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44 里帰り



 小梅たちがポムと出会ってから約二週間後、小梅とシースはドラゴンの籠でハチヤ島へと向かっていた。あのあとルルル工房から小梅の剣が出来たと連絡がきて、何度か微調整に通っているうちにゲンティアーノの工房で製作していた防具と防具服のようなものも完成した。つまり準備が整ったのである。対魔物の前線基地でもあるジャイロの城に向かう前にコブシをはじめとする砦の面々にあいさつするためにいったんハチヤにもどり、ついでにミニテーブルマウンテンで日本の家族と話をする予定だ。

 小梅とシースはオストレイの港で手配した貸し切りドラゴンの籠に乗っており、そこから少し離れたところを鞍をつけたリオンに跨った莉子が飛んでいる。


「この短期間であれだけ乗れるひとはそういないと思いますよ、しかも海の上ですから。恐怖心が陸上より強くなるという話ですがリコさんは関係ないようですね。海岸沿いでもないこんな大海原のど真ん中でも」

「すごいと思いつつ、でもなぜかイラッとしてしまうのは気のせいじゃないような?」

「まあまあ、あまり思い出さなくていいんじゃないでしょうか」

「すみません。愚痴っぽかったですね」


 小梅たちがこんな会話をしているなどつゆ知らず、莉子は大変気分良く空の旅を楽しんでいた。高い所も絶叫系も大好きな莉子である。





「コウメちゃーん、素敵ー!!!」


 砦の中庭で待ち構えていたコブシが小梅の勇者姿をみて歓声をあげる。小梅につづいて籠から降りてきたシースに末っ子が駆け寄ろうとして母親に止められていたが、気付いたコブシが母親の手をやんわりと外したので男の子は転がるように走り出てそのまま転びかけながらシースに抱きかかえられた。思わずじぃーんとしてしまいそうな光景であるが一瞬でぶち壊される。


「コーブシちゃーん!こーうめー!」


 いきなり上空から聞こえた声にコブシその他執事大勢が空を見上げる。執事長をはじめとする何人かは既に気付いていたようだ。


「ひーさしぶりー」


 心配なのかホバリング状態のリオンと両足首に布の端を縛りつけさらに両手で残った布の端を掴んで空から落ちてくる莉子が同時に視界に入る。空を見上げた大多数はリアクションに困った。莉子は落ちているのか飛んでいるのか、でも本当にダメならリオンがどうにかするだろうと思いつつ、それでも何かした方がいいのだろうか、とかそんなことをみんな0.3秒くらいで考えた。


「ええーっ!」


 そこに響く莉子の悲鳴。何事だと思った瞬間、莉子は遠くに吹っ飛びそれをリオンが飛んで追いかけていた。


「ちーちゃん、ぐっじょぶ」


 突然の出来事にあっけにとられていたため、ほとんどのひとは小梅のつぶやきに気付かなかった。莉子がいたはずの空中にはオレンジ色の何かが浮いていたが、やがて淡く光ってから消えた。






「あれはないんじゃなーい」

「最近の莉子は調子に乗り過ぎ、いいお灸だよ」


 抗議する莉子に小梅はどこ吹く風である。さきほどの一件は前もって何かやらかしそうだから何かしたら即やめさせてくれと小梅が千花に連絡していたのである。何かすると思ってはいたが、まさか風呂敷で空中滑空するとは。ひみつシリーズにも忍者がそんなこと出来るなんて書いていなかったはずだ。

 千花がしたのは巨大なオレンジ色のふわふわで(丁寧に手の形にしてみた、ちなみにパーである)莉子を遠くに吹っ飛ばす、である。もちろん飛ばした方向にはステラが蜘蛛の巣状の安全装置のようなものを仕掛けていたが、そこにひっかかる前にリオンが追い付いている。


「自分では雑になったとか言ってるんだけど、雑と言うより自由になりすぎ」

「確かに莉子ちゃん、風呂敷モモンガは悪ふざけがすぎると思うよ」

「ふざけてないよ、あれ魔道具だもん」

「え?空を飛べる魔道具だったの?」


 千花がびっくりして聞き返す。千花はステラとアクアとともに砦の屋上から帰って来た面々の様子を見ていたのだが、あのときの莉子はどう見ても飛んでいるというより落ちているようにしか見えなかった。


「ううん、水を包める魔道具。ついでに教えてあげるけど、こっちは風呂敷って言わないでクロスって言うんだよ」

「何が『ついでに教えてあげる』だよ。何考えてるんじゃおのれは」


 向かいに座っていた小梅が立ち上がり莉子の前までいくとそのこめかみを拳でぐりぐりと押した。いわゆるウメボシというやつである。莉子が「がああぁぁ」と呻きながらタップしたため、小梅はしつこい後追いはせず手を離し座っていたソファに戻る。


