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時層交錯ファンタジア  作者: トワイライト
第1章:ギルドと時層世界の門出

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第35話「闇底のさざめき」

 ギルドの扉をくぐった瞬間、鼻腔をくすぐる紙とインクとコーヒーの匂いに、瞬はようやく自分が帰ってきたのだと実感した。


 昼下がりの事務室は、いつもと変わらない光景に見えた。棚には書類束がぎっしりと差し込まれ、窓際の机には、誰かが淹れてそのまま置き忘れたらしいコーヒーカップから、かすかに苦い香りが漂っている。外では、強い風が通りを抜けるたびに看板を揺らし、ギシギシと軋む音が壁越しに伝わってきていた。


「おかえり、瞬」


 事務カウンターの向こうで、メリルがタワーのように書類を積み上げながら顔を上げた。金色の髪をざっくりとまとめ、ペンを耳に挟んだその姿は、いつもと寸分違わない――はずなのに、瞬の胸の中には、どこか現実感の薄い違和感が残っている。


「……ただいま、戻りました」


 答えながら、へなへなと近くの椅子に腰を落とす。背もたれに寄りかかると、全身の力が抜けていくのが分かった。列車の中で張り詰め続けていた神経が、ようやく「日常」に触れて緩む。その緩みが、逆に痛い。


「顔が死んでる。未来列車、そんなにスリル満点だった?」


 メリルは軽口を叩きつつも、ちらりと瞬の表情を探るように視線を走らせる。机の上で書類を揃え、カチン、とクリップを留める音が、やけに鋭く耳に残った。


「スリルっていうか……うん、まあ、いろいろ」


 曖昧に笑おうとして、うまくいかない。喉の奥に、まだ金属の匂いと、ループのざわめきがこびりついている気がした。


「ガイルは?」


「奥で報告まとめてる。時政院と産業国家の窓口に投げる書類、山盛り。あっちはあっちで地獄よ」


 メリルは肩をすくめた。


「こっちはこっちで、戻ってきたら戻ってきたで、あんたの分の報告書も増えるしね。おみやげ話くらいは聞いてあげるから、あとで根掘り葉掘り聞かせてよ」


「……おみやげ話って内容じゃないかも」


 瞬は自嘲気味に笑いながら、視線を室内に巡らせた。いつもと同じ机、同じ棚、同じ窓から差し込む光。風に揺れる扉の影。すべてが「いつものギルド」だというのに、自分の方が少しだけ世界から浮いているような感覚が拭えない。


 扉が、また風に煽られてぎ、と小さく揺れた。その音が、ループの中で何度も聞いた「始まりのきっかけ」のように耳に引っかかる。


(戻ってきたはず、なのに)


 胸の底で、ほんの小さな不協和音が鳴り続けていた。


 クリップを留め終えたメリルが、ペンをくるりと指の間で回した。


「にしてもさ」


「ん?」


「なんか、嫌な感じするのよね」


 ぽつりと漏らされた一言に、瞬は目を瞬かせる。


「嫌な感じ?」


「うん。空気がさ。事件終わって、あんたたちも帰ってきて、“はい解散、お疲れ様でした”って感じになるはずじゃない?」


 メリルは、机の端を指で軽く叩きながら、しばらく言葉を探すように視線を宙に泳がせた。


「でも、なんか……まだ何かが、外でざわざわしてる感じがするのよ。紙の裏で、誰かが勝手に書き足してるみたいな」


 瞬は、胸の奥がひやりとするのを感じた。


 自分もまた、似たような感覚を抱いていたからだ。


 列車のループは止まった。装置も停止した。ノワールの影は、あの閉じた時間の中にだけ残像を残して消えた。だが、あれは本当に「終わり」だったのか。


 ループの外側に感じた、誰かの影。ネルが言っていた「外からの干渉」。ローガンが語った未来戦場アステリオン。研究所の試作装置。――それらすべてが、散らばったまま、まだどこかで繋がろうとしているような気配が、心のどこかで鳴り続けている。


