第65話「分岐する裁定」
砕けた戦場の手前で、重装ブーツの音が近づいてきた。
瞬とローガンが振り返ると、二つの影が砂埃の向こうから現れる。
「……イェルン!? それにセラまで?」
瞬が驚くと、イェルンは静かな顔のまま歩み寄ってきた。
「状況を聞いて合流した。お前たちだけでは危険と判断した」
「そ、そうだけど……よくここまで来れたな」
「問題ない。時政院の装備は伊達ではない」
セラは少し息を弾ませていた。
「この戦場……話には聞いていましたが、想像以上に異常です」
「お前ら、状況はどこまで理解してる?」
ローガンが腕を組むと、イェルンが淡々と答える。
「ループ発生。さらに“固定”の兆候があると――そう聞いた」
「聞いただけじゃなくて、現場を見たほうが早いわよ」
フィアが前に出る。
「ここでは同じ瞬間が何度も繰り返されている。でも自然じゃない。
誰かが“意図して”止めてるのよ」
イェルンは微かに眉をひそめた。
「意図的に時間を固定……正気の沙汰ではないな」
「正気じゃないのは確かだよ。データが崩壊寸前」
リュカが端末を見せる。
イェルンは画面を一瞥し、短く息を吐いた。
「……ならば話は簡単だ。この区域は“切り捨てる”べきだろう」
「は!?」
瞬が思わず声を荒げた。
「切り捨てるって……何言ってんだよ! ここには兵士が残ってるんだぞ!」
「理解している。しかし、このまま放置すれば戦場全体が崩壊する。
救助を試みれば、ループに囚われこちらまで飲み込まれる可能性が高い」
「だから見捨てるって? そんなの――」
「合理的判断だ」
イェルンは一歩も引かない。
セラが不安げにイェルンを見る。
「……イェルン様、ですが……ここで全てを切り捨てるのは……」
「セラ。ここは“感情”で動く場ではない」
「感情じゃない! 人が苦しんでるんだぞ!」
瞬が割って入る。
「ループの中で何度も死んで……それでも救えないから諦めろって、それが正しいわけない!」
イェルンの目が鋭くなる。
「瞬。お前の理想は立派だが、世界は理想で守れない」
「守る努力もしないで“世界のため”とか言うなよ!」
〈また価値観がぶつかる……でも引けない〉
瞬の胸が熱くなる。
セラが小さく手を握る。
「……瞬さんの言い分にも、一理はあると思います。救える可能性がゼロとは……」
「セラ」
イェルンが低く呼ぶ。
「あなたは任務を忘れている」
「でも……私は――」
セラの声が揺れた。
その揺れに、瞬は少しだけ救われた気がした。
「イェルン。俺は……見捨てない道を選ぶ」
「私は切り捨てを推奨する」
二人の視線が鋭く交差する。
ローガンが腕を組んだまま低く呟いた。
「……結論は出なさそうだな」
三者三様の主張が重くぶつかり合い、空気が張り詰める。
それでも、誰も一歩も引く気配を見せなかった。
〈考えは違っても……覚悟だけは全員、本気だ〉
瞬はそう感じていた。
緊張が張りつめたまま、四人の間に砂埃だけが舞った。
イェルンは腕を組み、冷たい視線で瞬を見据える。
「救う? 何を根拠に言っている?」
「根拠なんて……探せばいいだろ!」
「探す時間が、この戦場に残っていると思うのか」
「思ってる。だって――まだ“終わってない顔”の兵士がいる!」
イェルンの眉がわずかに動いた。
セラはその変化に気づき、小さく息をのむ。
「……イェルン様。瞬さんは現場を見ています。私も……彼らの表情が今も焼きついています」
「セラ。あなたまで揺らぐな」
「揺らいで……います。でも、それを否定できません」
瞬はさらに一歩踏み出した。
「イェルン。お前は“正しい道”を選ぶって言ってたよな」
「当然だ。間違いを選ぶために動いているわけではない」
「なら、聞けよ。助けられる可能性があるのに切り捨てるのは“正しい”のか?」
「……!」
イェルンの視線がわずかに鋭さを失った。
「正義を名乗るなら……見捨てることを前提にするなよ」
「瞬、言いすぎだ」ローガンが低く言うが、瞬は止まらない。
「でも本当のことだ。人が死んでるんだぞ!」
イェルンは目を閉じ、一瞬だけ沈黙する。
その沈黙が、逆に緊張を強めた。
「……理想論だ」
「理想くらい言わせろよ。言わなきゃ何も始まらないだろ!」
セラが小さくうなずく。
「……瞬さんのその言葉、無視できません。正しいかどうかは別として……“誰かを救いたい”という意思は、任務の外ではあっても……理解できます」
「セラ。あなたは任務を遂行する責務が――」
「はい。責務はあります。でも……私はただの機械ではありません」
イェルンの目が驚きで揺れた。
「……セラ。あなた……」
「すみません。ですが、私は“両方を見たい”のです。切り捨てか、救済か。その判断を決めつけずに」
瞬は息を飲んだ。
〈セラ……変わったんだな〉
ほんの少し嬉しい気持ちが胸をよぎる。
「イェルン。セラがこう言ってるんだ。少しは……考えてくれ」
「……考える価値はある、ということか」
「あるに決まってるだろ!」
イェルンは深く息を吐いた。
「……よかろう。だが、私は私の判断を捨てない」
「それでいいよ。俺だって俺の考えは曲げない」
ローガンが低く笑った。
「結論は出ないな。三者三様か」
「まあ、いいんじゃない? 違う意見で動く方が、案外突破口って生まれるものよ」
フィアが肩をすくめる。
リュカも端末を抱えながら苦笑した。
「切り捨て案、救済案、中立案……なんかもう委員会みたいだね」
瞬、イェルン、セラ。
三者は互いを見つめ合ったまま、誰も視線をそらさなかった。
〈考えは違う。でも、それぞれが本気で“未来”を見てる〉
瞬はその事実に、少しだけ勇気を感じた。
答えはまだ出ない。
だからこそ――それぞれが自分の決意を胸に抱いたまま立ち続けていた。




