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時層交錯ファンタジア  作者: トワイライト
第1章:ギルドと時層世界の門出

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第60話「縛られる歩幅」

 ギルドの扉に手をかけた瞬、わずかな重みが指先へ伝わった。軋む音こそしないが、内側の空気が外へ逃げたがっているような、押し返すような両方の感触が混ざっていた。胸の奥で小さなざわめきが揺れ、瞬は一度だけ息を整えてから扉を押し開けた。


 中は、いつもの雑然とした光景のはずだった。机の上に積み上がる書類、壁に貼られた依頼掲示、奥の鍛冶場からかすかに聞こえる金属音――そのどれもが日常のはずなのに、今日は色が薄く感じられた。人の声も少なく、足音の間隔さえ妙にばらついている。空気が沈み、見えない膜が張っているような静けさだった。


 瞬はゆっくりと視線を巡らせた。誰もこちらを見ていないのに、見えない視線だけが肩へ触れていく感覚がある。理由が掴めないまま胸の奥に冷たいものが落ち、そのまま底へ沈んでいくようだった。わずかに眉を寄せた瞬の耳に、奥で紙束を動かす音が届いた。


 ガイルだった。机に向かい、一枚ずつ慎重に紙を並べ替えている。いつもなら雑に扱うはずの書類を、今日は無言のまま、まるで触れれば崩れるものを扱うように手つきが固い。その背中に普段の余裕はない。瞬は歩みを進め、声をかける前にガイルが気配を察して顔を上げた。


「戻ったか。……ちょうどいい、見せるものがある」


 低い声だった。いつものようなぶっきらぼうさとは違い、言葉の奥に硬さがある。ガイルは机の端に置いていた数枚の文書を指先で押し出すように差し出した。紙の端は少し波打っていて、何度も手に取られた跡があった。


 瞬はその束に触れる前に、ガイルの表情を探った。説明する気配があるが、その口が開く前にギルドの扉がもう一度押し開かれる音が響いた。冷えた外気が流れ込み、視線を向けると、そこにセラが立っていた。


 無駄のない姿勢で、淡々とした足取り。だが彼女の瞳には、いつもより強い“職務の色”が宿っている。その視線が一瞬だけ瞬へ触れた時、胸のざわめきがかすかに濃くなった。何かを伝えに来たというより、告げるべきことがすでに決まっているという目だった。


「時政院監察局より通知を届けに来ました」


 淡々とした言い方なのに、その一言がギルドの空気をさらに重くした気がした。セラは手に持っていた封筒を持ち上げ、ガイルの机へ置く。その動作は静かだが、置かれた紙が場の中心を奪うように存在感を放つ。


 瞬は無意識に封筒へ目を落とした。まだ内容を知らないのに、胸の奥はひどく狭まり、息が浅くなる。照明の光が紙へ反射し、薄い影が瞬の足元へ伸びていく。その影が、これから起きることを暗示するように感じられて仕方がなかった。


 セラは瞬のほうへ身体を向けた。微細な仕草なのに、空気の流れが変わる。これから口にされるものが、自分に強く関わるものである――その予感だけが、静かに胸の底へ沈んでいった。


 セラは封筒を開き、一枚の文書を取り出した。淡い光の下で紙が揺れ、その揺れが瞬の胸の奥へと重なって落ちていく。読み上げる前から、言葉の行き先だけが先に影となって広がっていくようだった。


「――“監査強化通達”。ギルド員の行動記録の提出義務化。外部への単独行動の制限。特定案件への関与禁止」


 淡々と告げられていく条項は、どれも形式ばっているのに、瞬の心へは直接的に響いた。冷たい文面のはずなのに、ひとつひとつが輪郭を持って胸へのしかかる。ガイルが重く息を吐いたのが、わずかに聞こえた。


「とくに……あなたに関する項目が多い。時層干渉の可能性を鑑み、行動範囲の個別制限が必要、と」


 セラは言葉を継ぎながらも、ほんの一瞬だけ視線を揺らした。職務としての硬さは崩れていないのに、その奥に微細な迷いが滲んでいる。だが、通達の内容はその迷いを許さないほど明確だった。


 瞬は文書を受け取り、視線を落とした。見慣れない印章が押され、冷たく整った字面が並んでいる。読み進めるほどに、胸の内側がじわりと締めつけられていく感覚が強くなった。外へ出ること、動くこと、自分で選ぶこと――そのすべてが慎重に枠の中へ押し込められていく。


 悔しさが首の奥へせり上がる。理由は理解できるつもりだ。今の自分の立場も、力の危うさもわかっている。それでも、誰かに決められた枠へ押し込められる感覚は、胸のどこかを鋭く擦った。


「……これが、今の俺に求められてることなんですね」


 絞り出すような声になった。セラはゆっくりと頷き、表情を固く保ったまま言葉を置く。


「危険視しているわけではありません。ただ……“管理”が必要と判断されたのです」


 その単語が、瞬の胸の奥で冷たい音を立てて沈んだ。管理――否定するでも肯定するでもなく、その響きだけが事実として残る。セラはそれ以上何も言わず、一礼して去っていった。扉が閉まる音が、やけに大きく聞こえた。


 ガイルが肩を落とし、手元の紙束を軽く叩いた。


「……すまん。どうにもならなかった」


 その声に責める気持ちは湧かなかった。むしろ、ガイルの表情に混じる無力さが、状況の重さを物語っていた。瞬はゆっくりと息を吸い込み、紙から視線を外す。


 胸の奥に残った悔しさは、完全には消えない。それでも、その奥には薄く灯るものがあった。枠を課されても、立ち止まる理由にはならない。むしろ、進まなければ届かない場所がある。


 瞬は拳を握り、静かに立ち上がった。

 自分で選ぶために――この先の一歩を、濁らず踏み出すために。

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