「気のせい、だといいんだけどね」


 メリルは、自らの言葉を軽く打ち消すように笑った。その笑いには、いつものような軽さは少し足りない。


「……そう、ですね」


 瞬は曖昧に頷く。


 窓の外で、突風が吹いた。ギルドの看板が軋み、扉がガタンと大きく揺れる。メリルが「うわ」と顔をしかめた、そのときだった。


 扉が、乱暴に開いた。


 外の強い光が差し込み、逆光の中に、人影がひとつ浮かび上がる。


 長いコートの裾を風に翻し、片手でつばの広い帽子を押さえたその男は、このギルドにとって、あまり歓迎されない常連客のひとりだった。


「いやぁ、相変わらず風の通りがいいねぇ、ここの扉は」


 飄々とした声音。軽く笑いながら、男――バジルが、コートの埃を払うように肩をすくめる。背後からは、市場の喧騒がかすかに入り込んでくる。荷車の軋む音、人々の怒鳴り声、値切り交渉の笑い声。そのすべての間をぬって、ひそひそと交わされる闇の取引の気配が、彼の後ろ姿にまとわりついているようだった。


「……うわ、出た」


 メリルが、露骨に眉をひそめた。


「“出た”はひどいなぁ、メリルちゃん。僕ほどこのギルドに貢献してる善良な情報屋も、そうはいないと思うけど?」


「善良って言葉、返してこない? あと“情報屋”に“闇”って漢字付け忘れてる」


「細かいねぇ。漢字一文字でそんなに人を悪く言わなくても」


 バジルは笑いながら、室内を見渡した。その視線が、椅子に沈んでいる瞬に留まる。


「おや、お坊ちゃんも帰ってたのか。いやぁ、ご苦労ご苦労。未来列車、楽しかった?」


「……楽しいもんじゃなかったです」


 瞬は、苦い笑いを浮かべる。


 バジルは、その答えに満足したのか、肩をすくめて事務カウンターへと近づいてきた。コートの裾が床を擦るたびに、かすかな革の匂いと、外の湿った風の匂い、そしてどこか鼻にかかる香辛料の匂いが入り混じる。


