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時層交錯ファンタジア  作者: トワイライト
第1章:ギルドと時層世界の門出

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第25話「歪むレールの先へ」

 午前の光が、ギルドの窓ガラスの縁を白く縁取っていた。


 事務室の奥、メリルの机の上には書類が積み上がり、その山の上に、ひときわ目立つ封筒が一通、無造作に置かれている。厚手の紙に押された赤い封蝋。封印の中央には、歯車と翼の紋章――産業国家の刻印がくっきりと浮かんでいた。


「……何、それ」


 報告書を抱えたままの瞬が、思わず足を止める。紙の山から顔を上げたメリルが、いたずらめいた笑みを浮かべて封筒を指先で持ち上げた。


「来たよ、産業国家からの直通。急ぎの依頼みたいだよ」


 封筒が揺れるたび、封蝋が光を弾いて小さく瞬く。その赤が、何かの警告のように見えて、瞬の胸がわずかにざわついた。


「産業国家って……あの、鉄の国、ですよね? まさか、うちに直接?」


「そう。宛名はギルド西方支部、時層調査班宛て。つまり、瞬たち」


 メリルはくるりと椅子を回転させ、斜め後ろの机に視線を送る。その先には、工具と部品と紙片に埋もれたリュカが、半分椅子から転げ落ちそうな体勢で何かを書き散らしていた。


「ん、何だ。産業国家?」


 聞き慣れた単語だけ聞き取ったらしく、リュカが片手でペンを握ったまま顔だけを上げる。その目には、すでに好奇心の光が宿っていた。


 メリルは封を切る前に、一瞬だけ迷うように指を止める。封蝋を親指でなぞったその瞬間、事務室の空気が少しだけ張り詰めた。封蝋のすぐ横、小さな文字で刻まれた肩書――「産業国家中央輸送軍管理局」。


 肩書の重さが、封筒そのものの重さを増しているようだった。


「……軍、か」


 低い声でそう呟いたのは、扉のほうから入ってきたフィアだった。


 視線が封筒の刻印を捕らえた瞬間、彼女の目の色がかすかに硬くなる。歩みがほんの少しだけ止まり、すぐに何事もなかったように近づいてくる。外套の裾から、冷たい外気の名残がふわりと流れ込んだ。


「フィア、知ってるんですか? その、輸送軍とか……」


「知ってるわよ。前に、ちょっと」


 言いかけて、フィアは言葉を切った。メリルの視線と一瞬だけ交差し、何かを共有するような沈黙が流れる。その間に、彼女は封筒の刻印に指先をそっと滑らせた。


 産業国家。未来技術。軍。


 その単語の並びが、瞬の中で、見たことのない風景と、まだ知らない緊張を想像させる。


「とりあえず、読むよ」


 メリルが封蝋を割る。小さな音がして、厚い紙が開かれる。中から現れたのは、整った字でびっしりと書かれた公文書だった。切りそろえられた行間からは、堅い空気が立ち上ってくるようだ。


「えーと……『未来列車運行網・第七時層トンネル区間における異常時層波の発生について、緊急の調査および収束支援を要請する』……だって」


「未来列車……って、あの、すごいやつ?」


 瞬の頭には、以前リュカにもらった資料の図がぼんやりと思い浮かぶ。鉄の蛇のように大地を走り、時層トンネルを抜けて遠い都市と都市を結ぶ、産業国家の象徴。


「“すごいやつ”で合ってるけど、説明としては最低だな」


 リュカが呆れたように笑う。その目は、しかしすでに輝いていた。


「未来列車は、産業国家の基幹輸送網だ。時層トンネルを利用して実距離を圧縮してる。……そこに異常が出てる、ってのは」


「ただの遅延じゃ済まないってことね」


 フィアが短く言う。その声音は、どこか遠い場所を思い出すような冷たさを含んでいた。


 メリルが書状の下部を読み進める。そこには今回の依頼の詳細と、指定された集合場所、そして「至急」と太字で書かれた文字が踊っていた。


「ギルド西方支部時層調査班に対し、技術顧問としての参加を要請、だって。……リュカ、出番だよ」


「もちろん。断る理由がない」


 椅子を蹴る勢いで立ち上がったリュカが、自分の机の上の荷物を見回し始める。工具、携帯式の計測器、ノート。手が自然と必要なものに伸びていく。


 瞬の胸の奥にも、違う種類のざわめきが生まれた。


 リエールとは別の、未知の現場。産業国家の未来技術。時層トンネル。その全部が、怖さと同じくらい、いやそれ以上に、自分の好奇心と、自分の中の「知りたい」という衝動を刺激していた。


