17 魔法少女☆千花誕生?
千花は深呼吸した。
ゆっくり目を閉じる。思い出せ思い出せ。
しかしすぐに自分の記憶のあまりの頼りなさに気付いた。
大好きだったアニメだけど、変身シーンで普通の少女がやけに色っぽいお姉さんに変わってしまうのは子ども心にこれはいかがなものか、と思っていた。ゆえにあのシーンはどちらかといえば目をそらしがちだった。
近所の公園で莉子や小梅がリコーダーを片手に変身ポーズを真似ているのも自分はそれをにこにこと眺めている係だった。
うらやましいけど恥ずかしくて出来ない、ではなく小学生にもなってあれをやれと言われたら正直なところ気恥かしい、という気持ちだった。
ただなんとなくは覚えている。
そして千花は高校生以降ほとんどアニメを見ることはなかったので最近の魔法少女についてはまったくの無知であった。
キラキラ。キラキラしているもの。キラキラ、ピカピカ…。
「キャノ!」
(覚悟は決めました)
「パンプルピンプルパムポップン!」
(こうなりゃやけくそ!もひとつおまけ!)
「パラリンリリカルパラポラマジカルーーー!!!」
(にゃーーーーー!!!)
昭和の魔法少女よ!降臨せよ!
本当に鳴っていたのか心の中でのみ鳴っていたのかよくわからないシャランシャランという効果音がなくなったところで千花は目を開いた。自分のまわりの景色に変化はない。が、
「え?」
目の端に映った黒を不思議に思い、その黒にピントを合わせるように千花の視線が動いた。
「さいあく……」
離れた所から千花の魔法をみていた莉子は「すごーい」と歓声をあげながら手を叩いていた。
千花の繰り出した魔法はマミちゃんもエミちゃんも真っ青なド派手なものだった。
ところが最後の流れ星が消えたところで千花がぐるりとまわりを見まわし、そしてその場にがくりと膝をついたのだ。
「え?千花ちゃん?!」
莉子はあわてて千花のもとへと走った。
「だいじょうぶ?どこか具合が悪い?」
千花はまさにorzの形で海岸の砂地に両手と両膝をついていた。
「千花ちゃん、だいじょうぶなら立った方がいいかも。えっと、パンツ見えそうだよ」
「……だいじょうぶ。立てる」
千花はゆらりと立ち上がった。
「なんかちょっと意外だけど似合ってると思うよ、これゴスロリっていうんだよね?」
莉子が遠慮がちに手を伸ばして千花の服に触れた。
そう、千花は変身していた。
目の端に映ったのは自分の着ていた洋服だった。パニエで膨らんだスカートの黒が見えたのだ。
「いきなりド派手に魔力を解放しましたね。その割にはあまり魔力量に変化はないみたいですが」
莉子と一緒にかけつけたステラが千花の魔力量をチェックする。
ステラは口に出さなかったがこんなド派手な無駄魔法はみたことがなかった。
「魔力、解放されてました?」
千花は魔法の最中は目を閉じていたので何が起こっていたのかよくわかっていない。シャランな効果音と魔法が終わったのになぜかそのままな魔法少女のユニフォーム?が魔法が解放されたことをなんとなく伝えてはいたが。
「えっとね」
莉子が千花に説明をはじめた。
まず最初に千花の後ろで同時多発的に起こったのがライブでみるような銀色の紙吹雪の爆発、ラメな七色の紙テープの大量放出、そしてシースルーかつラメ入りな黒のリボンの乱舞。リボンは渦をまくように千花を包み込みそこでストロボ点滅、終わるとゴスロリ千花ちゃん登場。その次に光の粒子の噴水ショー、エレクトリカルな大流星群。その他たくさんのキラキラピカピカ。
「ほんっとにキラッキラだったよ。とにかくいろいろ降ってた。なんかデコな三角定規と分度器があったのはそのペンのせいかなー?文房具つながり?」
千花は手の中のハイテックを見る。おそらく大学の友人のペンケースの中身を無意識に思い出していたのだろう。だとすると莉子が気付いてないだけでデコ電卓も飛んでいたはずだ。
「しかし魔法使いというよりお姫さまみたいですね」
リオンののんびりした感想に千花ははっと我に返る。
「っていうか、わたしの服どうなっちゃったの?」
まさかこれからこのゴスロリ服で過ごせというのか。冗談ではない。しかしアニメで魔法少女の変身シーンがあったのは間違いないが、魔法少女から普通少女に変わるときはどうしていたのか。さっぱり記憶がない。
「魔法で戻せばいいんじゃないの?」
「そのドレスはご自分でイメージしたのではないのですか?」
「似合ってるからそのままでいいと思うけどなあ」
「こんな洋服を着たいなんてイチミリも思っていません!」
普段の千花の服装は比較的落ち着いたものが多い。家がそれなりに裕福なこともあって少々質のよいものをシンプルに着ている。一万円の白シャツに一万五千円のスカート、二万円のパンプス。首元には両親からのプレゼントである五万円のプチネックレス。そんな感じだ。
それに対し莉子はいろんなタイプの洋服を楽しみたいのでチープでかわいい洋服を数多く持っている。小梅は私服のほぼ9割が自分の好きなブランドで統一されている。高校時代からその店でしか洋服を買っていないからだ。
「じゃあなんで?」
ハイテックを握りしめて空を眺めている千花に莉子がたずねた。
「莉子ちゃんキュウタイカンセツニンギョウって知ってる?」
「きゅーたい?」
ニンギョウはおそらく人形だとは思うが、9体?旧態?と首を傾げる莉子。
「リカちゃん人形の大人版、って言ったらいいのかな。莉子ちゃん京都なのに知らない?」
「?」
「えっとね、簡単にいうとリカちゃんをビッグにしてリアルにしてトゥーエクスペンシブにした大人向けのお人形があるの。大学の友達がそれにはまっててね、そのお人形の洋服なんだけど市販もされてるんだけど自分のお人形だけの一点物が欲しいって」
「で、千花ちゃんが頼まれた、と」
「うん。そのこあんまり器用じゃないみたいで。わたしそういうの作るの好きだしバイト代もおいしかったし」
ゴスロリ風とリクエストを受けていろんなサイト見たりして研究してデザインを相談しながら作ったドレスはかなりの出来だったと自分でも思う。友達もこれなら売れるんじゃないかと言うのでちょっと本気でお人形の洋服販売のサイトでも立ちあげようかと考えていたのだ。
「さっきね、正直ちょっとやけくそ気味に魔法を出そうとしたんだよね、そこまで具体的なイメージとかしてないし。とにかくキラキラ!って。この服は一生懸命いちから自分で、型紙から起こして作ったし、記憶に残ってて勝手にこうなっちゃったみたい。だから今までの洋服をイメージして元に戻るか全然自信ないの。魔法ももう一度出せるか微妙」
「じゃあダメもとでやってみる?」
「すこし、よろしいですか?」
千花と莉子の会話にステラが口をはさんだ。
「お聞きしたところそのドレスについては無意識だそうで、はっきり言ってあまりそういう魔法は、というかまったくそういう魔法は見たことも聞いたこともありません。万が一失敗した場合この場所とこの状況はいささか問題があると思います。ここはいったん砦にもどってコブシさまにでも着るものをお借りして、以前の服については女性のみの場で試される方がよいと思いますよ」
「確かに」
リオンがステラの意見に同意する。
そして莉子は来たとき同様にドラゴン形態のリオンの背に乗り、千花とステラはステラの移動陣で砦へと帰ることになった。