「で、今日は何の用? こっちは普通に忙しいんだけど」


 メリルがペンをトントンと机に打ち付けながら尋ねる。そのリズムには、明らかに「早く用件を言って帰れ」という意思が込められていた。


「そんな怖い顔しないでよ。今日はね、ちゃんと“お仕事の話”」


「あんたの“お仕事”は、だいたいこっちにはろくなこと運んでこないの」


「ひどい評価だなぁ。じゃあ今日は、その評価を覆すチャンスってことで」


 バジルは、にやりと笑い、カウンターの上に肘をついて身を乗り出した。帽子のつばが少し上がり、その下から覗く目が、光を反射して猫のように細く光る。


「ギルドさんにとっても、悪くない話だと思うよ。なんせ――」


 言葉を区切り、わざと間を作る。メリルが苛立たしげにペンを止めた。


「なんせ?」


「時素研究所の匂いがする話だからね」


 空気が、一瞬だけ静まった。


 外からの喧騒も、風の音も、壁際の時計の針の音すら、薄膜の向こう側に遠のいたように感じられる。


 瞬は、無意識に背筋を伸ばしていた。


「……あんた、その単語を軽々しく口にしないでくれる?」


 メリルの声は、いつもの軽さを欠いている。低く押し殺された声音の奥に、はっきりとした警戒と苛立ちがあった。


「怖い怖い。もちろん軽々しくなんて言わないよ。ちゃんと“相応の代価を期待できる話題”として、慎重に選んだ単語さ」


 バジルは、指先でカウンターをコツコツと叩いた。一定のリズム。その音が、どこか不快な鼓動のように室内に響く。


「最近ね、闇の方でさざめきがうるさいんだ。市場の底の方で、小さな噂話がずっと消えない」


「噂?」


 瞬が思わず口を挟む。


「時素研究所の機密が、ちょろちょろと流れてきてるっていうね」


 バジルの口元に、柔らかい笑みが浮かんだ。


 メリルが、はっきりと息を呑む音がした。


「はあ? 何それ、冗談でしょ」


「冗談だったらどれだけ平和か。残念ながら、うちみたいなところにまで噂が届くってことは、もう結構なところまで実物が流れてるってことよ」


「ちょっと待って。時素研究所の“機密”って、具体的に何の話?」


 メリルは身を乗り出し、バジルを睨みつける。ペンを握る手に、白く力がこもる。


 瞬もまた、胸の鼓動が早くなるのを感じていた。


 時素研究所。未来列車の装置。レーネ・ミルフォード。ループの原因となった試作機――。


 数日前まで、自分にとってはただの遠い存在だったその名前が、今や身体のどこかに生々しい痛みとともに刻み込まれている。


「具体的なところは、さすがにここでべらべら喋るほど僕も無防備じゃないけど」


 バジルは、わざとらしく肩をすくめた。


「ただ、“時素制御系の試作データ”らしいよ。列車とかトンネルとか、そういう“現場応用”に使える類のね」


 瞬の喉の奥がひゅっと鳴った。


「列車……」


「ほら、お坊ちゃんの反応が分かりやすくて助かる」


 バジルが楽しげに笑う。その笑みに、瞬は思わず眉をひそめた。


「最近、未来列車絡みで何かあったって噂は、こっちにも飛び込んできててさ。詳細は時政院が隠してるけど、“何かがあった”こと自体は、隠しきれるもんじゃない。そういうとき、一番早く匂いを嗅ぎつけるのが、うちみたいな連中なわけだ」


「誇らしげに言うこと?」


「仕事の誇りだよ」


 バジルは悪びれもせず言い放つ。


「で、その“何か”と“流れてきてる機密”が、まったく無関係って考える方が、不自然だと思わない?」


 メリルは、ペンをカウンターに叩きつけるように置いた。


「……つまり、研究所の中か、その周辺か。誰かが意図的に闇市場へ流してるってわけね」


「さすがギルドの情報屋。飲み込みが早い」


「いや、ギルドの事務だし私は」


「実質情報屋でしょ、メリルちゃん。ガイルの尻拭いの半分以上は、情報の整理と差配なんだから」


 軽口の応酬は、普段ならば事務室に軽い笑いを生むやり取りだ。だが今は、その軽さがかえって空気の重さを際立たせていた。


 瞬は、バジルの言葉を頭の中で組み替える。


 時素研究所の機密。時素制御系の試作データ。未来列車。ループ。


(誰かが、あの装置みたいなものを……もっと、別の場所に)


 想像が、喉の奥を冷たく撫でていく。


「まあ、“ただの噂”だって言うなら、それでもいいけどね」


 バジルは、さらりと言葉を継いだ。


「でも、“ただの噂”にしては、いろいろ動きが具体的なんだよねぇ」


 そう言うと、コートの内ポケットに指を差し入れる。


「ちょ、ちょっと。その中から何が出てくるわけ?」


 メリルが顔をしかめる。


「爆弾とかだったら、ここで出さないって。商売上がったりでしょ」


「爆弾じゃないなら何よ」


「まあ、爆弾みたいなもんだけどね」


 軽く笑いながら、バジルは何か小さなものを取り出した。


 掌に乗る程度の金属片。光が当たると、そこに刻まれた微細な溝が、蜘蛛の巣のように複雑な模様を描いている。だが、バジルはそれをほんの一瞬だけ机の上に転がすと、すぐに指先で隠した。何なのかを見極めるには足りない時間と角度。