「……行くの」


 フィアが、書状から目を離さないまま、ぽつりと呟いた。


 その横顔には、わずかな陰が落ちている。産業国家の紋章を見たときの硬さが、まだ消えないまま残っていた。


「フィアさんは、あの国のこと、よく知ってるんですよね」


「……まあね」


 言葉だけは軽く返しながら、彼女の指先は封筒の端を無意識になぞっていた。そこに刻まれた歯車の線をなぞるように。


 過去と未来が重なる場所へ向かうレールは、すでに動き始めている。


 瞬の胸は、緊張と期待で、静かに高鳴り続けていた。


 産業国家の未来列車基地は、ギルドのある街から半日ほどの距離にあった。


 石畳の道を抜け、丘を越えた先。視界が開けた瞬間、瞬は思わず息を飲んだ。


 目の前に広がるのは、金属と蒸気の海だった。


 巨大なハンガーがいくつも連なり、その屋根には無数の煙突が突き出している。そこから白い蒸気が絶え間なく立ち上り、空に薄い雲を作っていた。地面には太いレールが幾重にも走り、それぞれがハンガーの奥へと飲み込まれていく。


 耳を塞ぎたくなるほどの機械音。歯車の噛み合う音、蒸気の噴き出す音、金属を叩くハンマーの音。それらが重なり合って、基地全体がひとつの巨大な機械であるかのように震えていた。


「……うわ」


 言葉がそれしか出てこない。


 ギルドの木と石の匂いに慣れた瞬にとって、ここはまるで別世界だった。冷たい鉄の匂いと油の匂いが混ざり、空気まで硬くなっているように感じられる。


「すご……ここ全部、機械なんだ」


「全部、ってわけじゃないけど」


 隣でフィアが肩をすくめる。


「産業国家は、“効率”が信条だからね。人より機械を信じる国よ」


 その声には、懐かしさと嫌な記憶が入り混じっていた。目はまっすぐ正面を向いているのに、視線の先が、この基地のさらに向こう、もっと別の場所を見ているようにも思える。


 リュカはと言えば、完全に別の世界に飛び込んでいた。


「すごい……資料で見てた配管構造と全然違う。これ、増設されてる……あっちのレール、時層トンネル専用だな。色が違う」


 彼の目はあちこちを忙しく動き、手は無意識にメモ帳を探っている。だが、目の前の光景を前にして、書くよりも見ていたいという衝動のほうが強いのか、ペンはまだ出てこない。


 大型ハンガーのひとつの奥で、ひときわ巨大な影が静かに佇んでいた。


 未来列車。


 流線型の車体は、鈍色の金属光沢を放っている。側面には小さな光のラインが走り、内部のエネルギーが脈動していることを示していた。車輪の代わりに、レールと密着するような大型の磁気ユニットが並び、その周囲には何重もの安全装置が取り付けられている。


 列車の脇を、軍服を着た作業員たちが忙しなく行き交う。灰色の軍服、規則正しい足音。彼らの動きには無駄がなく、誰ひとりとして立ち話をしている者はいない。ここが単なる交通機関の基地ではなく、軍事拠点でもあることを、空気そのものが物語っていた。


 機械から吹き出す熱風が、瞬たちのコートを揺らす。熱と冷気が入り混じる風の中で、フィアは一度だけ、深く息を吸った。肺に入ってくる鉄と油の匂いを、確かめるように。


(フィアさん、こういう場所……)


