『「代わりはいる」と言われたので、公務をすべてお返しします』
『「代わりはいる」と言われたので、公務をすべてお返しします』
重厚なマホガニーの扉が閉まった瞬間、耳が痛くなるほどの静寂が部屋を支配した。アルフレッド王太子が放った冷酷な言葉が、まだ耳の奥で不快な耳鳴りのように燻っている。
「お前の代わりなどいくらでもいる。嫌ならいつでも出ていくがいい、リリアーナ」
その言葉を聞いたとき、私の心の中で張り詰めていた糸が、ぷつりと音を立てて切れた。
窓の外では、夕暮れ時の冷たい風が庭園の薔薇を揺らし、青臭い土の匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。これまで、王家の激務に追われて、季節の移ろいを感じる余裕さえなかった。私の視界に映る机の上には、うずたかく積まれた書類の山。すべて私が徹夜で片付けてきた公務の記録だ。指先でその紙の束に触れると、カサカサとした乾いた音が響き、指先から体温が奪われるように冷たくなった。
「…わかりました。そこまでおっしゃるのなら」
私は小さく呟き、深く息を吸い込んだ。胸の奥に広がったのは、不思議なほどの解放感と、ほんの少しの寂寥感だった。
翌朝、私は使い慣れた万年筆と最低限の荷物だけを古い鞄に詰め、王宮の執務室の重い鍵を机に置いた。
「リリアーナ、これは一体どういうつもりだ!」
背後から、怒りで震えるアルフレッドの声が響いた。振り返ると、彼は顔を真っ赤にして、私が残した「公務返上届」を握りしめていた。
「文字通りの意味ですわ、殿下。私の代わりはいくらでもいるのでしょう?ですから、公務をすべてお返しします」
「馬鹿なことを言うな!今日からの外交官との会談はどうするのだ!予算の承認は!」
「それは私の知ったことではありません。代わりの優秀な方々にお任せになってはいかがですか」
アルフレッドの額から、焦りの汗が流れるのが見えた。彼はいつも、私が用意した完璧な資料を読み上げるだけだったのだ。
「待て、行くな!命令だ!」
彼の叫びを背中で聞きながら、私は一歩、また一歩と、きらびやかで息苦しい王宮から遠ざかった。
門を出た瞬間、眩しい太陽の光が網膜を刺し、私は思わず目を細めた。見上げた空は、どこまでも高く、澄み切った青色をしていて、吸い込んだ空気は驚くほど甘く、美味しかった。私の足取りは、羽が生えたように軽い。背後に残してきた歪な楽園が、静かに崩れていく音が聞こえるようだった。私の新しい自由な人生は、今ここから新しく始まる。うふふ♡
〜Happy end〜