「なっ……」


 それでも、そのわずかな断片を目にしただけで、メリルが確かな驚きの息を漏らした。


 瞬には、その正体は分からない。ただ、その金属片から、ぞわりと肌を這うような「時間の気配」が微かに漂っているのを感じて、思わず肩を強張らせる。


 ループの前兆として感じた“揺らぎ”ほど強くはない。だが、それに似た何かが、金属の中で微かに囁いているような気がした。


「……それ、何ですか」


 瞬は、喉の乾きを誤魔化すように問いかける。


「時素研究所のロゴ、見えた?」


 バジルは、指先の隙間から金属片をわずかに傾けた。光が反射し、刻印の一部がチラリと覗く。瞬はそこに、列車で見た資料の端に印刷されていたものと同じ意匠の輪郭を、かろうじて認識した。


 メリルが顔をしかめる。


「本物、じゃないでしょうね」


「本物かどうかを確かめる術を、僕は持たないなぁ」


 バジルは、言葉とは裏腹に、どこか確信めいた口ぶりだった。


「ただ、これを欲しがる連中が、今、かなりの金額を積んでるって話は聞いてる。軍関係、民間の技術屋、時政院の中の誰か……『これは危ないから闇に沈めたい』って顔してるやつと、『これは使える』って目を輝かせてるやつが、ごちゃ混ぜになってる」


 時計の針の音が、やけに大きくなる。


 時間が部屋の中で濃くなり、圧縮されていくような感覚。さっきまで「日常」として息をしていたギルドの空気に、別の層の時間が静かに滲み込んでくる。


「ね、“ただの噂”ってわけにはいかないでしょ?」


 バジルは言いながら、金属片を指先でくるりと回し、またポケットの中へと滑り込ませた。その一瞬だけ、金属の表面が青白く光ったように見えたのは、気のせいだろうか。


「……なんで、あんたがそんなもん持ってるのよ」


 メリルの声は低く震えていた。


「僕だって好きで持ってるわけじゃないよ。こういうものはね、長く持ち歩いてると、勝手に何かを引き寄せる。だから、さっさと信頼できそうなとこに“見せて”おいて、『これ以上危ない橋は渡らないよ』って証文を作るのが一番なんだ」


 バジルは、芝居がかった肩すくめをして見せる。


「つまり、ギルドに“恩を売りに来た”ってわけ?」


「そう取ってくれたら嬉しいねぇ」


「……本気で嬉しいと思ってる顔じゃないわ」


「そりゃそうだ。どこに転ぶか分からないカードを、一枚テーブルに置いたにすぎないからね」


 彼の目が、笑っていない。


「で、あんたの“カード”の代価は?」


 メリルが、憮然とした表情で尋ねる。


「金?」


「もちろんお金も大事だけど、今回はちょっと違うね」


 バジルは、指で円を描くように机を撫でた。


「僕が欲しいのは、“耳”と“口”さ」


「……また、面倒な言い回しを」


「つまり、この話はあんたらだけにしとけ、ってこと」


 バジルの声が、ほんの少しだけ低くなる。


「時政院に先に知らせたいなら、それはそれでいいよ。でも、その場合、“誰から聞いたか”はぼかしておいてほしい。僕みたいな小心者は、あそこで偉そうにしてる人たちに目ぇつけられると、寝付きが悪くなるからね」


「小心者、ねぇ」


 メリルが呆れたように吐き捨てる。


 だが、その瞳の奥には、別種の緊張も灯っていた。


 時政院。時素研究所。闇市場。軍。ギルド。


 それぞれがそれぞれの「正義」と「利害」で動いている。その中心に、ループ装置のような危険物があるとしたら――。


 瞬は、知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。


「……バジルさん」


「ん?」


「その“さざめき”、もっと大きくなると思いますか」


 自分でも、なぜそんな聞き方をしたのか分からない。ただ、ループの中で耳に残り続けた「時間のざわめき」と、バジルが言う「市場のさざめき」が、どこかで同じ音階を持っているように感じられてならなかった。


