45 ジャイロ城へ
「じゃあ、気をつけてね」
「あんまり無茶しないように」
「おいしそうなもの見つけたらお土産、夜露P苦」
オストレイ郊外、中心地からのびている複数ある街道の内の一本のとある一角で、三人の女の子が互いの体を叩いたり突っついたりしながら言葉を交わしていた。
ハチヤでの壮行パーティーを終えオストレイには三人でやってきたが、ここからジャイロ城までは別々に向かうことになったからだ。
小梅は正規のルートというか、世界本部との打ち合わせどおりドラゴンの籠を使いややゆっくりめの行程、四泊五日かけてジャイロに向かう。どうしても勇者さまに一泊してもらいたいという国単位での陳情を断り切れなかったのだ。
千花は小梅と同行してもよかったのだが、移動魔法の練習にちょうどよいということで自力でジャイロに向かう。ステラとアクアのほかにステラが所属しているエルフの国の魔法部隊、五番隊から女性と男性の魔法使いが一名ずつ護衛の役割でやってきた。ステラは何を隠そう五番隊隊長なのである。魔法使いの女性エルフは千花の格好を一目見るなり「かわいー似合ってるー」と大はしゃぎだった。
移動陣を使う魔法は移動陣と移動陣が魔法のトンネルでつながっていてそこを通りぬける感じなのだが、今回千花が練習する移動魔法は陣のないところを移動するものである。風の魔法を使い自分の体を高速移動させる。自分のまわりの空気を乱さずに移動しなければ自身の体にダメージをこうむるため、それなりに練習が必要なのだ。特に魔物と戦う、戦闘を行う魔法使いにとっては必須のスキルである。
千花もハチヤで少しだけ練習したがまだまだ初心者レベルなので、これをジャイロに着くまでにそれなりにモノにしなくてはならない。千花の魔法習得がまさかの出だしでつまづくパターンだったため、この初歩的な魔法があとまわしになってしまったが、結果面倒くさい勇者さまご一行から外れることが出来たので千花的にもステラ的にも結果オーライであった。
アクア的にもジャイロに着くまであまり人目を気にせず使い魔修行が出来るとよろこんでいる。
莉子は高レベル会議(もちろんsound only)の結果、単騎で向かわせろということで意見の一致を見た。小梅に同行させていらぬ心労をかけさせるな、ということである。莉子はポムと最終打ち合わせをして、明後日オストレイを出る予定だ。もしかすると三日後と言っていたがそれはやめろと小梅と千花で説得した。
莉子は強行軍をしてみたかったのだが、その方法が自分を紐でリオンにぐるぐるまきにして固定し、リオンには徹夜徹夜でジャイロまで飛んでもらうというものである。自分たちの限界を知っていた方がいいという莉子の主張であったが、まだ戦ってもいない勇者が徹夜明けのよれよれでジャイロ入りするのはいただけないという説得に莉子が折れたのだ。ジャイロまで好きに旅行させてやるんだからそれくらい我慢しろ、こっちは王族と晩さん会なんだけど、と小梅に言われてしまえばさすがの莉子もおとなしく引き下がるしかない。ここでしつこく反論しては自分も晩さん会なんてことになりかねない。莉子も一応藪蛇という単語くらいは知っているのである。
「そんな気はしてましたけど、あっさりとした別れでしたね」
「まあ問題なければ一週間以内に再会しますしね」
本来なら港近くのドラゴン専用の離着陸場から出発するべきだったのだが、小梅の野生の勘があそこはやばいと告げたので急遽郊外のこの地からドラゴンの籠が飛び立つことになった。間違いではなかったのだろう、シースから今日の予定を聞いた莉子が非常につまらなそうな顔になったのを小梅は見逃さなかった。まったく何を企んでいたのやら。
さすがに広場であってもオストレイの街中からというのは問題があったので、田畑ではないドラゴンの離着陸に問題のないそれなりに広い土地を検討しここに決まったのだ。移動魔法でジャイロを目指す千花も街道沿いにすすむ方が道に迷ったり宿や食べ物に困ることもない。もっとも千花はここまできたら野宿もそろそろ経験した方がいいかもね、と達観していたが。同じ野宿でもこれが莉子になると話はまた違う方向へいきそうだが、それはまあいいだろう。
「ほんとうにシースさんには何から何までお世話になって。ジャイロ城まであと少しですがよろしくお願いしますね」
小梅は隣に立ちドラゴンの籠からともに地上を眺めているシースにそう言うと目礼した。さすがに他人の前で勇者が一執事に頭を下げるのも、という時期に来ている気がしたからだ。籠には今日初めて顔を合わせたひとも乗っている。
「それなんですが、最後までお付き合いすることになりましたので、もうしばらくご一緒させていただきますね」
「?」
小梅がえ?という表情でシースを見上げる。
