16 千花の魔法修行
小梅がセバスチャンに案内されている頃、千花はエルフのステラと島の北西部の海岸にきていた。
このあたりは集落からも離れており景色がよいわけでも海産物が多いわけでもないので年間を通して訪れるひとはまばらだ。
「どうですか?何か感じますか?」
「うーん。……やはりよくわからないです」
千花は目を閉じ自分の中に売るほどあるらしい魔力とやらを確認しようとしているのだが、これがどうしてさっぱりその魔力とやらを実感できない。
この世界では魔法とは魔力をもつ者が使えるもので魔力量が多いほど魔法の力が強くなる。魔力量は生まれつきでほぼ決まっている。見るひとが見ればそのひとの器の大きさ、のようなものがわかるのだそうだ。
だから過去にエルフの血がまざったことがある人間の国では子どもを対象に魔力量の検査がある。都市部では子どもたちを集めて一斉に、それと並行して地方を検査官と呼ばれる魔法使いが巡回している。そのときの魔力が少なくても大きな器が確認されれば王都にある魔法学校への入学をすすめられる。というよりほぼ義務らしい。
「これだけあると”ある”状態が普通で特に何も感じないんですかね?ここなら多少大きくなっても人的被害は出ないでしょうし、試しにやっちゃいますか」
「やっちゃうもなにもやり方がわからないんですが…」
「魔法の初心者は魔力の感知から始めて、一番最初の具体的な魔法は『火』なんです。適性が『水』や『風』の子でも小さな火くらいは出来ますから」
魔法には属性があり人間は一つか二つ、エルフは二つか三つの得意な属性を持つことが多いという。
属性は『火』『水』『風』『土』『光』『闇』『癒』の七つがあり『火』を持つものが一番多く『癒』を持つものが一番少ない。
『癒』の属性をもつものはエルフ人間を問わず貴重な存在であるが、ほとんどがその一属性しか持たない。
つまり悪い奴に狙われても相手をやっつける魔法などを繰り出せない。
というわけで『癒』の属性をもつものは発見され次第保護対象として国家に守られている。
「魔法学校では自分の魔力の感知ができるとそれを変換する訓練をはじめます。ひとによって自分の魔力の感じ方が違うので変換の仕方もかわるんですが」
「ちなみにステラ王子はどんな風に感じていらっしゃるんですか?」
「…。その王子っていうのやめていただいていいですかね。わたしは第五王子でほとんど継承権とかあってないようなものですし公式の場以外では誰も王子なんてつけませんしね」
「ではみなさんはどうお呼びしているのでしょうか」
「ステラ、もしくはステラ隊長、ですかね。ついでに敬語もほどほどでお願いします」
「ではステラさんで」
「わかりました。わたしはチカさんと呼ばせていただきますね。では説明の続きをしますね。魔力の感知はひとそれぞれなんです。砂の粒のようだというひともいれば水のようなひともいればクリームのようだというひともいます。ちなみにわたしは水竜です。エルフの王族は魔力自体が意思を持つように感じる者が多いんです。さて、基本のやり方は火打石だと思って自分の親指と中指でぱちんと指を鳴らす動作をします。そのとき自分の魔力を感じながら火打石と出来あがった小さな火のイメージを出来るだけ鮮明にしておくことが大事です」
「それで火がついちゃうんですか」
「一回で出来る子もいれば一ヶ月かかってしまう子もいます。やはり個人差はあります」
「うまく出来たとしてちょうどいい大きさの火になりますか?」
「魔法学校では小さい火をイメージさせますし、たいていの子は器が大きくてもまだそれほど魔力量がないので結果として小さな火しか出せない、という方が多いかもしれませんね」
「ちなみにわたしが上手に出せたらどれくらいの大きさの火になります?」
「家を一軒破壊できるくらいの火球は出来るでしょうね」
「あう。…それは、すごい、ですけど…いつになったら出来るかしら…」
「とりあえずやるだけやってみましょうか」
ステラはそういうと安全のためか千花から離れる。
どうぞ、と仕草で促され千花は目を閉じてイメージした。
(魔力の感知はちょっとおいておいて、火打石、火打石、ぽっと灯る火、火打石、火打石、ぽっと灯る火)
ぱちん!
ぱちん!
ぱちん!
…………。
ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!ぱちん!