 バジルは、少しだけ考えるように顎に手を当てた。


「さぁね」


 あっさりと言う。


「でも、闇ってのは静かなもんじゃない。表から見えないところほど、よくしゃべる。小さな噂話は、だいたい何か大きなものの震えの前触れだよ」


 その言葉は、軽い調子で発せられたにもかかわらず、妙に重く胸に落ちてきた。


「だから僕は、こうして“先に話しに来た”わけ。ギルドさんは、底の方で何がざわついてるのかを気にする商売だろ?」


「……勝手に決めないで」


 メリルはそう言いながらも、机の上に散らばっていた書類をひとまとめにした。ペンの先が、紙を少し強くなぞる。


「でも、ありがとう。一応は、ね」


「お、素直だ。珍しい」


「勘違いしないでよ。あんたが話してくれなかったら、もっと後で、もっと嫌な形で知ることになったかもしれないってだけ」


 メリルの言葉に、瞬も静かに頷いた。


 未来列車の件で痛感したばかりだ。知らないまま巻き込まれる恐怖と、知ったうえで向き合う恐怖。そのどちらがマシかと問われれば、今の自分は後者を選ぶしかない。


「そういうわけで」


 バジルは、くるりと踵を返した。コートの裾がふわりと揺れ、さっきまでいた場所の空気だけがひんやりと冷える。


「この話は、しばらくあんたらの胸の内で転がしておいてよ。どこに転がすかは、ギルドの判断でね」


 扉へ向かう背中は、どこまでも軽い。だが、その足取りの影には、闇市場で培われた勘と計算の重さが透けて見える。


 扉の前で、バジルは振り返った。


「気をつけな」


 帽子のつばを指先で持ち上げ、ニヤリと笑う。


「闇の底は、思ってるより騒がしい。静かに見える水面ほど、下で何かがうごめいてるもんだよ」


 ひらひらと指を振り、バジルは外へ出ていった。


 扉が、重い音を立てて閉まる。


 その音が、ギルドの事務室の空気を、わずかに震わせた。


 残された静けさの中で、壁際の時計の針が、カチ、カチ、と規則正しく時を刻む。その音が、さっきまでと違う意味を帯びて聞こえる。


 メリルが、ふう、と長く息を吐いた。


「……ほんっと、厄介なの連れてくるわね、うちの看板」


「看板?」


「時層ギルドって看板のことよ。時間だの研究所だの、厄介ごとに好かれすぎ」


 メリルは、額に手を当てて苦笑した。


「どうする? ガイルに今すぐ話す?」


「話さないわけにはいかないでしょ」


 瞬は、答えながら自分の拳を見つめた。さっきまで無意識に握りしめていた指を、ゆっくりと開く。掌には、まだ列車の冷たい手すりの感触が残っている気がした。


「でも……」


「でも?」


「この話、きっとそれだけじゃ終わらないですよね」


 自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。


 メリルは、一瞬だけ瞬を見つめ、すぐに視線を逸らした。


「終わってくれるなら、どれだけ楽かね」


 かすかに笑いながら言うその声には、守るべき場所を抱える者の覚悟が滲んでいる。


 ギルドは、瞬たちにとっての拠点だ。帰る場所であり、出発点であり、日常そのものでもある。だが同時に、この拠点は、世界の「闇底」で起きているさざめきを最初に感じ取る感覚器官でもある。


 メリルが、書類の束を抱え上げた。


「とりあえず、ガイルに報告。あとは上がどう動くか」


「……はい」


 瞬も立ち上がる。椅子が軋み、足元の床板がきしむ。さっきまで落ち着きの象徴だったその音が、今は新しい騒ぎの序章のようにも聞こえた。


 扉の外では、風がまた強くなったのか、看板が激しく揺れ、鎖が鳴る。


 闇の底で、何かがざわめいている。


 それが、未来列車で感じた時間のざわめきと繋がっているのかどうか、瞬にはまだ分からない。ただ一つ確かなのは――このさざめきが、やがて大きな波へと変わり、自分たちの足元へ押し寄せてくる日が来るのかもしれない、ということだった。

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