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時層交錯ファンタジア  作者: トワイライト
第1章:ギルドと時層世界の門出

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第28話「巡りの奥に潜む影」

 非常灯の青白い光が、天井から細く降り注いでいた。


 赤みがかった緊急灯とは違う、冷たい色合い。トンネル内での長時間停車に切り替わる、節電モードの一種なのだと理屈ではわかっていても、その微妙に青い明かりは、列車全体を病室のような静けさで包み込んでいる。


 揺れは、ない。床下から伝わっていた振動はとうに消え、金属の軋みも止んでいた。かろうじて聞こえるのは、冷却ファンが回る低い風切り音だけだ。


 そんな静寂の中、リュカは通路の床にしゃがみ込んでいた。


 膝の前には、簡易観測装置と、ギルド支給の時素センサー、それから産業国家側から借り受けたトンネル内観測用端末が、雑然と並べられている。配線が絡み合い、端末同士を繋ぐケーブルが床を這っていた。


「……いいね、データだけは素直に溜まってくれてる」


 つぶやきながら、リュカは端末の一つを指先で弾く。スクリーンに、先ほどまでの列車の加速度、トンネル内の時素濃度、車内の微細な磁場変動が波形となって並んだ。


 何本もの線が、ほぼ同じリズムで上下している。急停止の瞬間だけ、激しく振れ、その後すとんと落ちる。――そして、そのあとに続く、妙な“同じ形”の山。


「どうだ」


 すぐ傍らに立つフィアが、低く問う。


 彼女は壁にもたれ、腕を組んだまま、周囲の通路や乗客の様子に視線を巡らせていた。腰には、軍用の短銃と小型のブレード。列車内ということもあって、露骨に構えはしない。だが、その指先がいつでも動けるように、武器に触れられる位置を選んでいるのが分かる。


 非常灯の冷たい光は、彼女の横顔を硬く縁取っていた。戦場にいた頃の“顔”に、少しだけ戻っている。


「状況は?」


「最悪だね。けど――同時に、最高でもある」


 リュカは、半ば自嘲のように笑って肩をすくめると、スクリーンを指でなぞった。


「この反復。毎回、同じパターンで止まって、同じパターンで揺れが戻ってる。完全にランダムじゃない。何度か繰り返されたループの、センサーの記録だよ」


「ループ……」


 フィアの視線が、端末の線の一本一本に吸い寄せられる。


「さっき、瞬が“戻ってる”って言ったの、あれ本気で受け取っていいのよね?」


「本気どころか、観測値もそう言ってる」


 リュカは、ほんの少しだけ興奮を隠せない声で続けた。


「ほら、ここ見て。列車がトンネルに侵入してからの標準時素値。通常の時層トンネルなら、流れに沿って緩やかな変動が出るはずなのに、これは――」


 波形の山を指で拡大する。青白い線が、予想外の形を描いていた。


「同じ“谷”が、時間軸上で何度も重なってる。時刻は進んでるのに、時素の揺らぎだけが同じ軌跡を辿ってるんだ。さっきまでの急停車も、その直前の微細な波も。全部、繰り返し読める」


「……つまり、時間の流れだけが巻き戻ってるわけじゃない」


 フィアが、淡々と確認するように言う。


「事象の一部だけが、似たパターンで再構成されてる。そんな感じ?」


「そう。さすが理解が早いね」


 リュカは短く頷く。


 単純な時間逆行なら、時計も、身体の疲労も、全てが“前の状態”に戻るはずだ。だが、瞬は明らかに疲弊していっているし、自分たちの装置が記録している時刻も、ループごとに進んでいる。外部の“標準時間”は前に進み続けているのに、その中で一部の出来事だけが同じ軌跡をトレースし続けている――そんな奇妙な構図。


「……ということは、繰り返しの中にも、“ノイズ”は残る」


 フィアの声が、少し低くなる。


「完全な巻き戻しじゃないなら、どこかに揺らぎが出るはず。そこに、誰かの意図が反映される」


「うん。だから、僕は今、その揺らぎを探してる」


 リュカは、端末を指で滑らせながら答える。


 知的興奮と、冷や汗が同時に背筋を伝っていく。世界を数式とパターンで読み解くこと。それは彼にとって、怖ろしくも魅力的な行為だった。


 だが、今ここで解析しようとしているのは、単なるテストデータではない。列車で共にいる人間たちの、生死に関わるものだ。


 スクリーンに映った波形の一本を、さらに拡大する。


 時間軸を細かく区切り、同じパターンのループを重ね合わせるように表示すると、幾つもの線が透けて重なり合った。その大半は見事なまでに一致している。まるで、誰かが丁寧にトレースした図面のように。


