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13 小梅始動




 砦の朝は、早い。

 日も昇りきらぬうちから砦のすぐ外にある鍛練場に続々と執事たちが集まってくる。

 集まってくるのは兵士ではない。執事だ。ゆえに誰も彼も一部の隙もなく身なりを整えさわやかな笑みを浮かべて挨拶をする。


「おはようございます」

「おはようございます」


 イケメンたちが一瞬だけ立ち止まっては軽く頭を下げ朝の挨拶をかわすのだ。

(全員とは言わないが8割方イケメンである)

 鍛練場に適度にばらけてひろがりおのおの準備体操などをしていたが、ひとりが長い棒を持って前に進み出てきたところで全員が一斉に壁に走り寄りそこから一本ずつ棒を手に取りまた鍛練場に駆け足で戻って行く。集まる前は適当な間隔をあけて散らばっていたが今度はきっちり等間隔だ。


「ねえケンケン」

「何だ?」

「あれってどうみても兵士さんのような気がするけど、でも執事なんだよね」

「ああ、そういうことになってる」

「なんで?」

「なんでとぼくに聞かれても困るんだけど。それよりそのケンケンっていう愛称はどうにかならないのか」

「もう他に思い浮かばないし。ケンケンもあの長い名前そんなに好きじゃないんでしょ」


 ケンケンはふうっと見た目美少年らしからぬため息をついた。

 鍛練場からすこし離れた木の上に人間の女の子とゴブリンと妖精がひとりずつ。

 人間の女の子とは異世界トリップしてきた小梅で、ケンケンと呼ばれたゴブリンについては本名は別にきちんとしたものがあるのだがとりあえず省略。

 木の枝に仲良く腰掛けている二人の肩のあたりを漂うように浮いているのが妖精のララパだ。(彼女も本当の名はララパではないが本名についてはとりあえず省略)


「まあ、いっか。さて、あたしはまぜてもらいにいくけど、ケンケンどうする?ララパはあの棒振りまわすの無理だよね?」

「無理ですわ」

「ぼくもパス」

「パスって。ケンケンって強いの?鍛えなくても大丈夫?」

「弱くはないけど強くもない」

「なにそれ」

「それよりぼくさあ、ゴブリンなんだけど」

「うん、きのう聞いた」

「なんかおかしいと思わない?」

「何が?」

「ゴブリンだよ。ゴブリンが昼間にちょろちょろしてておかしいなあとか思わないわけ?」

「なんで?」

「なんでって・・・・・ああ、そうか、知らないのか」

「知らないって何を?」

「ぼくたちゴブリンは日の光がダメなんだよ」

「ええっと、夜行性?」

「まあ、そうとも言うかな。ゴブリンは本来日の光があるうちは活動しない」

「してるじゃん」

「これは特別。君たちに会いに来るのに夜まで待つことが出来なかったから特別にエルフが魔法をかけたんだ」

「おおう!魔法!」

「なんかムカつくねその言い方。まあいいや。この洋服やブーツに魔法がかかっているから日の光を浴びても大丈夫なんだけどそれでも元気に動き回る気分にはなれないんだよね」

「気分の問題なの?じゃあ体力的に大丈夫なんだよね。というわけで行こうか!」


 小梅が横に座っていたケンケンの腕を掴むとそのまま木の枝から飛び降りた。


「ちょ!何するんだよ、あぶねー女だな」


 不自然な態勢で無理矢理着地させられたがそこはゴブリンのすばしっこさでなんとか体勢を整える。


「これくらいどうってことないでしょ。行くよ。出来るだけ早く使いものになるようにしないとね。いい機会じゃん執事さんたちわらわらいるし誰か先生役やってくれるでしょ。とりあえず基本はマスターしたいよね。棒術っていうの?あれ。でも普段棒を持ち歩いてたりするのかな?剣とかの方が普通じゃないの?」

