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時間を忘れた不思議の国  作者: 菜乃花
第二章 罪滅ぼししたいから、かな/はぐれ者の騎士
12/24

#11



 クロさんの恐ろしく正確で機会のように無駄のない採寸を終え、ソラは無意識のうちに詰めていた息を吐き出した。ただ立っているだけでよかったのだが、慣れない状況だけに緊張してしまっていたようだ。

 忙しく動き回っていたクロさんはと言うと、採寸を終えるなり「それでは、しばらくお待ちくださいませ」と言い残して部屋の奥に消えてしまった。布の海のただ中に取り残されたソラは、どうしたものかと辺りを見回した後、エースが外で待っていることを思い出し扉へと向かった。

「やあ、早かったね」

 家の外に出たところでエースの姿を探していると、何故か頭上から声がする。声を頼りに視線を巡らせると、屋根の上に腰掛けたエースがソラを見下ろしていた。

「ソラも上がっておいでよ。裏に回れば梯子があるから」

 無邪気な笑顔でそう言うエースは本当に子供のようで、ソラが屋根の上に上がってくるということを微塵も疑っていないようだった。

 わざわざ梯子を伝ってまで屋根に登りたいとは思わなかったが、特に否定する理由も思い浮かばない。ソラはやれやれとため息をつくと、家の裏手へと足を向けた。



 それほど大きくはない家の外周をまわると、扉があった側とは丁度反対側にあたる壁に、煉瓦造りの小洒落た家には到底似つかわしくない縄ばしごがかかっていた。これが初めからあったとは思えないから、エースが勝手に取り付けたのかもしれない。

 ずっと手の中にあったナイフ――剥き身ではさすがに危険だからと、今はクロさんの家に散乱していた端切れを巻いてある――をベルトに挟み込むと、ソラは縄ばしごに手をかけた。

 軋むはしごを登りきると、傾斜の緩い屋根の上に出る。ゆっくりと歩いてエースの所まで行くと、ソラに気づいたエースが少し右にずれて座り直した。どうやら隣に座れということらしい。大人しく隣に腰掛けて視線を上げると、絨毯のように広がる森の一角から、少し赤みを帯び始めた空に向かって白い尖塔がいくつか突き出しているのが見えた。

「ああ、あれは女王の城だよ。通称トランプ城」

 ソラの視線の先にあるものに気づいたのか、エースが軽い口調で話し始めた。

「不思議の国を支配してるハートの女王が住んでるんだ」

「確かあんたは、女王の城の騎士って言ってたよな。そのハートの女王ってのがあんたの主なのか?」

「まあ……そうなるかな。この世界に王はハートの女王一人きりしかいないから、女王と言えばハートの女王のことだし、城と言えばトランプ城のことだと思えばいい」

 エースの言葉に「ふうん」と気のない返事をしたソラだったが、ふと何かが引っかかった。

「女王……城……どこかで――」

 ――どこかで、自分はエース以外の者の口から「女王」や「城」という言葉を聞きはしなかったか。

 目を閉じて必死に記憶の糸を手繰る。エース以外でこの国のことを口にすることができたのは、

「……白ウサギ」

 はっと目を見開いてそう呟いたソラの脳裏に、歩み去る白ウサギの背中がよみがえった。


 ――貴方への用はもう済みました。私は城へ戻ります。


 そう言った白ウサギを、ソラは追うことができなかったのだ。

(そうだ、白ウサギは確かに城へ戻ると言った。エースの言う通りだとしたら、白ウサギの言ってた城もトランプ城……)

 城の尖塔を睨むように見つめると、ソラは自分のことを不思議そうに見ているエースに短く尋ねた。

「白ウサギも、あそこにいるのか?」

「え、ああ。白ウサギは臣下じゃないけど、女王のお気に入りだからね。【Alice Game】に関しても、実際に取り仕切っているのは白ウサギの――」

「アリスゲーム! そうだ、すっかり忘れてた」

 言葉を遮って急に叫び声をあげたソラは、目を丸くしているエースに詰め寄ると一気にまくし立てた。

「あんた、アリスゲームについて知ってるのか? だったら教えてほしいんだ。白ウサギは俺がアリスゲームの参加者に選ばれたんだって言ってた。アリスゲームっていうのは、一体どんなゲームなんだ?」

 身を乗り出すようにして言い募るソラを手で制すると、エース少し逡巡した後に静かに切り出した。

「白ウサギは確かに、君が参加者に選ばれたって言ったんだね?」

 その言葉にソラが黙って頷くと、エースは囁くように「そうか」と呟いてソラから視線をはずした。先ほどまでの笑顔が嘘だったかのように、その表情は悲しげで、西日に染まる横顔の痛ましさに、ソラはそれ以上言葉を重ねることができなかった。

「【Alice Game】は……もうずっと昔に、女王が始めたものなんだ」

 二人を包む張りつめた沈黙を最初に破ったのはエースの方だった。何かを思い出すように目を閉じた後、まるで過去を悔いるかのように苦しげな音が紡がれ始める。

「本当に突然だった。まるで、とても素敵な思いつきについて話す様に、彼女は言ったんだ。本当に楽しそうな笑顔を浮かべて『Alice Gameを始めましょう』ってね」




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