空想艇
空想艇の朝は、はっきり言って遅い。それというのも、艦長の起床時間が遅いからだ。
今日も当然のごとく姿を見せない。すでに日が高くなっている。流れる白雲に時折さえぎられる太陽が、きらきらと笑っていた。
艦内の奥深く、長い廊下を歩いていくと、クルーたちの部屋の一角がある。月に一度の大掃除は忘れ去られ、物置代わりの部屋からほこりっぽい空気が流れてくる。関係者以外立ち入り禁止のプライベートなその空間に、艦長室は埋もれているのだ。
「ちょっと、もうお昼ですよ! 起きてください!」
さきほどから艦長室の扉をたたいているのだが、一向に返事がない。いい加減、手も疲れた。いよいよ痺れを切らしたクルーは勢い良く扉を開け放った。
薄暗い中でも見える部屋は質素で、他のクルーの部屋と大差はなく、窓とベッドと机がひとつずつ付いているだけである。そう大きくないとはいえ、机の上には本がつまれており、本来の用をなせるような状況ではない。ゴミ箱はもうパンク状態で、ティッシュやらお菓子の袋やらが辺りに散乱していた。
無造作に広げられている本に足をとられながらもスイッチを探り当てると、部屋の様子が細部まで照らし出される。
ブラインドは二十四時間体制で下ろされている。日光には縁のない睡眠時間を確保している彼女にとって、突然の光は毒であった。光から逃げるように、もぞもぞと布団のふくらみが動く。
しばらくすると、布団の下から腕が伸び、枕元にあった眼鏡をやや乱暴に引き込んだ。少し間をおいて、頭がにょきりと生えた。顔だけ布団から出したその姿はまるで亀である。すだれのような前髪を耳にかけると、時計盤を寝ぼけ眼で確認する。
静かな時を秒針が刻む。
目覚まし時計がゼロを指したその瞬間、空想艇内に悲鳴に近い雄叫び(?)がこだました。艦内を揺るがす絶叫の主、艦長が飛び起きたのだ。
「……ウルサイです」
轟音に右耳を押さえ、迷惑そうな顔をしている少年。何の因果か、先輩方の後輩イジメか、こんな役目を背負わされている。こんな役目、寝ぼすけな上司をたたき起こすというなんとも面倒な。
「もう朝? つーか昼だよね、十一時って」
上体を起こすと頭を押さえため息をついた。寝癖のついた髪をくしゃくしゃとさらに乱す。
布団を跳ね除け、足だけベッドからおろした。ちょうどベッドに座るような形である。傾いた眼鏡を掛けなおすと、目覚まし時計をもとあった場所へと戻した。
「悪い悪い」
軽く反動をつけ、重い腰をあげる。
よたよたと服を一式掛けてある椅子へと歩み寄った。淡い色のシャツに伸ばしたが、何かを思いついたらしく、指を丸め、翠に向き直る。
「……着替え、見たい?」
艦長室の扉がバタンと乱暴に閉じられた。
今も伸びきったタンクトップにピチピチのハーフパンツという刺激的な服装ではあるが、花も恥らう乙女のお着替えを生で拝む、となると恥ずかしいものがあったらしい。
「愛い奴め。見たいとか言われても困るけどさぁ」
艦長は翠の予想通りの反応に、一人笑った。手早く着替えると、廊下へと出た。