「チカさん、そのあたりでいったん休憩しましょうか」
千花の指先から炎の代わりに血が出そうになったときステラが声をかけた。
これは予想外に時間がかかるかも、とステラは心の中でうなる。
ステラから見て千花の魔力量、器とも群を抜いている。エルフの国の魔法隊のトップクラスと同等だ。属性もおそらく全部ある。おそらくなのはびっくりするくらい魔力が雑然としていてよく見えないからだ。この世界で魔力のある者は子供の頃からいわゆる訓練を受け自覚とともに魔力を増やしていくが千花のそれはまるで長年放置された空き地の蔦や雑草のようだった。ただその蔦や雑草は例えるなら透明なガラスのように純粋な魔力でありそれゆえ絡み合うとわずかな違い、つまり属性の違いが非常にわかりにくくなってしまっていた。
千花たちがいた世界には魔法がなかったということだが、ステラには千花は幼い頃より大きな器があり成長とともに増える魔力をそのまま野放しにしていたように見えた。
ステラはこれだけの魔力量があればすんなり魔法をマスターすると楽観視していたがこれは少々困った事態かもしれない。
ステラ自身は王族ということもあり生まれつきの魔力量も多くものごころがついた頃には自然と魔法を使っていたので最初のきっかけで苦労した記憶がない。しかもエルフの国の魔法部隊のうちのひとつをまかされる魔法隊長ではあるが魔法学校の教師ではないので魔法の初歩に関しては一般的なやり方を知っているにすぎず、こんなとき、最初の一歩がうまくいかないときにどのように対応するべきかのカードをいくつも持ち合わせているわけではなかった。
休憩のあとどのように再開しようかとステラが考えているとき、急速にこちらに何かが近づいてくる気配とともに千花の声が上がった。
「ステラさん!ドラゴンですよ!リオンさんですかね!」
空を見上げれば砦の方向からまっすぐにこちらに向かって飛んでくるドラゴン。
小さかったシルエットはすぐに大きくなり千花とステラの上空で旋回すると二人からやや離れたところに着地した。その背中から莉子がぴょこんと飛び降り何か言葉をかわすとドラゴンは再び空へ舞い上がった。
「千花ちゃーん!」
笑顔の莉子が千花に向かって手をぶんぶんと振ると小走りで近寄ってきた。
「千花ちゃんの魔法の見学に来たよ。あ。ステラさん」
莉子はステラにも笑顔を向けるとペコリと頭を下げた。
「それなんだけどね莉子ちゃん」
「うん?」
「なんだかさっぱり魔法が出ないの」
やや眉毛を下げた困り顔で千花が莉子に報告する。
「え?なんで?」
てっきり広い場所でどっかんどっかん魔法の練習をしていると思って見学に来たのにと莉子が言うので千花は今までの経緯をざっと説明した。
「その指ぱっちんがいけないんじゃないの?」
莉子に言われて千花は自分の右手を見た。
「火打石なんてわたしたち使ったことないし。わたしの記憶にある火打石って暴れん坊将軍でめ組のひとがたまにカチカチされてたくらいなんだけど。しかもあれ音だけで火は出てなかったような…」
莉子の指摘にそれもそうかも、と千花もちょっと考える。
「だから千花ちゃんが火をつけた記憶の再現の方がいいんじゃない?」
「一理あるかも」
ステラが二人のやりとりを興味深そうに眺めていると海とは反対方向からリオンが走ってきた。人間の姿になりきちんと着衣の状態だ。どこぞで服を着てきたのだろう。
「どうしたんですか?」
魔法の見学会のはずが千花は魔法をださずに莉子と二人でなにやら話し中なのをみてリオンはステラに話しかけた。
「まだ魔法が出ないんですよ」
「ええっ」
驚くリオン。
一方、千花と莉子は。
「そういえば火って最近見ないよね」
「え?そうなの?」
「うちキッチンのリフォームしてIHにしたし、家族の誰もタバコ吸わないし、お仏壇もないし。北海道の一人暮らしのアパートもIHなの」
「そっかあ、千花ちゃんちオール電化だったもんね」
近所にさきがけてオール電化になった千花の実家を思い出してうんうんと莉子は頷いた。
「そしたらあれは、チャッカマン。花火の時とか使ったことない?」
「あ、そういえば」
「千花ちゃんの好きな誰だっけ?ほら左手で早撃ちするあのおじさんのイメージで銃をチャッカマンにしてみたら?」
「魔力のイメージはどうしよう」
「それはやっぱりキラキラでしょう」
「キラキラ?」
「魔法といえばキラキラ!そして呪文!千花ちゃんもうちでおにいちゃんのビデオ一緒にみてたじゃん」
「?」
「パラリンリリカルにする?やっぱりパンプルピンプル?」
「……あーっ!思い出した!」
小学生の頃夢中になったアニメは莉子のお兄ちゃんの私物のアニメだった。昔テレビ放送されていたらしいそれはやや絵柄が古く感じられたが千花も小梅も大好きでそれを見に莉子の家に通ったものだ。
「でも早撃ちと呪文って合ってないよね」
「そうかも」
そしてまたうーんと考え込む二人。
「そしたら千花ちゃんさ、火はとりあえずおいといて呪文だけとなえてキラキラ降らせてみたら?」
「ステッキとかないんだけど」
「んー。じゃあこれ」
莉子は肩掛けカバンの中からボールペンを取り出して千花に渡す。
「かわいいペン貸してくれるのかと思ったら普通のハイテックなのね」
「そこらへんは大目にみてくださいな」
莉子はびしっと千花に敬礼するとステラとリオンのところに走っていく。
「千花ちゃーん、いーよー。キラキラ降らしちゃってー」
離れたところから莉子が叫ぶ。
「恥ずかしがらないでちゃんとやるんだよー」
笑顔で手を振る莉子を見ながら千花は深呼吸した。
中途半端に恥ずかしがって魔法が出なくて同じことを繰り返すはめになるより、ここは気合いでなりきろう。そしてダメなら他の方法を試す。うん、そうしよう。
千花はもう一度深呼吸する。目を閉じて手の中のハイテック0.3mmに集中する。
「キャノ!」
数十秒後、海岸には笑顔で拍手する莉子、茫然とするステラとリオンの姿があった。