表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/49

46 虫も殺せる女




 一触即発とでもいえばいいのだろうか。ここジャイロ城の一角では勇者である小梅と千花の正面に兵士姿の若者が四、五名。兵士たちの表情は一様にきつい。




 ジャイロ城はハチヤの砦に比べると当たり前だが何倍も大きかった。砦がレゴ風の砦なら、ここは何風の城といえばいいのか。シンデレラ城のようなロマンティックキャッスルではなく、歩くたびにがしゃんがしゃんと音がする全身甲冑の似合う城、質実剛健タイプとでもいっておこうか。

 砦は赤茶色であったがここは灰色の硬そうな石が外部も内部も覆っている。というのはほとんどその石で出来ているので当たり前なのだが、砦は執事たちが長年かけて廊下や壁や場所によっては天井も加工した木材を張り付けてあったのだ。莉子たちが召喚された部屋は珍しくリフォームが入っていなかっただけで、フローリングは標準装備で部屋によってはログハウス風だったりしたのである。

 ここジャイロにも部屋によってはフローリングもあるかもしれないが、莉子たちが泊まっている部屋は貴賓室にあたるので床全面に毛足の長いじゅうたんがしきつめられていた。一般の兵士の部屋は基本石材がむきだしでベッドの横に備品で一枚ラグがあるだけだという。


 ジャイロ城に来てから基本的にシースと小梅は別行動、千花もジャイロの城の中でまで護衛をつける必要性は感じない為ひとりで行動している。それでも念のため人気の少ない所などは通らないようにしているし、知り合いが忙しくしていないのなら一緒に行動するようにはしている。

 三人が参加している兵士の事前訓練にはシースもリオンも参加していない。なぜなら”ハチヤ”の執事だからだ。だが勇者の護衛としてこれからも行動を共にする二人なので非公式にレクチャーは受けているようだ。ただ執事たるものナントカカントカということでシースもリオンも大部分が既に知っている、既知の事実らしく簡単な確認で済むらしい。シースはさすがに現れないがリオンはちょこちょこ莉子を待ち伏せては一緒に食堂に行ったりなんやかんやと莉子を構い続けている。リコという剣も魔法も使えない勇者と若いドラゴンはニコイチ。これが城内で常識になりつつある。


 この城に来た目的でもある魔物討伐前の兵士が受ける訓練は城に着いた翌日から既に始まっていた。午前中は魔物の生態や軍隊内での常識などを室内で学ぶ。昼食をはさみ午後は実習訓練となるのだが、今は昼食のあとの休憩時間である。

 莉子はいつものごとくリオンに連れ去られて不在。小梅と千花は教室のようなところからまっすぐ食堂に行ったため筆記具などを置きにいったん割り当てられた自室に戻るところだった。

 今日は部隊の入れ替えがあるとかで作戦から帰って来たひとたちがいたため普段より食堂も廊下も混み合っていた。千花の衣装のこともあって(無駄に広がったスカートが場所を取る)いつものルートではなく食堂を出てから一番近い階段を上り二階から自分たちの部屋へと向かっていたのだ。このあたりは食堂が近いことからもわかるとおり城のバックヤード的な場所であるため廊下には敷物もなく靴音がよく響く。


 その廊下を歩いているときに反対側から兵士の集団が来たため廊下の端に寄り会釈をしてすれちがうはずが、なぜか彼らは立ち止まり二人に文句を言い始めたのである。文句といっていいものか判断に悩むが、要はお前たちを勇者などとは認めない、何も知らない女子供に何が出来る、とかそういった類のものだった。


 自分たちをあまりよい目でみていないひとたちがいるということは小梅も千花も感じてはいたが、正面切ってはっきりと言われたのはこれが初めてであった。

 二人は特に反論するでもなく黙って聞いていたのだが、それがむこうの癇に障ったらしい。今度は意気地がないとか腰抜けとか違う台詞も混じり始めた。

 もちろん意気地がないから黙っていたわけではない。返事を返しても返さなくても同じなら面倒だから黙っているのが小梅で、後で報告する時にこちらが有利になるようにと黙っている千花である。

 勝手に向こうはヒートアップし、いつまでもうだうだぐだぐだとしつこいことしつこいこと。このまま貴重な休み時間を減らされるのもどうかなあと小梅が黙っていることに少々飽きてきたそのとき─




  ぺーぺぺぽー ぺぽぺぽぺぽぽ♪


 小梅と千花以外にはなじみのない音楽が流れてきた。千花は聞いたことはある気がするのだが曲名はわからない。小梅はあきれた顔になったあと、目を閉じた。関わりになりたくないので寝ることにしたらしい。飲み会ではなく仕事で午前様なのに通常出勤が連続五日目の企業戦士のように立ったまま眠るつもりだ。ここは満員電車ではないので支えはないが、そこは勇者補正がかかる。


  ぺーぺぺぽー ぺぽぺぽぺぽぽ♪


 案の定というか、小梅たちが上ってきたのとは違うここからすぐの階段を上ってきたのは莉子だった。いつもくっついているはずのリオンの姿は見えない。莉子ひとりだ。

 