 馴染んでいるようで、どこか居心地が悪そうにも見える。その揺れが、彼女の過去を匂わせていた。


 レールの脇で待機していた兵士が、彼らに気づき、敬礼の姿勢を取る。


「ギルド西方支部からの調査班か」


「そうだ」


 フィアが一歩前に出る。軍服の兵士は、彼女の姿を見て一瞬だけ目を見開きかけたが、すぐに表情を引き締め直した。その微細な揺れを、瞬は見逃さなかった。


「案内を頼むわ。ローガンは?」


「司令はハンガー奥のブリーフィングルームに。すでにお待ちです」


 その名を聞いた瞬間、フィアの肩がほんのわずかに固くなる。


「ローガン?」


 瞬が小声で訊き返すと、フィアは一瞬だけ彼のほうを見て、すぐに視線をそらした。


「産業国家軍の現場指揮官。……あんまり、柔らかい人じゃない」


 それだけ言って、彼女は歩き出した。


 基地の奥へ向かうレールの群れは、まるで迷路のように入り組んでいる。その間を縫うようにして、瞬たちは案内の兵士の後ろをついていく。


 金属の階段を上り、ハンガーの上部に設けられた通路へ出ると、未来列車の全体像がよく見えた。天井から吊るされたクレーンが、列車の上部に新しい装置を取り付けている。青白い火花が散り、一瞬だけ、車体の陰影が鋭く浮かび上がった。


 その光の中で、瞬は、リュカが目を輝かせているのを横目で見た。


 彼らが向かう先――ハンガーの奥。そこに、この基地の緊張の中心がある。


 ブリーフィングルームの扉の前で、案内の兵士が立ち止まる。


 金属製の扉には、小さな窓があり、その向こうで複数の人影が動いているのが見えた。光が強く、部屋の中は外よりも明るい。


「司令、ギルドの調査班をお連れしました」


 兵士がノックをし、短く声をかける。中から、「入れ」という低い声が返ってきた。


 扉が開く。


 先に足を踏み入れたフィアの後ろから、瞬とリュカも続いた。ブリーフィングルームの中は、外の騒がしさが嘘のように静かだった。壁一面には地図と時層トンネルの断面図が貼られ、中央には簡易の机と椅子が並べられている。机の上には端末が数台置かれ、その画面には波形や数値が走っていた。


 部屋の中央、端末の前に立つひとりの男がいた。


 灰色の軍服。肩章には、それなりの階級を示す線が二本。背筋はまっすぐ伸び、指先まで緊張が行き渡っている。顎には軽く無精髭が残っているが、それがかえって現場から離れる時間を惜しんでいるような印象を与えていた。


 彼――ローガンが、振り向く。


 その目は、鋭かった。獲物を狙う猛禽のような、あるいは戦場に慣れた兵士の目。瞬は、その視線が自分たちを一瞥しただけで、思わず背筋を伸ばしてしまう。


「産業国家軍輸送軍第七部隊、ローガンだ。お前たちがギルドの調査班か」


 声もまた、硬い。必要な情報だけを短く切り出す、戦場の指揮官の声だ。


「ああ。ギルド西方支部、時層調査班。フィア・カートレット。こっちは一ノ瀬瞬と、時素学者のリュカ・フェルド」


 フィアが代表して名乗る。ローガンの視線が一瞬だけ彼女に留まり、その目の奥に、かすかな揺れが走った。


「久しぶり」


 フィアが、小さく、しかしはっきりとそう言う。


 ローガンの表情は、変わらない。


 変わらないが、その一瞬、視線の硬さがわずかに変調を見せた。何かを思い出しかけて、それをすぐに押し戻したような揺れ。だが、口から出た言葉は、あくまで職務的なものだった。


「今は任務中だ。昔話をしている時間はない」


 瞬とリュカは、そのやりとりの意味を計りかねて、互いにちらりと視線を交わした。


(知り合い……なんだよな、たぶん)


 フィアが話していた「柔らかくない人」という感想の意味も、なんとなく分かる。ローガンの周りの空気は、ぴんと張った弦のように緊張していた。


「状況を説明する。そこに座れ」


 ローガンが顎で机の前の椅子を示す。命令ではあるが、無駄に威圧的ではない。現場の人間の言葉だ。


 瞬とリュカが椅子に腰を下ろし、フィアは立ったまま、机の端に手を置く位置に立った。ローガンは端末の前に戻り、指先で数回操作をする。


 壁のモニターに、ある図が映し出された。


 黒い背景に、淡い青で描かれた曲線。まるでレールのように続く線が、途中でぼやけ、波打ち、歪んでいる。その線の周囲には、時層トンネルの断面を示すリング状の図が重ねられていた。


