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時間を忘れた不思議の国  作者: 菜乃花
第三章 どうしてそれがいけないのさ?/悪の定義
17/24

#16



「……ラ……ソラ」



(誰だろう……? 声がする。「そら」って何だ? そら……空……ソラ――)

「……俺の、名前?」

 そう認識した途端、一気に意識が鮮明になる。気がつくと、ソラはよく知る闇の中に立っていた。

「また、夢か」

 諦めの混じったため息とともに呟くと、ふと、何かの気配を感じた。この闇の中で自分以外の存在を感じたのは初めてだ。

「誰かいるのか?」

 鋭く言うと、体中の神経を研ぎ澄ませて辺りの様子を窺う。しばらく黙って目を凝らしていると、突然闇の中に白いものが浮かび上がった。

 蕾が花開くように広がった白は、温かい金色の光を放つと再び収縮し、何かを形どり始める。光が完全に消え去り、眩しさに眇めていた目を開けると、ソラの前に一人の女性が立っていた。

 優しい午後の日差しのような、淡い金色の長い髪。透き通るような白い肌を真っ白なワンピースに包み、曇りのないエメラルドグリーンの瞳は真っ直ぐにソラを見つめている。触れれば壊れてしまうのではないかと思うほど儚げな雰囲気を纏うその女性は、長い裾から素足を覗かせてゆっくりとソラの方へ歩み寄った。

「やっと、この姿で会えた」

 驚いて何も言えずにいるソラに笑いかけると、女性は静かに言葉を紡いだ。その声を聞いたソラがさらに目を見開く。

「その声……。じゃああんたが」

 自分より少し低いところにある少女のように無垢な笑顔を、ソラは信じられない思いで見つめた。そんなソラに対して小さく頷くと、女性は悲しげに柳眉を顰める。

「ずっと夢であなたに呼びかけていたのは私。彼の存在が近くなって、ようやくこの姿をとれるようになったの。でも、まだ足りないわ。あなたは私を思い出していない」

「思い出す?」

「そうよ。ああ、だめ……時間がないわ」

 そう言って彼女はゆるく首を振った。

「今の私には、これが限界なの。力が足りないわ……。お願い、私のことを思いだし、て」

 そう必死に訴える女性の姿がだんだんとブレ始める。

「おい、どうしたんだ?」

「彼……を、止めたい……の」

 もうソラの声が聞こえていないのか、矢継ぎ早に言葉を紡ぎ続ける女性の声にも、いつものようにノイズが混じり始めた。

「思い出して、私……の名前、を……彼……助、け――」

「おい!」

 引き留めようとして伸ばした腕も虚しく、女性の姿は微かな光の粒子を残して消えていた。

「俺は、あんたを知ってるのか……?」

 先ほどまで女性がいた場所に疑問を投げかけても、その言葉に応える声はない。少しずつ闇に蝕まれる思考の片隅で、ソラは彼女の微笑みを思い出していた。




 うっすらと閉じていた瞼を持ち上げると、薄暗い空間の中に日の光が射し込んでいた。

「ん……ここ、どこだ?」

 まだぼんやりとする頭を軽く振って上半身を起こすと、体を支えようと地面についた手の下で枯れ葉がかさりと音を立てた。光が射す方へ視線を向けると、丸く切り取られた森が見える。

「ああ……そうか。昨日、木のうろで眠ったんだっけ」

 自分が今居る場所を思い出したことで、少しずつ昨日自分の身に起こった出来事を思い出し始めた。

 学校の帰りに出会った白ウサギにここ――不思議の国へと連れてこられ、【Alice Game】への参加を告げられた。その後森で出会った騎士のエースからこの世界やゲームのことを聞き、クロさんに仕立ててもらった服に着替え、そして、白ウサギを追って飛び出したエースの後を追ったのだ。

 だが結局、エースを見失い、夜の森で途方に暮れることになってしまった。クロさんの仕立屋に戻ろうにも、無我夢中で後を追っていたせいで帰り道の見当もつかない。そんなときふと目に入った木のうろに枯れ葉を敷き詰めて眠ったのだ。

「まったく、夢みたいな話だよな……でも夢じゃない」

 何度確認してみてもここは見知らぬ森の中で、今のソラの格好は制服ではなく、昨日クロさんに仕立ててもらったものなのだ。どんなにそうしたいと望んでも、これを夢の一言で片づけるわけにはいかなかった。

 それに、夢と言えば、さっきまで見ていた夢のことも気がかりだった。

 初めてソラの目の前に姿を現した夢の女性は、「彼の存在」が近くなったからこの姿をとれるようになったのだと言った。彼というのは、彼女がずっと夢の中で救って欲しいと言っていた相手のことだろう。そして、その存在が近くなったということはつまり、彼女が想ってやまない相手がこの世界にいるということだ。

 彼女は自分に助けを求めていて、そして今、自分はここにいる。やはりこの世界は、白ウサギの言うように自分の居るべき場所なのだろうか。

 起き抜けの頭でいくら考えても、いっこうに答えは出そうになかった。

「せめて、もう少し話ができていればな……」

 せっかく会うことができたというのに、話ができた時間はごく僅かだった。彼女はソラに向かって力が足りないと言った。だから自分のことを思いだして欲しい、と。

「俺は、あの人のことを知ってるのか?」

 声に出して問いかけてみても、もちろん答えを返してくれる相手はいない。先の見えない底なし沼のような思考に囚われそうになって、ソラは慌てて頭を振った。

 この世界のことも、ゲームのことも、そして夜毎の夢のことも、考えるにはまだまだ情報が足りなすぎる。

「とにかくエースを探さないと」

 待っていろと言われていたのに勝手に飛び出してきてしまったのだから、きっと探しているに違いない。

「エースに会えば、また色々と聞けるかもしれないしな」

 気を抜くと余計なことを考えてしまいそうになる頭を独り言でごまかすと、ソラはエースを捜すべく木のうろを後にした。




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