 だが、その中に――ほんのわずか、線がずれている箇所があった。


「……あった」


 リュカの喉から、小さな声が漏れる。


 フィアがすぐに身を乗り出した。彼女の影がスクリーンにかかり、青い光がその輪郭を切り取る。


「どこ」


「ここ。急停車の直後の二十秒間。車内の時素分布の揺らぎ。毎回ほぼ同じなんだけど、一点だけ、波形が重ならないタイミングがある」


 指先で示した箇所に、幾重にも重なった線から一本だけ、わずかに外れて跳ねている山があった。


「ここだけ、“何かが動いた”形跡がある」


「……列車全体じゃなくて、局所的な揺れ?」


「そう。空間の一部。大した量じゃない。でも、毎回必ずズレてる」


 リュカの声はかすかに震えていた。


 ただのノイズ、と片づけるには、繰り返しすぎている。ループが一度なら誤差で終わるかもしれない。だが、それが二度、三度と重なり、そのたび同じ地点でズレが発生しているとしたら――そこには必ず、何かしらの原因がある。


「位置は?」


 フィアの問いに、リュカは端末に別の指を滑らせる。車内の簡易立体図が浮かび上がり、その一角が赤く点滅した。


「乗客車両と次の車両の境目。通路の分岐と、サービススペースが重なってる辺り」


「さっき、瞬と車掌がやり取りしてた場所の近く?」


 フィアの瞳が細くなる。


 瞬。フィアの脳裏に、あの少年の顔が浮かんだ。自分と違い、まだ“軍人”ではない。だが、時間の揺れに対してだけは、自分たちよりもずっと敏感に反応する。あの特異な感覚。


「……やっぱり、巻き込まれてるわね」


 自嘲にも似た溜息とともに、フィアは腕を組み直した。


「誰かが動いてる。少なくとも、“何かをしようとしてるやつ”がいる。ループの中で」


「それは、瞬かもしれないし、別の誰かかもしれない」


 リュカが、冷静に付け加える。


「でも一つだけ確かなのは、ループ自体は“閉じた系”じゃないってこと。中での行動が、そのまま書き換え不可能な“運命”として固定されてるわけじゃない。誰かの動きが、少しずつ波形に滲み出してる」


「その『誰か』が、味方とは限らない」


 フィアの言葉には、軍人としての経験がにじむ。


「私は何度も見てきた。戦場で、“異常な時間の止まり方”をする地点を。だいたいそういう場所には、敵の罠か、失敗した兵器の残骸か、あるいは――」


 言いかけて、フィアは口をつぐんだ。


 未来戦場のことを、この世界の誰かに軽々しく話すわけにはいかない。ましてや、まだ状況が見え切っていない段階で。


 それでも、彼女の脳裏には、あの光景が鮮やかに蘇っていた。


 一秒のうちに、十人の兵士が死んだ場所。砲弾が空中で止まり、一歩踏み出した兵の身体だけが崩れ落ちた地点。時間がほつれ、無数の断片が空間に浮かび上がる、あの「前線」。


「フィア?」


 リュカの声で、思考が現在へ引き戻される。


「ごめん。……続けて」


「いや、そっちの視点も重要だよ」


 リュカは首を横に振った。


「今僕が見てるのは、あくまでパターンだ。でも、そのパターンをどう解釈するかは、現場を知ってる人間の方が得意だ。軍の現場で、“意図的にループや時間操作を使う”って発想は、どのくらい現実的?」


「理論上は、何度も検討されてる。敵陣の同じ時間を繰り返して消耗させるとか、重要拠点への突入を何度もやり直すとか。……でも実用段階まで持っていけたのは、一部の狂ったプロジェクトだけよ」


 フィアは、唇を歪める。


「成功すれば最強の兵器。でも、失敗すれば、そこにいる全員が“ループごと消える”。誰も結果を持ち帰れなければ、成功か失敗かすら誰も分からない。そんな馬鹿げたこと、本気でやるのは、世界が壊れかけた戦場くらい」


「ここは前線じゃない」


 リュカは、静かに言う。


「これは“民間路線”だ。未来列車の定期便。時間操作技術が組み込まれているとはいえ、表向きは安全で快適なインフラ。……そんな場所で、これだけ大きなループが発生してる時点で、普通じゃない」


「意図的な実験か、あるいはテロか」


「少なくとも、自然現象だけでこうはならない」


 リュカの口調から、軽口が完全に消えていた。


 彼は端末の表示を切り替え、ループごとに重ねた軌跡とは別に、ある一点だけを抜き出す。先ほど見つけた“揺らぎ”の座標。


 車内の俯瞰図に、赤い点が点滅した。その点を中心に、小さな円がいくつも重なり、何層もの同心円が描かれていく。ループのたびに、少しずつずれながらも、必ずその近くを通過している何か。


