第64話「固定された時環」
リュカは戦場の片隅でしゃがみ込み、携行端末を叩きながら眉間にしわを寄せていた。
画面には時系列データの波形が乱雑に重なっている。
「……うわ、これはひどいね。普通のループじゃない」
隣でフィアが覗き込む。
「“普通じゃない”って、どういう意味?」
「ループの発生点が固定されてるんだよ。自然ループなら波がもっと揺れるのに、これ……止めてる奴がいる」
「止めてる?」
「そう。維持してるって言ったほうが正しいかな。まるで“壊れた時間を固定して保存”してるみたいだ」
〈時間を固定って、そんな芸当ある?〉
フィアの表情に小さな焦りが浮かんだ。
「つまり誰かが意図的に……?」
「うん、そういう匂いがプンプンする」
リュカは別のデータを呼び出し、画面をスクロールした。
「ほら見て。ここのループ周波……人為的なノイズが混じってる」
「ノイズ……これ、知ってるパターンだわ」
フィアが瞳を細める。
「知ってる? ってことは?」
「ローガンでもない。未来軍の技術者でもない。もっと独特な……」
風が吹き、砕けた地面に散った金属片がカラカラと鳴った。
その音に似つかわしくない“ざらついた気配”が空気を揺らした。
「……今の、感じた?」
フィアが息を呑む。
「ええ。なんか、いる。この戦場の“外側”から見てる感じ」
リュカも周囲をきょろきょろ見渡す。
「やめてよ、幽霊とかじゃないよね?」
「幽霊の方が可愛いわ。これは……もっと人間くさい」
フィアの言葉に、リュカがぴたりと固まる。
「ちょっと待って。人間くさいって……まさか」
「そう。“あの”ノイズに似てるのよ」
「“あの”って……ノワールの……?」
フィアはゆっくりうなずいた。
「ええ。彼が使う時干渉の痕跡によく似てる」
「最悪だよ……なんであいつ、戦場なんかに潜ってんの?」
〈ノワールが絡んでるなら、ただのループじゃ終わらない〉
フィアは小さく息を吸う。
「このデータ……ノワールの干渉パターンに合致してる部分が多いわ」
「つまり、ループを固定してる犯人が──」
「ノワール“かもしれない”って話」
リュカは端末を握りしめた。
「ノワールは時間を崩すタイプなのに……なんで固定なんて?」
「理由は知らない。でも、彼の関与で説明がつく現象が多すぎるわ」
風がまた吹き、砂埃が視界をかすめる。
その瞬間、フィアがびくりと肩を震わせた。
「……まただ。この気配……距離が近い」
「近い!? どれくらい?」
「このエリアのどこか。見てる……確実に」
リュカの端末が警告音を鳴らした。
「やばい……! ループ周波、急激に上がってる!」
「固定が強まっているってことね」
フィアは瞬たちの方を見た。
「これ、絶対に知らせなきゃ……!」
「だよね。あの二人、今は奥へ進んでるはずだし!」
〈このままじゃ瞬たちが危ない〉
フィアは拳を握りしめた。
「行きましょう、リュカ。急いで」
「了解! 全力で走るから転ばないでよ!」
二人は砕けた戦場を駆け抜け、固定されつつある“時の異常”を背にして走り出した。
砕けた地面を踏みしめながら、フィアとリュカは奥へ走り続けた。
息が荒くなるが、立ち止まる余裕はない。
「リュカ、データはまだ上がりっぱなし?」
「上がりっぱなしどころか……跳ねまくってる! この数値、人間が作れる限界に近いよ!」
「ってことは……やっぱり誰かが“意図して”やってるのね」
「そういうこと。自然現象じゃ絶対こうならない」
〈ノワールの気配は濃くなってる〉
フィアは喉の奥がひりつく感覚を覚えた。
「でもさ、本当にノワールが戦場にいるなら……どういう目的で?」
「知らない。けど、彼の干渉は“触れた時間を歪ませる”ものよ」
「うん、知ってる……前にやらかしてたし」
「でも今回は違う。“歪ませる”じゃなくて、“固定してる”」
「そこがよくわからないんだよ。あの人、止めるタイプじゃないのに」
フィアは走りながら周囲を見渡す。
焦げた地面、ゆがんだ空気。
そのすべてが、誰かの意思で“留められている”ように感じられた。
「……待って。リュカ、今のデータ見せて」
「これ?」
「この波形、“固定”っていうより……“同化”よ」
「同化?」
「ループそのものを戦場に定着させてるの。時間を“この形のまま保存”するように」
リュカが絶句した。
「なにそれ……そんなことできたら、世界ひとつぐらい簡単に壊れるじゃん」
「だからヤバいのよ。もしノワールがそれを使ってるなら──」
「瞬たちが巻き込まれる!」
「そういうこと!」
二人の足がさらに速まる。
風の中に、ひどく嫌な気配が混ざった。
「……フィア」
「感じたわ。すぐ近くに“異質”がいる」
「やっぱり、ノワール……?」
「断定はしない。でも……彼の影の“質感”と似てる」
フィアの手が無意識に武器へ伸びていた。
その指先の震えは、恐怖ではなく警戒の鋭さ。
「ねぇフィア。もし本当にノワールがループを固定してるなら……どうする?」
「決まってるでしょ。阻止するわ。彼が何を企んでいても、それは“この戦場の地獄”を延命するだけ」
フィアの声は静かだが、芯の強さが滲んでいた。
「でも……僕らだけでどうにかできるの?」
「できないわ。だから──」
フィアは前を指差す。
「瞬とローガンに知らせるのが最優先。あの二人なら、状況をひっくり返す力がある」
リュカは苦笑しつつうなずいた。
「たしかにね。あの二人、無茶な方向の突破力すごいし」
「でしょ。だから急ぐのよ」
砕けた戦場がまた大きく揺れ、足元が震えた。
「フィア! またループの応力が増してる!」
「固定が強まってる証拠ね!」
〈まずい、本当に時間が閉じていく〉
フィアは唇を噛んだ。
「リュカ、全力で走るわよ!」
「もう走ってるってば!」
二人はさらに加速し、崩れた戦場の奥へと疾走した。
瞬とローガンへ、この異常を伝えるために。




