12 往生際の悪いひと
自然と目が覚めた。覚めてすぐにきのうの夜のことを思い出した。あんな状態で眠れないんじゃないかと思ったけれどわたしは結構神経が図太いのかもしれない。
ベッドの中でのびをしてから起き上がると部屋のドレッサーの前で髪を整えている千花ちゃんと鏡越しに目が合った。
「おはよう莉子ちゃん」
「おはようございます」
ちょっと照れ臭かったけれど挨拶をかわす。
どんなときでも朝は「おはようございます」これ龍泉家の決まりなのです。どんなにけんかをした翌日でも必ず「おはよう」じゃなくて「おはようございます」
聞いたことないけどおとうさんの方針だったのかなあ。まあいいか。
「あれ?小梅は?」
「小梅ちゃんは執事さんたちの朝の鍛錬のぞいてくるって」
執事さんの鍛練といってもお茶を淹れる練習や接客のトレーニングではない。
と思うんだけど、そうだよね?
「わたしが起きた時にはもういなくてメモがそこに」
千花ちゃんの視線の先は応接セットのテーブルの上で、そこにはなにやらメモ用紙のようなものが置いてあった。
「朝ごはんまでには帰ってくるって書いてあったし、莉子ちゃんも着替えちゃったら?」
「うん、そうする」
もたもたとベッドを這い出してクローゼットにかけてある自分の洋服を着る。同じ服を着続けるの、もう三日目になるのかな。
着替えとか持ってきてないし、これからどうしよう。こっちの服が普段着になっていったりするのかな。
夏になって秋になって冬になって・・・・・。
冬服は完全にこっちの服になるんだろうなあ、ってこの世界の四季はどんな感じなんだろう。
こちらで借りたこちら風の寝巻を中途半端なところまで脱いで固まっていたわたしの背中に千花ちゃんの声がかかる。
「莉子ちゃん、ぼーっとしてないで着替える着替える」
「あ、うん」
わたしが着替え始めたのでおそらく視線を外しているだろう千花ちゃんにクローゼットを見ながら話しかける。
「ねえ、千花ちゃん」
「ん?」
「なんで千花ちゃんはあきらめられたの?」
「きのうの話?」
「うん」
「うーん。わたしも小梅ちゃんと一緒で自分が死ぬ実感しちゃったからかなあ。あとねうちの大学、年度始めのオリエンテーションでね・・・」
千花ちゃんの通う大学では毎年四月授業がまだ始まる前、履修を決める頃にいくつかの講座があるらしい。すべて必修のうちのひとつが救急救命講座。
全員がAEDの使い方とかマネキン使っての人口呼吸とかやるんだって。
あとは急性アルコール中毒で病院運ばれるひとの映像を見たり交通事故の結構えぐい映像見たり。
急性アルコール中毒の映像では飲み過ぎた男のひとがアルコールを排出させるため?強制的におしっこだす管をつけられたりするらしくそれを見た男子学生は鳥肌を立てていたらしい。ストップ一気飲み、ってことなんだろうね。交通事故は広い道で調子乗って飛ばすな、ってことかな。
その講座の中で蘇生率っていうの聞いたんだって。心肺停止の状態からどれくらい時間が経つと、っていうの。
大体10分を過ぎるとまず無理で蘇生してもなんらかの障害が残ることが多いんだって。
「それにね、あのときのあの状況だと救急隊がたくさん駆けつけても、わたしたちトリアージで黒い札だと思うんだよね」
「黒?」
「うん、黒。死亡」
「・・・・・」
「まだちゃんと息のあるひとから優先して、ってなったと思うから」
「・・・・・」
「わたしはもう結構すっきりしてるというか、納得してるんだけど莉子ちゃんはまだ難しいんだよね?」
「んー」
わたしはどっちつかずの返事しか出来なかった。
「きのうの小梅ちゃんの話もその通りだとは思うけど、無理することはないと思うよ」
「でも・・・・・」
「今の時点でどの可能性も捨てきれないもの。だから莉子ちゃんが無理に『わたしは死んだ』とか思う必要はないと思う。ただ魔物退治はほんとに覚悟がないとダメだと思うから怖かったりしたら正直に言ってここに残った方がいいんじゃないかな。いますぐ出発するわけじゃないし、ゆっくりちゃんと自分で納得いくように考えて。ね」
わたしは日本での生活をあきらめきれるのかな。そもそもあきらめる必要があるのかな、って思ってしまうのは往生際が悪いのかな。
だってわたしは『運』がいいんだよ。
わたしも死んだとは思うんだけど。あのとき京都の空に次々に浮かび上がった光の球のひとつだったんだから。
それでも、でも・・・・・。
なんで『運』なんて強化してもらちゃったんだろう。こんなに悩むことになるなんて思わなかったよ。