3 石造りの城の一室
(莉子!ちーちゃん!莉子!ねえ、莉子!ちーちゃんも!ねえ!起きてってば!)
むー。はい。はいはい。今起きますからそんなに揺らさないでください。はい、起きます。起きますよ。
なんだか遠くから聞こえてくる声がどんどん大きくなり、ゆさゆさと振動も加わる。なんとなく起きたくないなあと思っていたけれど勝手に目がぱちりと開いた。
「おは、よう」
まぶたは勢いよく開いたけれど焦点がいまいち合わない。自分でも眠そうだなと思える声を出しながらもぞもぞと起き上がる。なんだか冷たいし、痛い。何だ?
「はいぃぃ?!?!」
状況が良く飲み込めないまま素っ頓狂な声を上げたわたしの前に、同じようにびっくりした顔の千花ちゃんとひとりだけ立ちあがって腰に手をあててわたしたちを見降ろしている小梅。
だって徐々に目が慣れてきてまわりを見れば映画で見たことのあるような石造りの中世風な部屋にいるわたしたち三人。灯りはないけれど窓から射す月明かりで部屋は明るい。満月かな。
「夢?」
と口にしたとき、オカマの天使さんとのやりとりを思い出した。うそ?まじで?
「扉は外から鍵がかかっているみたいで開かない。窓からの脱出は無理。高すぎる」
小梅が窓の方向を見てそう言った。
部屋の窓は高い位置に均等にいくつか並んでいた。この部屋は円を四等分したうちの三つ分が円になって残っている。残りの一つ分が一か所切り取られたようにまっすぐになっておりそこに超丈夫ですといわんばかりの木製の扉があった。
窓のひとつの下に台のようなものが見える。上にかかっている布が乱れていて、なんとなく小梅がそれをどこからか移動させよじのぼって外を見たんだなと思った。
「なんとなく夢なら早く醒めたいんだけど」
オカマの天使さんを思い出しながら夢なら死んだこともないよね、と思いながらつぶやく。
「夢でもいいんだけどさ、それならそれで醒めるまであたしは”異世界”を楽しみたいんだけど」
「まさか、・・・・・小梅ちゃんも?」
千花ちゃんが小梅の言葉のどこに反応したかなんとなくわかってしまって、わたしはちょっとだけがっかりした。やっぱり死んじゃったのかな。
「二人とも”異世界召喚”にイエスって言った?」
わたしの質問に小梅は得意そうに千花ちゃんは神妙な顔で頷いた。
それからわたしたちはとりあえず順番に窓の外を見た。ここは建物の端っこらしい。やはり満月で外に広がっていたのは森や城下町ではなくなだらかに続く丘陵だった。遠くにひろがっている闇が時折光って見えるのはおそらく海。
全員服装は事故に巻き込まれたときのままで、肩にかけるタイプの鞄だったわたしと小梅は鞄があったけれど手で持つタイプだった千花ちゃんの鞄はなかった。小梅と二人で鞄を開けてみた。携帯はあったけれどやっぱり圏外だ。
ついでに床にはいかにもっぽい模様が。これが魔方陣?
ひととおり室内を探索し終えたところで(といってもすぐに終わったけれど)とりあえずと千花ちゃんが前置きしてここに至る経緯を話し始めた。わたしがオカマの天使さんに聞いたこととほぼ同じ。でも千花ちゃんの方がいろいろ質問したみたいでここに呼ばれたのはおそらく勇者としてか巫女としてだろうと言っていた。少ない可能性として配偶者とか。正規ルートで召喚されるのは基本やばいものはないらしい。
「やばいものって何?」
小梅が質問する。
「生贄とか奴隷みたいなのだって。そういうのは生きてるときに無理矢理連れてかれちゃうらしいよ」
ぶるっと体が震えた。よかった。生贄じゃなくて。
「わたしが聞いたことで千花ちゃんが聞いてないことはなかったと思う。小梅は何聞いた?」
「何も」
「何も?」
「うん。きれいなおねーさんが『あなた死んだけど本格的に死ぬ前に異世界で第二の人生楽しんでみない?』っていうから」
「それだけですぐに返事したの?」
「うん。死んだのはわかってたし。わたし多分ほぼ即死だったような気がするし。二十年で終わりじゃ短いもんねえ、人生」
小梅はそう言ってケラケラ笑った。あのとき小梅から聞こえた骨の音が蘇る。
「小梅ちゃんが会った天使は女のひとだったんだ?」
「え?ちーちゃん違うの?」
「わたしが会ったのはしぶいおじさんだったよ。ギリシャ彫刻みたいな感じの。服もそんな感じだったし」
「へぇー。莉子は?」
小梅と千花ちゃんがこっちを見た。
「オカマっぽい綺麗な男のひと」
一拍おいて千花ちゃんが吹きだした。涙まで流しながら笑い続けてようやく落ち着いてから教えてくれた。
「天使ってそのひとが一番信用できるような姿で現れるんだって」
「・・・・・莉子って昔から面食いではあるけどさ。でもそれってなんだか報われない系?」
千花ちゃんはまだ楽しそうに目が笑っていて、小梅はなんだかかわいそうなものを見る目でわたしを見ていた。確かに。オカマに恋をしても報われない気がする。
「いいんだよ!好きなタイプの姿じゃなくて信用できるタイプの姿だもん!」