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40 わたしにできること



 莉子はきょうもリオンと一緒に散歩にでかける。






 千花はアクアが来てからお弁当持ちで島の海岸に出かけることが多くなった。アクアとステラと三人、海岸で魔法の練習をしている。帰ってきてすぐ寝てしまうこともあったりで相当がんばっているらしい。

 千花は不在が多いし、いても寝てたりごはんを食べていたりと莉子と遊んでいる暇はほとんどない。というわけで今日もリオンと二人でふらりとでかける莉子なのであった。


 すこし前、莉子が現状にちょこっと疑問を持った。もっと早くに気付けよ、という話もあるがそこは莉子が莉子ゆえに大目に見てもらいたい。小梅は剣士、千花は魔法使い。二人とも着実に勇者の道を歩き始めており何もしていないのは自分だけ、と気付いた莉子はリオンに相談する。


「どうしましょう?」

「え?」


 前置きも前振りも脈絡もなくいきなりどうしましょうと聞かれ、こうしましょうと何かを提案できるほどリオンは出来た男ではなかった。

 前もいきなり「テラコッタ?」と聞かれ「え?」と返したリオンである。どうやら砦の色を「茶色」や「黄土色」以外で表現したかったらしい。テラコッタは残念ながらこの世界には該当するものはなくそのままテラコッタと聞こえたためリオンにはさっぱり意味がわからなかった。


 一応毎朝早起きして執事さんたちがさわやか朝練している横でえいっえいっと護身術を習っていたりするのだが、剣士や魔法使いと比べるとやはり心許ない。

 自分が『運』なのもわかっているけど、それでもやっぱり感じる手持無沙汰。手持無沙汰なだけで心配したり肩身が狭くなったりはしていないのが莉子の素敵なところである。


「わたしは、忍者路線でいきたいと思います!」

「はい?」


 莉子から何か提案があったときのリオンの返事の95%は「はい?」か「え?」である。このときもいつものパターンであった。


「ニンジャ?ですか?」

「うん。でもほんとの忍者じゃないよ、あ、わたしは女の子だからくのいちになるのかな?まあそこはおいといて、忍者っていってもほんとの忍者じゃないの」

「はい、それは聞きました」

「なんていうかなあ、小梅も千花ちゃんも王道っていうか正統派の勇者でしょう。わたしもそうだと芸がないから、だからわたしはあえて裏道を歩きます!」


 まじめな顔つきで右手をあげ、まるで選手宣誓のようである。


「それがニンジャ?ですか?」

「うん。わたしは日陰からこそこそ行くことにするよ。忍者って言ってもわかんないんだよね、えーと、仕事人、わかる?」

「シゴトニン?労働者ということですか?」

「んー、労働者っていっても正規じゃなくて非合法の方なんだよね、ん、ん、んっと、暗殺者!そう暗殺者!」

「なんだか物騒な気配がしますね」

「暗殺者っていっても殺るのは魔物だからそんなに悪いひとでもないんだよ」


 会話が途切れミニテーブルマウンテンに静かな時間が流れる。

 今はふわふわの芝生の上で足を投げ出して座っているリオンのその膝を枕代わりナントカベリーをいちいち太陽にかざしては「日光消毒!」と叫んでから食べている莉子の声だけ。傍から見れば完全に恋人同士な二人だがお互いに自覚する分には恋愛感情は全くなかったりする。そしてさっそく暗殺者育成計画がはじまったのだが…。



  りこにはあんさつしゃのさいのうがなかった!

  りこは50のだめーじ!