「この前ハチヤに戻ったときに嫁と長男に言われました。ちゃんと最後まで勇者さまにお付き合いしてきちんとお守りするようにと。ジャイロ城まで送って帰ってくるだけなんてこどもでも出来ると言われてしまいました」
「でも、それじゃ」
「どうやらリオンもずっとリコさんに付くようですし、わたしとリオンの立場はジャイロについてから各方面と相談してうまいことしますから」
「そんな、ちびちゃんだってまだ小さいのに、大丈夫ですよ」
「いやいや、ここで帰っても家に入れてもらえませんよ。何よりわたしもどうかと思っていたんですよね。正直、嫁に言われてほっとしました」
にっこり笑うシースのその笑みはきちんとした大人の笑みで、まだちゃんとは大人になりきれていない小梅には出来ない笑顔だったけれど、それを理解できないほど小梅はこどもでもなかった。
「こちらも正直ほっとしました。わたしだけでなく、他の二人もいろいろご迷惑をおかけすると思いますがどうぞよろしくお願いします」
自分のことを「あたし」とは言わず「わたし」と言った小梅は今度は目礼では済まさず、シースに向かってきちんと頭を下げた。
五日後、行程通りに旅を終えた小梅はシースとともにジャイロ城入りした。
ぴょこぴょこと街道沿いに移動するゴスロリ美少女がひとり(美女と美少女では美少女寄りではあるけれど、ぶっちゃけ美少女というには年を取り過ぎているが便宜的にここは美少女と表現する)。そう、千花である。魔力は潤沢というか売るほどあるので困らないが、まだコツをつかみ切れていないので一度の移動距離が少ない。エルフの女性魔法使いいわく「なんだか黒ウサギがちょこちょこ移動してるみたい♪」移動魔法を使い慣れているひとからみればもうかわいくって仕方ない初心者の動きらしい。
移動魔法で千花と並走している男性魔法使いは「なるほどこれが『ギャップ萌え』というやつですか」と腕組みしながらふむふむと頷き「使い方合ってます?」とアクアに確認したりしている。
魔法が使えるひとばかりのエルフの国で魔法部隊に所属しているくらいだからそれなりに魔力が強いと推察される二人だが、エリート臭もなく気さくな雰囲気を醸し出している。
と千花は思うことにした。
なんだかこの二人から感じる匂いが、莉子とかリオンとかゲンティアーノとかポムとか少々あっち系な気がしなくもない、んじゃなくてするはずがない。
と千花は思うことにした。
エルフの国の魔法部隊、五番隊は通称”宴会部隊”である。
正統派が志願するのは第一王子の一番隊、策略好きが志願するのは第二王子の二番隊、力でゴリ押しタイプが志願するのは第三王子の三番隊、スピード重視が集まるのが第四王子の四番隊で、後方支援を得意とするものは第一王女の六番隊。四番隊と六番隊は数人から十人程度のチームを組んで他の部隊の出張サポートに入ることが多い。
五番隊はいずれのカラーにもなじまない魔法使いたちがこそりこそりと入隊してくる部隊である。
「つまりそれがステラさんのカラーだったということですか?」
街道沿いを移動し続け、夕方に一軒の宿屋に落ち着いた一行。初老の夫婦が経営する宿はこじんまりとしており使用人はひとりだけ。他に客はなく、四人と一ぬいぐるみは食堂を貸し切り状態で夕食の真っ最中だ。千花は自分で言いながらそんなカラーってどんなカラー?とわけがわからなくなったが面倒なのでフォークに刺した肉をもぐもぐすることでごまかした。
「いや、わたしに個性がなさすぎたのかもしれないですね」
そういう返しで来るのかとつけあわせのじゃがいもらしきものを続けてもぐもぐする千花。肉のソースは上品な味わいだったし、このじゃかいものソテーもスパイスを数種類合わせたものを使用しているらしくけして濃い味付けではないのに複雑な味わいだ。一日目からどうやら当たりをひいたようだ。ただ、素朴で清潔感のあるこの宿屋の食堂で浮きまくっている自分の服装がどこかせつない。
「確かに隊長は他の隊長と比べて幸薄そうな感じですもんねー」
「幸の濃い薄いの話じゃないんじゃない?」
食堂のテーブルで厨房から一番見えにくいところに座っているのが千花、千花に隠れるようにアクアがテーブルの上に座っている。もちろん隠れきっていない。
千花の隣がステラでその向かいが男性魔法使いのラフィカ、その隣、つまり千花の向かいに女性魔法使いのルジアダ、ステラもラフィカもルジーと呼んでいるが千花はそこまで親しくないので「ルジアダさん」と呼んでいる。最初に幸薄そうと言ったのがラフィカでそれに答えたのがルジアダだ。
「ところでなんで”宴会部隊”なんですか?」
来る途中、移動魔法は近距離でしか使えないが魔力は有り余っているし、移動魔法はDon't think, feel.ということらしいので、ひたすら短距離移動を繰り返しつつおしゃべりにこうじていた魔法組なのである。その中でエルフの魔法部隊の各隊の特徴を聞いていた千花はそう質問した。