「知らねーよ、執事に聞けよ」


 がっちりと掴まれた腕を振りはらうのは無理そうだとあきらめたケンケンは半ば引き摺られるように鍛錬場に向かって歩いて行く。


「おはようございまーす」

「まーす」


 ど、す。

 ケンケンの腕を掴んでいたはずの左手が一瞬だけ離れて拳が脇腹に入る。


「あいさつがきちんとできない子、おねーさんはキライだな」

「お、はようございます」


 あまりの痛さに涙がぽろりとこぼれそうになるのをなんとか我慢してケンケンはけなげに朝のあいさつをした。





 執事たちの朝練に飛び入り参加した小梅とケンケン。ケンケンはとりあえず日陰がいいと鍛錬場の隅へと移動した。

 小梅は持ち前の運動神経を発揮してきれいなフォームで素振りを繰り返す。最初こそぎこちなかったが気付いた執事長が持っていた棒をやや短い棒に換えてくれてから格段に動きが良くなった。


「一、二、三、四で五、六、七でターンで一、二、さーん、四!」


 教わった基本動作を掛け声とともに十数分。慣れてきた小梅は執事長を相手にスピードを変えたりリズムを変えたりして棒を器用に操っている。


「コウメさまは筋がよろしいですねえ」


 茶髪ダンディーな執事長はなんだかとってもうれしそうだ。別にかわいらしい女の子といちゃいちゃ(というよりカッツンカッツン棒を鳴らし合っている)するのがうれしいわけではなく、小梅ののびしろがありすぎる気配に執事の血が騒いでいるらしい。


 執事長のセバスチャンは「実際には棒で戦うことはそうそうないと思いますが」と言いながらも持ち方、切り返し方などを教える。


「棒で魔物を倒せないことはないですが急所を一突きとか相当な力が必要だったりとかしますからね。殺さないように人間相手に痛めつける道具としてはなかなか優秀ですけどね。あとはとっさのときに闇雲にモップを振り回すよりは効果的に振り回しましょう、というところですかねえ」

「ふむふむ」


 握りしめすぎない、力を抜くタイミング、強打した際の反動、棒が描く円の軌跡とその際に生じる隙、軸足の動きと退避行動。

 セバスチャンは簡潔にそして明瞭に小梅に棒術のコツを教えていく。


「基本はもちろん大事ですが、ちょっと実際にやってみましょうか」

「えっ、もうですか?」

「実際に打ち合えば理解が早く進むと思います」

「はい」


 そしてセバスチャンに呼ばれたのはリオンだった。召喚されたときはじめて会ったこちらの人間三人のうちのひとりだ。セバスチャンと言葉をかわした後、小梅の正面に立つ。


「おはようございます。よろしくお願いします、コウメさま。わたしはひとより丈夫ですから安心して打ちこんできてくださいね」


 銀髪の若手執事は早朝から爽やかだった。


「では、はじめ!」


 セバスチャンの声で空気が変わる。他の執事たちは訓練をやめて遠巻きに二人を見学するようだ。

 それぞれが身長に見合った棒を持っているため小梅の持つ棒はリオンのそれより短い。


(狭い所ならともかくこんな広場みたいなところじゃあたしの方が不利だよね)


 かなり多めに間合いを取りながら小梅は考える。リオンの方が棒も長けりゃ腕だって足だって長い。踏み込む一歩が小梅とは違いすぎる。やはりここはスピード勝負しかないか。とりあえず通常モードで、ダメならアレを使おうと小梅は考えた。アレとは異世界に来るにあたっていただいた身体能力増強の力である。どうやらいただいたアレは常に発揮されているわけではなく自分の気持ちで切り替えて使うものらしい。

 自分の中でギアチェンジするイメージだ(小梅はマニュアルで免許を取得している。ちなみに莉子はオートマ限定)そうすると体が今までと違う動きをするのだ。


 (スピードと予想外の動きでいくしかないよね。がんばれあたし)


 緊張しているのか棒を握ったてのひらにじんわりと滲む汗を感じる。


「てやっ!」


 気合いを入れて小梅は正面のリオンに向かって猛然とダッシュした。



 

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