 運動神経が悪いわけではけしてないのだが、どうにもうまくいかない。ああやってこうやってそうやってこんな場合はあんな風にそうするんだとかどこかの歌の歌詞よく似たシュミレーションは出来ているのに、体が思う様には動いてくれず、リズムもおかしい。「こうやって」のときにすでに0.5拍遅れている感じなのだ。リオンもなんだかうまくいきませんねえ、と考え込む様子をみせる。

 暗殺者道は一日にしてならず。三日でもならず。である。


 実際のところはああやってこうやってそうやってこんな場合はあんな風にそうするという一連の動きをこれくらいの時間で、という最初にした設定に無理があった。

 能力付与の前から人より数段高い身体能力を持っていた小梅を基準に考えてしまった莉子と自覚症状があまりない運動神経抜群のドラゴンであるリオン。設定が高すぎてこりゃだめだ暗殺者なしなしーとなったが0.5拍の遅れは一般的に見たら全然遅れではなかった。というよりそれでもなんだか動きが速くないですか?というレベルである。

 さすがにコブシと比べると若干控えめというか見劣りしてしまうが、莉子はほわほわ系の美少女であり言動もどこか天然が入っているためトロいと思われがちだ。が、しかーし、こっそり運動神経は良いのだ。小梅がすごすぎて目立たなかっただけで。


 莉子が考えていた仮定とは、裏拳入れながら流れるように関節を決め、暴れるようなら「めっ」と注意しながら寄り添うように小内刈りで倒れこみつつエルボードロップな感じでえぐり(ここらへんは女の子なので少しばかりキュートな感じにしたい、というのが莉子の主張であったが残念ながらリオンには理解不能であった)「ごめんなさいつまづいちゃった、てへ、ぺロ」と立ち上がり去っていくふりをしつつそっと振り返り背後をとってネックツイスト。最後の部分は兄の涼夜がはまりまくっていたゲームへのオマージュである。


 ちなみに魔物は人間のような姿はしていない。魔王クラスになれば別だが、現在確認され数も多く手こずっているのは虫系あるいは獣系や謎系のはずである。芋虫型相手に裏拳はまだしも関節?小内刈り?まったくどこの落語なんだという無駄企画なのだがリオンが注意しないのならばもう注意してくれるひとはいないのである。




 


「ナイフにしようと思うんですけど」

「はい?」


 莉子は自分の中で勝手に考えをまとめ、口にする言葉は重要度も前後関係も無視したランダム派といういわば女性的な女性でもあった。したがってリオンの返事はいつものごとく「え?」か「はい?」になることが予想され、今回は「はい?」であった。

 ちなみに今はドラゴン形態のリオンの背中に乗って空中にいる莉子である。川の上流に魚釣りにいくところなのである。


 護身術はもちろん毎朝続けているが、暗殺者の訓練は始まってから一週間も経っていないのに既にやや下火である。0.5拍の壁の前に莉子が若干やる気をなくしているからだ。勇者ならまだしも暗殺者ってどういうこと?!と思っているリオンなので暗殺者稼業、あ、まだ生業にはしてませんでしたね、暗殺者修行に熱心でない莉子に何かをいうことはない。そんなとき、またも勇者から微妙に遠ざかりつつある今日この頃、莉子はふと思ったのである。


 飛び道具で狙われたらどうしよう(゜o゜)


 今、莉子の手札は護衛のリオンと護身術だけである。たとえばトイレの中で魔物が離れた場所から攻撃できる何かで莉子を狙ったとしたら莉子は対抗する術をもたない。そこで思いついたのだがナイフである。よわっちい相手だったら途中でうやむやになった暗殺技を使えるし、距離のある相手なら投げればよい。思いついた途端これしかない、これ最高!とその考えしかできなくなったのである。


「ナイフ欲しい!ナイフ!できれば54本!無理なら53本!」

「…」


 リオンは無言のまま執事長ならここでなんと言うのだろうと考えていた。






 そしてフットワークの軽い二人はルルル工房を目指して東の大陸にわたり、現在ゲンティアーノの防具工房にいる。

 オストレイの港には大陸間を渡るドラゴンのための停留場があり(ここで全裸と着衣のチェンジをするので関係者以外立ち入り禁止よん)そこで人型にもどったリオンと莉子はまずは腹ごしらえ、と港の食堂のようなところに立ち寄った時に偶然ゲンティアーノと出会ったのだ。