「わたしが入るときにはもうその別名があったから」
だからわたしは良く知らないの、とルシアダが答えた。ラフィカとルシアダは同期ということでラフィカも”宴会部隊”の由来を知らない。そういえば隊長なんで宴会部隊なんですか?とラフィカにたずねられ苦笑するステラ。
「聞きたいですか?」
「あれ?それは聞かない方が幸せっていうパターンじゃないですか?だったら俺は遠慮しておきます」
「わたしもー。知らない幸せ」
千花は気になったが聞かないことにした。どうしても知りたくなったら二人のいないときにステラに聞けばいい話である。
魔物が発生してからしばらくのち、エルフの魔法隊が部隊単位で各自掃討活動していた時期があった。まだ魔物の種類や生態もそれほど解明されておらず、各部隊が魔物を探しながら移動し見つけ次第始末することを繰り返していた頃の話である。
五番隊はエルフの森の南に広がる砂漠地帯に行き、迷子になった。どうやら迷子になったらしい、と気付いた直後に砂嵐に襲われた。砂嵐が収まらない三日三晩目、結界の中でじっとしていることに飽きた五番隊の面々は、隊長であるステラが交代で眠りについたとき動き出した。隊長を起こさないように無音でどれだけおもしろい魔法芸が繰り出せるかという勝負をはじめたのである。
次から次へと自慢の魔法を披露する隊員たち。魔法も無音なら観客も無音という縛りの中で皆かなりのハイテンションになっていく。声を立てて笑いたくて笑いたくてしょうがない衝動が徐々に感染し、誰かがそのソウルを解放するべく静かに踊り出した。無音カチャーシーである。
それを見た別の隊員は俺もこのパッションを昇華させるぜと無音カチャーシーに賛同し、俺も!わたしも!ぼくちんも!とみなで踊り出し無音で踊り狂っている自分たちがおかしくなり更に踊り狂って砂漠の底が抜けた。
ソウルがパッションがアンビションもエモーションもとにかくそういうものたちが結界の中で行き場を失い、結界を張っていなかった自分たちの足元へと流れ込んだのだ。まさにクイックサンド。このときの経験がステラのハチヤ島鍛錬場での床付きドーム結界である。
五番隊の面々が落ちたところは、そもそもそこに岩石や土が詰まっていれば抜け落ちるなんてこともなかったわけで、彼らのいた場所の地下は空洞だったのだ。砂漠の洞窟。そしてそこは魔物の巣窟でもあった。
というわけで寝起きのステラはわけがわからないままやけにハイテンションな部下たちといきなり魔物相手に白兵戦に挑むことになったのである。狭い洞窟に魔物と仲間が芋洗い状態。こんな中で魔法は難しいが使えないわけじゃない。なのに隣で、前で、後ろで、戦っている部下たちはなぜかみな笑顔のまま素手で魔物をタコ殴りでアドレナリン大放出(異世界のしかもエルフにアドレナリンが分泌されるのかは謎だがアドレナリンもしくはそれに準じたもの、と解釈していただけるとありがたい)。
その雰囲気にのまれたステラも魔物相手に竜巻旋風脚をきめたりなんかして、終わってみれば多少の負傷者は出たもののこちらはほぼ無傷、魔物は全滅という大勝利であった。
この武勇伝は他の魔法隊の面々にAAA(愛すべきありえないアホたち)とあきれと称賛をもって迎えられた。魔法に頼り腕っ節はいまいちという評価を受けがちなエルフにとって、魔物を素手でタコ殴りというのはこれからのエルフの可能性を示す光明でもあったからだ(ほんまか)。もちろんエルフの腕っ節が弱いなんてことはなく、平均すれば人間よりもエルフの方が体力も腕力もある。ただ性格や性質が腕力を使うことを好まないというだけである。
だから”宴会部隊”という別名はけして蔑称ではなくて愛称なのである。
という話を翌日、宿を出た直後にステラがアクアに説明したのであっという間にみな”宴会部隊”の謂れを知ることとなった。
千花たちも予定通り五日後にジャイロ城に入った。
莉子はポムに数点の魔道具を発注し(請求書はよくわからなかったので『ジャイロ城内執事のシース』宛てにしてもらったのだが、案の定これがのちに混乱を生む)、ゲンティアーノ作のおしゃれでかわいい防具服とゲンティアーノに紹介してもらった店で衝動買い(これはリオンの財布から)してしまったゴーグルと飛行帽にテンションマックスでリオンに乗ったらリオンもノリノリマックスで高速飛行し予定より一日早くジャイロ城に着いてしまい(二泊三日の予定が一泊二日でジャイロ着)、黒将軍を味方に引き入れて小梅と千花にドッキリをしかけようと一応綿密に計画を練ったのだが、直前に小梅にばれて説教された。
とにかく全員無事にジャイロ城へ到着したのである。