「……誰かが、探してる」


 リュカは、ぽつりと言った。


「ループを使って、この一点を。列車の中にある“何か”を。何度も何度も、やり直しながら」


「それが……」


 フィアの視線が、俯瞰図の赤点から、現実の通路の奥へと滑っていく。


 そこには、一般客の座席区画と連結する扉がある。その向こうに、瞬とサミュがいるはずだ。さっき、ローガンからの通信で状況を共有したとき、瞬が“ループを感じ取っている”ことも聞いている。


「瞬、だけじゃないかもしれない」


 フィアの胸の奥で、別の名前が浮かびかける。だが、それを口に出すことはしなかった。


 未来戦場で見た“時間の亡霊”たち。敵味方の区別なく、ループの中で無数の死と再生を繰り返し、やがて“それ自体が一つの意思”になっていった、あの影。その記憶が、今このトンネルの異常と重なりかけている。


「嫌な予感がする」


 フィアは、低くそう呟いた。


 その横で、リュカは端末のログをスクロールしながら、震える指先を必死に抑えていた。


「正直に言うとね、こういう“誰かの意思が混じった時間異常”は、僕、あまり触りたくないんだ」


「今さら?」


「今さらだよ。ここまで解析しちゃったら、もう後戻りできない。……もし僕の推理が正しいなら、相手は“こちらが気づいたことにも気づく”可能性がある」


 時間ループを自在に扱える存在。それはすなわち、自分たちの行動もまた、何度も観測しているかもしれない、ということだ。


 端末に浮かぶ波形を眺めながら、リュカは唇を噛んだ。


「敵が本当にループをコントロールしてるなら、今この瞬間だって、“何度目かの同じ瞬間”かもしれないんだ。僕たちがこの推理に辿り着くまで、何度も何度もやり直された末の、一回かもしれない」


「じゃあ、なおさら急がないと」


 フィアが、短く言い切る。


「相手が私たちの動きを観察してるなら、その逆も可能。パターンがあるなら、そこに付け入る余地がある。……ループ内で、唯一変えられるものを、私たちの側が握る」


 その言葉には、戦場を知る者特有の冷静さがあった。


 計算されたリスク。限られた条件の中で、どう敵の意図を逆手に取るか。未来でも過去でもない、“今ここ”の一手で状況を引き寄せる感覚。それは、時間が歪んだ場所でこそ研ぎ澄まされる。


 リュカは、彼女の横顔をちらりと見て、小さく息を吐いた。


「本当に……君がいてよかったよ、フィア」


「感傷は後。生きて帰れたら、いくらでも付き合う」


 短く切り捨てるような言葉。だがその奥に、ごくわずかな温度が宿っているのを、リュカは感じ取っていた。


 そのとき、列車全体の空気が変わった。


 風が逆流したような感覚。トンネル内の時素流が、目に見えない潮目を変える。耳の奥で、低い唸りが戻ってきたかと思えば、それはすぐに耳鳴りへと変質する。


 リュカの持つ端末の波形が、一斉に乱れた。


「……来る」


 フィアが、一言だけそう告げる。


 彼女の手は、すでに腰の武器に伸びていた。ブレードの柄に触れ、いつでも抜けるように指をかける。その動作は、戦場で幾度となく繰り返してきた「戦闘準備」の儀式だ。


 非常灯が、一瞬だけ消える。


 完全な闇。数拍分の無音。


 その短い暗転の間に、リュカは自分の心臓の音だけを聞いていた。胸骨の内側を叩く鼓動が、身体の内側から世界を揺らす。


(また、急停車が……いや)


 違う。


 暗闇の中で、何かが“こちらを見ている”感覚があった。


 視線。あるいは、焦点。人間のものとは限らない、しかし紛れもなく「意識」のある何かが、この閉じた空間のどこかから、リュカたちを見下ろしている。


 それは、これまでのループでは感じなかった気配だった。


 照明が再び点いた時には、その感覚は、霧のように薄れていた。


 だが、跡が残っている。


 肌にまとわりつくような、粘ついた違和感。端末の波形は、これまでのループと似た形を描きながらも、その開始点に、ひとつ、新しい“棘”のようなノイズを刻んでいた。


「……見られた」


 リュカは、ほとんど無意識に呟いていた。


 フィアが、すぐに通路の奥――瞬たちがいる方角を振り向く。その視線は、鋭く、冷静だが、どこか焦りも滲ませていた。


「本当に、誰かが動かしてる」


 リュカの指先が、震えながらも端末を握りしめる。


 線路は止まっている。だが、刻だけが巡り続けている。


 その巡りの奥底に、“影”が潜んでいる気配が、いよいよ疑いようもなく濃くなっていた。

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