 このときのゲンティアーノの服装は蛍光カラーの迷彩柄(もう存在が矛盾している)のホットパンツにスタッズのたくさんついたタンクトップ、スパンコールで出来たカウボーイハットには孔雀の羽根らしき飾りがついている。何よりすごいのがゲンティアーノの巨体を支えるピンヒールのひざ下のレースアップブーツだ。ヒールが折れることはないのか心配になる。ブーツがひざ下なのが救いといえば救いか。ニーハイだったらゲンティアーノの絶対領域を見ることになっていた。

 ルルル工房に54本のナイフを発注に行くのだと説明する莉子と話を聞いていたゲンティアーノはいつのまにか意気投合し、54本もナイフを持つのならその服じゃなくて専用の防具ないしは服がいいだろうとゲンティアーノが莉子をひっぱってきたのだ。


「えーっ?あなたコウメのお友達なのぅ?じゃあまさかの勇者2号?」

「ダチですよ。勇者は勇者でもわたしは多分3号。2号は今、ハチヤで魔法を無双してまーす」

「ムソウ?なんかよくわかんないけどぉ、楽しそう~。ところでぇ、ナイフが54本も必要な理由ってぇ?」

「カクカークシカジーカ」

「マルマルぅウマウマぁ」


 へんなところで妙に息の合うらしい二人。


「それでぇー、最初に考えてた暗殺技ってぇ、どういうのなのぉ?」

「えーっと、ゲンさんが受け身取れるなら実際にやってみましょうか?」

「見てのとおりの丈夫な体だから大丈夫よぉ」


 テーブルから離れフロアの真ん中にしいてある高級そうな毛足の長いラグの上で向かい合わせになる二人。


「じゃあカクカクなんでシカジカな感じでお願いします」

「遠慮しないでやっちゃって」


 どす。


 莉子に指示された通りにゲンティアーノが手を伸ばしたと思ったら、ゲンティアーノの割れた腹筋の上に莉子の細い肘が刺さっていた。


 アッハハハハ!


 仰向けに倒れてその大きな体の上に小さい莉子を乗せた体勢のままゲンティアーノは笑いだした。


「ゲンさん、まだ『てへ、ペロ』が残ってますけど」

「アハハ…ああ、ごめんなさい。大体わかったからもういいわぁ。っていうか、あなたたちの世界ってあなたたちみたいなのばかりなのぉ?」

「はい?」

「まあ、いいわ。ところであなたもコウメみたいになんでもいいとかいうのかしら?」

「何の話ですか?」

「防具よ防具ぅ。ここ防具屋なんだからそれしかないじゃない。コウメはよくわからないからまかせるとか言ってぇ全部こっちでやったのよ。それもそれでいいんだけどねぇ」

「え?もしかしてかわいいのとかかっこいいのとかオーダー出来るんですか?」

「あったりまえじゃない。注文ないんだったら既製品買えよ、っていう話よ」

「きゃー!テンション上がってきましたぁぁぁ!」


 はしゃいだ様子でゲンティアーノのマニキュアが塗られた手を取りぶんぶんしながら満面の笑みになる莉子。

 二人は立ち上がると猫足なテーブルに資料とスケッチブックを並べあーでもないこーでもないと仲良く相談をはじめる。ブーツをはいたまま技をかけられたゲンティアーノだがヒールは無事だった。あのブーツ、素材は何だ???




「ドラゴンさんはこちらでお茶でもいかがですか?」


 パンクでロックなうさみみのおねえさんがいい香りのするカップをはしゃぐ二人とは別のテーブルにそっと置いた。


「お世話になります」

「話聞こえてたんだけど、先にどういうナイフにするか決めなくていいのかしら?」


 片方の耳をぱたりと折って首をかしげたことにするうさみみおねえさん。


「…するどいですね」

「いや、普通でしょ」


 莉子とゲンティアーノの話にもまざれず、なんだかせつない気分のリオンであった。




 




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