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時間を忘れた不思議の国  作者: 菜乃花
第二章 罪滅ぼししたいから、かな/はぐれ者の騎士
14/24

#13



 頭の中を整理しきれないでいるソラと、そんなソラにどう声をかけるべきか考えあぐねているエースの間には、当然のように重たい沈黙が横たわっていた。目があってしまえば何かを言わなければならない気がして、どちらともなく俯いたまま時が過ぎる。

 そんな空気を変えたのは、ソラでもエースでもなく、第三者の声だった。

「ソラ様、いらっしゃいますか?」

 足下、つまりは地上から聞こえてきた声に屋根の縁から顔を覗かせると、クロさんがこちらを見上げて佇んでいた。真っ直ぐにこちらを見上げているところからして、ソラとエースが屋根の上にいると当たりをつけていたのだろう。

「どうかしたのか?」

 ソラに倣って下をのぞき込んだエースが尋ねると、クロさんは「問題があったわけでは」と断りを入れつつ本題に入った。

「ソラ様の衣装ができあがりましたので、その報告に。中でお持ちしておりますので、一度お越しください」

 そう言って律儀に一礼すると、二人の反応を待たずに扉の中へと姿を消す。

「できあがったって、いくらなんでも早すぎないか?」

 下をのぞき込んだままの体勢で言ったソラに、エースは苦笑を返した。

「言っただろ? クロさんは腕のいい職人なんだ。片付けるのは苦手だけどね。出来映えも心配ないと思うから、取りあえず行ってみよう」

「わかった」

 先ほどまでと変わりなく会話ができることに少しほっとしつつ、エースに続いて立ち上がる。

「よし、じゃあ行こうか」

 と言って歩きだしたエースに続こうとして、しかし、ソラは動きを止めた。

「おい、そっちは――」

 ――梯子と逆だ。ソラがそう言い終わる前に、エースは無造作に屋根の縁を蹴っていた。そのままふわりと宙に身を躍らせて、バランスひとつ崩すことなく地面に着地する。

 いくらこの家が一階建てだと言っても、天井が高い造りのせいか地面まではそれなりに高さがある。そんなことを欠片も気にした様子のない荒技に、ソラはただ唖然として立ち尽くすしかなかった。

 対してエースはと言うと、口を開けたまま固まっているソラを見て何を勘違いしたのか「ああ、ごめん。いきなり飛んだら驚くよね」などと笑っている。

(いや、俺はむしろこの高さから飛び降りて何ともないあんたに驚いてるんだけど……)

 出会い頭に盛大に転んだ印象が強すぎて気がつくのが遅れたものの、ナイフのことといい今の荒技といい、騎士と言うだけあってエースはただ者ではないのだろう。

 そんなことを考えながら下を見下ろすと、まだソラの方を見ていたエースと目があった。

「あれ、ソラは飛ばないの?」

「え」

「なんなら俺が受け止めようか」

「はい?」

 少しずつ後ずさるソラに気づいているのかいないのか、エースは爽やかな笑顔でさあ来いとばかりに両腕を広げてみせる。

「あー……俺はいいよ。梯子で降りるから」

 強ばる頬に無理矢理笑顔を張り付けてそう言うと、エースは本当に残念そうに「遠慮しなくていいのに」と呟いた。

「じゃあ、俺は先に行ってるよ」

 そう言ったエースの姿が完全に視界から消えるのを待って、ソラはやれやれとため息をついた。

(あれ、絶対に何の他意もなくやってるよな……いっそのこと全部計算だった方が気が楽だ……)

 そんなことを投げやりに考えて、ソラは縄ばしごに手をかけたのだった。



 エースから遅れること暫し、ソラが木製の扉をくぐると、クロさんが「お待ちしておりました」と言って手に持っていた四角い木のお盆のような物を掲げて見せた。見ると、その盆にはきれいに畳まれた服が乗せられている。

「えっと、それが俺の服?」

 どう考えてもそうに決まっているものの、一応確認するように尋ねると、クロさんがこくりと頷いた。

「部屋をご用意しておりますので、どうぞお召し替えを」

「お召し替えって……やっぱりこれに着替えなきゃ駄目なのか?」

「もちろん」

 クロさんから渋々衣装を受け取りつつボヤくソラに向かって、エースは大きく頷いた。

「君が着替えないと、せっかくクロさんに仕立ててもらった衣装の意味がなくなるじゃないか」

「だよな……」

 もともと不本意であったとはいえ、エースの好意やクロさんの払った労力を無碍にするのもはばかられる。しばらくの沈黙の後、「……しょうがないか」と呟いたソラは顔を上げてクロさんを見た。

「着替えるよ。それで部屋っていうのは……もしかして、アレ?」

 クロさんが用意したという部屋の場所を聞こうとして、クロさんの視線の先を追ったソラは、危うく先ほど着替えを決意したことを後悔しそうになった。クロさんが視線で示した先には確かに扉があった。あるにはあるのだが、数多くのマネキンとそれらが身につけるきらびやかなドレスの波がソラの行く手を遮っているのだ。

 一縷の望みをかけてクロさんのことを見つめるも、その口から否定の言葉が出てくることはなかった。

「やっぱり、これをかき分けて行くんだよな……。あーもう、わかった! 行くよ」

 二人の無言の圧力に押し負けて、ソラが肩を落としつつも新たに決意を固めると、クロさんが先導するようにドレスの波をかき分け始めた。

「行ってらっしゃい。どんな服ができたのか、楽しみにしてるよ」

 エースの何とも暢気なセリフに背中を押され、ソラはクロさんに続くべく足を踏み出した。




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