  ぺーぺぺぽー ぺぽぺぽぺぽぽ♪


 曲自体に問題はないのだが楽器に問題がある。どうやらこちらの世界にもあるらしい縦笛、リコーダーで演奏しているのだが、日本のあれ、全国の小学校に流通しているあれよりも(今までにどれだけの数が出荷されたのか気になるところだ)かなりコミカルな音色なのだ。無理やり説明するならば、あのリコーダーにヘリウムガスを吸わせた感じ、とでも言えばいいのだろうか。


  ぺーぺぺぽー ぺぽぺぽぺぽぽ♪

 

 しつこいリフレインである。他にメロディはないのだろうか。

 ここで千花が莉子から縦笛を取り上げた。


「なんなの莉子ちゃん」

「何ってテーマ曲」

「意味分かんないんだけど」

「戦いの前に自分を鼓舞する感じ?喧嘩売られてたんじゃないの?売られたものはきっちり買わないと。向こうもそれで生計立ててるんだろうし。スパルタンXでもよかったんだけど、それじゃあうちの野郎どもが泣いちまって話にならないだろうから、ここはオーソドックスに平沢進先生の名曲で…」

「ここにいるひと誰も知らないから、その曲。それに『うちの野郎ども』もいないから」


 いつもドラゴン族をくっつけて歩いている女の子がやってきたと思ったら謎のメロディを縦笛で吹いていた。怒ることも忘れてあっけにとられてしまい、慌てて「バカにするな!」と怒鳴りつけようとしたらその前に勇者仲間に縦笛を取り上げられ説教を受け始めている。千花と小梅を囲んでいた兵士たちは一気に冷めた。彼らはいちゃもんをつけては来たが、城の内部にいることを許されている程度には認められている兵士たちである。特に言葉も残さず静かに迅速に立ち去った。きっと彼らの本能が緊急退避を告げたに違いない。


「あれ?追っかけなくていいの?」


 莉子も千花も、もちろん小梅も兵士たちが黙って立ち去ることに気付いていたが特にリアクションは起こさなかった。寝た子は起こすな、である。そこにリオンが「盛り上がりませんでしたね」と言いながら現れた。莉子に言われたので隠れて見守っていたらしい。このあと午後の訓練の時も夕食時にも特に何事も起こらず、その日は静かに終了した。

 





 この騒ぎの翌日、午前の授業を終えリオンとともに部屋に戻ってきた莉子は部屋の前に箱を見つけた。扉の前にぽつんとおかれているそれはどうみても「怪しい」そのものである。ここからやや離れた隣の部屋の扉の前と廊下を挟んでその向かいの部屋の扉の前にも同じような箱が置かれている。隣が小梅の部屋でその向かいが千花の部屋だ。


「どうしよっか」

「警備担当者を呼びましょうか」


 莉子に触れないようにと言ったリオンがまともな返事をよこした。ここはリオンの言うように一切手を触れずに城の警備担当者に引き渡すべきだろう。たとえそれで警備担当者がどうにかなったとしても、勇者の部屋の前にこんなものを放置させたままであるので致し方ないと思われる。


「んー、でも中身気になっちゃうな」


 莉子はそういうと「だいじょうぶだって」と言いながら箱を開けてしまった。中身を見た莉子の反応は「へー」である。そこに小梅と千花が帰ってきたので莉子はのぞいていた箱から顔を上げ「虫の詰め合わせが届いてるけどどうするー?」とのんきに聞いた。小梅の「莉子に全部まかせる」の言葉に「了解」と答えた莉子は小梅と千花の部屋の前の箱を回収し、自分の分とあわせて三箱を持ってリオンとともに自室へと消えた。

 

 自分の横で顔を曇らせている千花に気付いた小梅は「こっち来る?」と千花を部屋に誘い、備え付けのティーセットで二人分のお茶を淹れた。貴賓室にふさわしいラグジュアリーなソファにひらひらなスカートを広げ、千花は淹れたてのお茶を前に顔を曇らせたままだ。


「ちーちゃん、莉子だもの大丈夫だって」

「でも、小梅ちゃん…」

「ちーちゃん忘れたの?あの娘、針金ハンガーでGを一撃で仕留め…」

「やーめーてー」


 あまりの惨状に千花が脳内の記憶倉庫から抹消処分していた忌まわしいあの記憶が、小梅の一言で記憶の長期保存庫から「ヤア、コンニチハ!」と一瞬で奇跡の復活を遂げてしまった。

 小梅は言ってしまってから後悔したがもう遅い。自身を抱きしめるように体をこすっている千花は器用に顔にまで鳥肌を立てている。


 針金ハンガーでどうやってGを始末するのかって?そりゃあ針金ハンガーのあのねじねじを逆に回転させ、針金を一本の棒状にし…、あとは読者諸君の御推察の通りである。

 そう、莉子はGを針金ハンガーで成敗していた極太神経の持ち主なのである。見方によっては漢の中の漢なのである。虫型魔物がなんぼのもんじゃい!なのだがまさか誰もそんなこと思っていないだろう。


 虫の詰め合わせを送るという嫌がらせをし、これで騒いだら「それ見たことか、虫すら怖がる女に魔物など倒せるはずがない」とそういう作戦を立てたのであろうが、残念、一番最初に見つけてしまった相手が悪かった。

 よりによって三人の中で一番虫に強い莉子だったのだ。

 今頃はきっと「よい教材を手に入れた」と自らせっせと展翅しているところだろう。助手にさせられているリオンが虫嫌いでないことを祈る小梅であった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