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第29話

 ブラウザが強制的に立ち上がり、あの不気味な黒と赤を基調としたアンケートサイトが表示される。


 トップページに映し出されていたのは、市民ホールの控室だった。


 主賓用の豪奢な椅子、そこへ久我晃生が腰を下ろす瞬間を捉えた、隠しカメラの映像、ただし、爆発する瞬間は映されていない。


 久我が周囲を気にすることもなく、自分のために用意された椅子へ深く腰を下ろす。そこで映像は途切れ、再び最初へ戻る。

 何度も。

 何度も。

『彼は、自らその席を選んだ』

 犯人は、その事実だけを強調するように、同じ場面を延々と繰り返していた。

 その下のコメント欄には参加者はさらに膨れ上がっていた。


 六十万人。


 書き込みは、もはや文字として読むことが難しいほどの速度で流れていた。


『見たかよ!

 隠蔽警察が逃げた代わりに二世議員が炭になったらしいぞww』


『親のすねかじりのゴミが消えてマジで最高!

 次は誰だ!?』


『俺たちの投票で世の中が浄化されていく!

 もっとやれ!

 腐った特権階級を全部燃やせ!』


『次は「怠惰」か「色欲」か?

 早く新しい候補者のリストを出せ!!』


 画面から溢れ出しているのは、純粋で、無責任な狂気だった。


 彼らには、自分たちが殺人に加担しているという自覚など、ほとんどない。

 安全なディスプレイの向こう側。


 自宅。

 電車。

 職場。


 自分だけは決して血を浴びない場所から、自分より恵まれている人間が引きずり下ろされ、惨たらしく処刑されていく様子を、極上の娯楽として消費している。


「……これが、犯人の手口か」

 私はスマートフォンを強く握った。


 犯人は、自分の殺人を正当化するために、大衆の『ルサンチマン――嫉妬と怨恨』を徹底的に利用している。


 警察が真実を隠す。

 大衆が警察を疑う。


 犯人が、その隙間へ「自分こそが真実を暴く者」という顔で入り込む。


 そして、警察への不信が強まれば強まるほど、犯人は『ダークヒーロー』として祭り上げられていく。


 その熱狂に、新たな人間が加わる。

 さらに投票が増える。

 憎悪が膨らむ。まるで雪崩だった。


 一度動き始めれば、もはや誰にも止められない、もし警察が、このまま犯人を止められなければ。


 この狂騒はやがて、ネットの中だけでは収まらなくなる。

 社会全体が誰かを『悪』と決め、誰かを『裁く』ことに酔い。


 数の暴力を正義と信じるようになれば、その先に待っているのは、制御不能のパニックだ。


 その時サイトの画面が、一度大きく明滅した。

 コメント欄が消える。中央に、血のような赤い文字が浮かび上がった。


【次なる大罪・虚偽】

 続いて。

【候補者の発表は、明日正午】

「……虚偽」

 私はその二文字を睨みつけた。


 次の大罪、次の標的。

 犯人は、すでに動き始めている。


 明日の正午、それまでに新たな『大罪人』を選び出し、六十万人へ提示し再び。大衆の殺意を一人の人間へ集中させるつもりだ。


 タイムリミットが設定された。


 私はスマートフォンを助手席へ置き、シフトレバーへ手を伸ばした。

 明日までにどうしても確かめなければならないことがある。

 アクセルを踏み込む、タイヤが濡れた路面を噛み、セダンが勢いよく走り出した。

 私は雨に濡れる夜の街へ、再び車を滑り込ませた。


  * * *





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