかなかった。
彼が置きざりにされた山。それは、地元民から『獣の巣』と呼ばれる立入不能の地だったのだ。
何故、この山が『獣の巣』と呼ばれているのか。
それは、入ったが最後二度と帰った者は居ないと言う、死の巣窟だからに他ならない。
彼はこの山の住人に拾われ、虐げられて育った。初仕事は、五歳の祝い日だった。
惨殺された死体を土に埋める、死体処理だ。
尋常ならば気が狂うその作業を、彼は何も思わずこなした。
……当然だった。
だって彼は、ここに来てからずっとそんな光景を見て育ってきたのだから。尋常の感覚など、とうの昔に消えてしまったのだ。
そんな彼の仕事捌きを見て、いつの間にか住人達は彼を【司】と呼ぶようになった。
死と獅子を司る死神として。
彼にとって“殺すこと”は、食事するのとなんら変わりない作業だった。
死体処理は、粗相の後を隠すようなもので、罪悪感の欠片など、微塵もなかった。いや、そもそも罪悪感と言うものを、未だかつてこの少年は感じたことがなかったのだ。
仕事になんの感傷もしない彼は、住人達に重宝された。
そんな彼が、初めて人に手をかけたのは二年後、七歳の祝い日のことだった。
その日、不正賭博に手を染めていた官僚の一人が脱走したとの連絡が入った。住人達から数人が、誘導役として賭博場の裏に身を潜ませていた。
身を隠してから暫くして、標的である男が裏口から出て来るのが見えると、メンバーは一同に取り囲んだ。
「なん……だ」
返事には答えない。
元より、答える理由がない。
背後に隠れていた一人が彼の口を押さえ込んだ。
始めはもがいていた男も、数分もすれば静かになった。
男を袋に入れ込むと、メンバーは拠点である山のふもとに帰還した。
ふもとまで辿り着くと、メンバーは袋から男を放り出した。
同時に男の意識が戻る。
「ここはどこだ」
「……」
そんなのは答えなくていい。どうせ死ぬ命なのだから。
だが、今日の司はいつもと違っていた。
初めて人を殺すことを待ち望んでいたように。
司は、今から起こる惨劇を想像し、楽しんでいたのだ。
「ここは、ただの山のふもとだよ。但し、二度とは戻れないと名のついた山だけどね」
そう言って、司は口元を冷ややかに歪ませた。
男の顔が恐怖で引きつった。
「助けてくれ……」
命乞い。だがもう遅い。司のスイッチは、もう既に作動してしまった。
「怨むんなら、自分の行いをまず怨め。じゃあな」
そう言って、司は男の首を絞め始めた。ゆっくりと、ゆっくりと。
男の手が腕を掻き毟ろうが。司は、その手を緩めはしなかった。
男の目元に、涙が滲み始めた。涙が男の頬を伝って流れ落ちるのを傍目で見ながら、司は着々と男の首を絞めていった。
嗚咽は、長く空に響いた。
そして、男の最期のときがやってきた。
男は司をねめつけ、般若の形相をしながら逝った。
司が首下から手を離すと、男はどさりと地面に伏した。
もう生き物とは言えない、ただの肉塊。
それをみて、司は思った。
「ああ、命はこんなにも軽く、容易いのだ」と。
それが、司が初めて人を人として殺した、最初の感想だった……。