「でも莉子ちゃんなんだか前より生き生きしてるみたい」

「確かに。こっちの世界の方が合ってるのか、本人の言うとおり一度死んだから何か吹っ切れたのか」


 今は三人だけで莉子の部屋にいる。この世界に来た当初は夜ひとりになるのがさびしくてベッドをいれてもらって三人で寝ていたが、今は莉子のベッドしかないのでなんだか広く感じる。はずなのだがそう感じないのは前に来たときには見かけなかったいろいろなものが部屋にあるせいだろう。

 小梅にあてがわれた部屋は小梅の私物がないのでほとんど砦時代のままの部屋であり、現在一番長く部屋を使っている千花の部屋でも私物はきちんと整理してクローゼットの中にしまってあるのでホテルの一室のようである。

 それに比べるとこの部屋は完全に『莉子の部屋』である。カーテンは厚手のものと薄手のものの場所を入れ替え、厚手のカーテンはどこから持ってきたのかポンポンのついた紐でたわませるように固定してある。ひとんちのカーテンがしわになることなどお構いなしである。天井からは吊るされてゆらゆらゆらめくモビール。小梅は「こいつ天井に穴開けやがった」と思いながら空中で立ち泳ぎするイカを眺めていた。イカとくればタコ、と思うのだが一緒に揺れているのは蝶にスプーンとまったく関連性がわからない。本物ではないことに内心安堵する小梅。近頃の莉子では平気でスルメと磨き上げられた銀食器を同列に並べかねない。


「なんか涼夜くんに似てきたような気がしない?」

「涼ちゃんの呪いが解けたのかかかったのか、どっちだろ?」

「それよりも、もともと似てたんだけどこんなのが二人もいたら大変って無意識でセーブしてたって考える方が自然じゃない?それが異世界に来て解放されたんじゃないかしら?」

「ちーちゃんなにげにきついねえ」

「え?どこかきつかった?」


 とかなんとか談笑していると部屋の扉が叩かれた。「そろそろよろしいですか」とリオンの声がする。

 今日の夜は、というより夕方より砦の中庭を開放して(普段から島のひとは何かあると勝手にずかずか入ってきているが)勇者さま方の壮行パーティーなのである。執事だけでなく島のひとたちもやってきてにぎやかなパーティーになる予定だ。その前にミニテーブルマウンテンから日本に電話をかけることになっているのだが、多少長電話になっても構わないように早めにここを出る。


「はーい、今出まーす」


 部屋の主の莉子が大きな声で返事をしたのを合図に小梅と千花は立ち上がった。



 日本の家族たちは元気そうであった。残念なことに小梅の携帯はつながらず、莉子の携帯しかつながらなかったために一台で三家族が話すといういつものカオスが展開された。やはり元国営企業とは基地局の数が違うのだろうか。だいたいどこの基地局がここからの電波を拾っているかが不思議である。都市伝説的に世間に公表されていない基地局が存在するのかもしれない。

 途中で電池が切れたため手動の充電器をぐるぐるまわしながら会話を続けたが、そろそろ砦のパーティーに行ってくるよ、と小梅が告げたため本日の異世界電話は終了となった。






 砦に戻るとそこはもう夏祭り会場のようだった。庭の一角に設けられた即席のスペースで島の料理自慢たちが腕を奮っている。おばちゃんばかりでなくおじちゃんもそこそこ混ざっているのは島の文化なのだろうか。確かにこの人数の料理を賄うのは砦の厨房だけでは無理だろう。子供の数が少ないと思ったら子供好きな執事たちが鍛錬場で遊んでやっているかららしい。

 せっかくの料理が冷めるともったいないからと食べ物優先でパーティーはなし崩しに始まり、三人のところにも島の人たちが老若男女、知ってるひとも知らないひとも入れ替わり立ち替わりやってきた。

 料理自慢たちがひと休憩入れられるくらいには料理がいきわたり、せわしなさがやや薄れてきたころに急ごしらえの壇上に領主が立ち、良く通る声であいさつをはじめた。


「えー、みなも知っている通り、ここにいる三人が勇者としていよいよ魔物討伐の旅に出ることになった」


 いきなり始まった領主のあいさつに、『ここ』にいなかった三人はあわてて集合した。事前に「はじめるよ」の一言が欲しいところである。


「見た目はかわらしいお嬢さんたちだが、その実力はご承知のとおりじゃ。それでも魔物は強いし、これから先なにが起こるかわからんから、みなには彼女たちの無事と成功をぜひ心から祈ってもらいたい」


 そこで拍手と同時に「がんばれー」とか「無理はしないでねー」と声がかかる。涙もろいおばちゃんなどは既に泣き始めているようだ。


「呼びだしておいてこんなことを言うのもなんじゃが、まさか、こんな、娘のようなわがい、えぐっ、お嬢さんが、来てくれるとば、あば、えぐっ、…づらいいことがあっだら、…ハチヤ、ずびっ、ふーっ、ふーっ、…実家だと、えぐっ」


 まるで花嫁の父のようになった領主は執事長がスマートに撤収した。代わりにコブシが壇上に立つ。


「父がお見苦しいところをすみません。では、わたしの話よりも勇者さま方にひとこといただきたいと思います」


 コブシがにっこり笑って壇上から去る。指笛とひゅーひゅーというはやし声が起こり、三人はもぞもぞしていたがこそこそとじゃんけんをしてまず小梅が壇上に立った。


「えー、わたくしたちのために本日はこのような会を開いていただき、ほんとうにありがとうございます。あいさつとか苦手なので、すみません、がんばってきます」


 小梅は頭を深く下げてあいさつを終わらせてしまった。短い。続いて千花が立つ。


「今日はほんとうにありがとうございます。わたしの魔法はまだまだですが」


 ここで一部からくすくすと笑い声が起こった。嘲笑ではなくほほえましい、の方の笑い声である。


「あ、ご存知の方もいらっしゃるようですね」


 笑い声が起こった方に軽く手を振る千花。さすが中学高校と生徒会役員をやっていただけあり(高校では副会長だったが中学では会長をやっていた千花である)、こういう場ではあまり緊張しないようだ。慣れているのだろう。


「わたしの魔法はまだまだですが、きちんと出せるようにがんばっています。ちゃんと魔物を倒し、またここでみなさんと会えるようにがんばります」


 最後に莉子だ。


「みなさん、こんばんはー」


 ここであちこちから「リコちゃーん」とか「よっ!ダイトーリョー!」とかいろんな声がかかる。「ダイトーリョー」と片言なことから莉子が島であることないこと教えてまわっているのではないかと急ごしらえの演説台の下で思わず顔を見合わせる小梅と千花。


「はいはーい、莉子ですよー。「勇者さまー」もいいけど、みんなはちゃんと名前で呼んでねー。莉子と小梅と千花だよー。忘れちゃだめですよー」


 笑い声と同時に「リコちゃんだいじょうぶー?」と莉子の勇者業を心配する声も上がる。「はいはい」と言いながらえらそうに手でみなをなだめるジェスチャーをする莉子。


「お待たせしました、みなさん。剣士の小梅、魔法使いの千花に続き、わたくしの役どころが決まりました。『魔道具使いの莉子』でーす!!!」


 おおーっとわざとらしく感嘆してみせる島の衆。みな莉子との付き合い方がわかっているらしい。慣れたものだ。小梅と千花のいないところで何をやっていたのか非常に気になるところである。


「あらー、そこのおにいさん、信じてませんね。じゃーん」


 そこで莉子は高機能ポシェットからきらりと光を反射する何かを取り出した。


「わたくし、オストレイで天才魔道具師とおともだちになってきました!みなさん大船に乗りましたよ!わたくしの実力は魔道具がカバーしてくれちゃいまーす!」


 莉子は右手に何かを持ち、中庭を照らすために砦の三階から吊るされている松明を指し示した。こっそり誰かの真似をしているのだが(直すのは肩のところだけね、女の子だから)、残念ながらハチヤの島民には伝わらなかった。三階の窓から出た棒の先にゆっくりと燃える薪が入れられた鉄製の籠とその籠と数か所を鎖でつながれた灰受けである。


「滅!」


 莉子は別に言わなくてもいい掛け声とともに右手のカードを投げた。魔道具でもなんでもないオストレイの金物職人に依頼中のガリガリ君型ナイフの試作品である。カードは松明に向かってまっすぐ飛ぶと、松明のまわりをばさばさと飛んでいた大きな蛾を巻き込んで火の中に消えた。

 一瞬の間のあとに「わぁー!!!」と今までで一番大きな歓声が上がった。

 小梅と千花はカードを投げた後にびっくりした顔になった莉子を見ていたのでパフォーマンスの成功が偶然だったとすぐにわかった。


「千花ちゃん、魔法魔法!」

「え?」

「パーティーなんだから盛り上げないと!」

「…はいはい」


 島のみんなを見ながら笑顔で手を振りつつ小声で千花に指示を出す莉子。千花はそうっと移動し、全開になっている掃き出し窓から砦に入ると屋上へと向かう。別にあそこで魔法を出してもかまわなかったのだが、なんとなく恥ずかしかったのかもしれない。アクアはポシェットから顔を出した状態で目を開けたまま寝ていた。まぶたがないぬいぐるみの悲哀である。


「キューティクルースマッシュアターーーーーック!」


 流星が出来るだけ長く降るようにと思いながら手を振り下ろす。

 千花の気持ちが反映されたのか、やさしい光の流星がしばらくの間降り続いていた。



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