「これが問題の第七時層トンネル区間の観測データだ。通常であれば、トンネル内部の時間流は一定のパターンで安定している。だが、三日前から……」


 ローガンの指が図の一部を拡大する。波形が激しく乱れ、その乱れが次第に広がっているのが分かる。


「トンネル内部で“時間の波打ち”が発生している」


 瞬には、その言葉の重さがすぐには飲み込めなかった。


「時間の……波打ち?」


「トンネル内部の時層が一定周期で膨張と収縮を繰り返してるってことだ」


 リュカが横から補足する。彼の声は興奮半分、不安半分だ。


「そんな規模の波が……人工トンネルの中で起こるなんて、本来ありえない」


「だが、起きている」


 ローガンが言葉を遮るように告げる。


「すでに試験走行中の列車が一度、トンネル内部で一瞬“消えかけた”。記録上は、数秒間、列車の存在が完全に途切れたあと、別のレール座標に“戻って”きている。運行管理上のログではそう記録されているが……俺たちからすれば、列車が一瞬“どこか別の時間に落ちた”としか思えん」


 瞬の背筋に冷たいものが走る。


 時間が、レールの上で波打つ。列車が、その上を走りながら、一瞬どこかへ消える。


 空間ではなく、時間の迷子。


「放置すれば、列車が完全に消える可能性があるわね」


 フィアが低く言う。その表情は真剣そのものだった。


「しかも、これは単なる運行事故じゃない」


 ローガンは別の図を表示する。時層トンネル周辺の地図。そこには、リエール周辺で見たものと似た、異常時層波の記録が重ねられていた。


「数日前、トンネル外部の時層帯でも、自然発生と考えにくいパターンの揺らぎが観測されている。俺たち軍だけじゃ手に負えないと判断した。それで、ギルドに話が回った。時層の現場に慣れている連中に、だ」


 ギルドが呼ばれた理由。それは単に技術的な助言ではなく、「時間災害」とも呼べる事態に対処するためだった。


 瞬は、自分の膝の上で握りしめた両手に力を込める。


(また、時間が……)


 リエールで見た巻き戻り。砕けた柱。あのとき感じた「ほどけていく」感覚。時層トンネルの歪みの図と、どこかで重なっていく。


「……質問は」


 ローガンが視線を巡らせる。


「えっと……」


 瞬は思わず手を挙げかけて、途中で止める。軍の場で手を挙げるのは場違いな気がして、慌てて手を下ろした。


「その、列車の乗員は無事だったんですか?」


 ローガンは一瞬だけ目を細めた。質問の内容を計るように。


「今回は、試験運行だった。乗っていたのは最低限の技師だけだ。全員、物理的には無傷で戻ってきた。だが――」


 言葉を切る。その続きは、図の右隅に表示された「乗員メモ」の項目に書かれていた。


「“時間の感覚が抜け落ちている”“何かを忘れている気がするが、何を忘れたのか分からない”」


 その記述を見た瞬間、瞬の心臓が跳ねた。


 自分の記憶に空いた穴。「欠けた頁」。あのとき感じた、何かがごそっと抜け落ちた感覚と、あまりに似ていたからだ。


「……だから、だ」


 ローガンが続ける。


「この異常が拡大すれば、単に列車が消えるだけじゃ済まない。トンネルを通る全ての人間の“時間”に、何らかの損傷が出る可能性がある。俺たちは、それを許すわけにはいかない」


 その言葉には、軍人としての責任と、現場指揮官としての焦りが色濃く滲んでいた。


「ギルドには、トンネル内部の時層を調査し、異常の核が何なのかを突き止めてもらう。必要なら、現場での対応にも協力してもらう」


 ローガンは、瞬たちを見渡した。


「できるかどうかは知らん。だが、やってもらうしかない」


 そう言った彼の目は、言葉以上に、本気だった。


 未来列車が待つハンガーに戻ると、空気はさっきよりも一層重くなっていた。


 車体の脇には、装備を整えた兵士たちが整列している。車両の内部へと続くタラップの前には、チェック用の端末と金属探知機が設置されていた。列車そのものが戦場に向かう兵器であるかのような緊張感が、周囲に漂っている。


 ローガンの部隊と、ギルドの小さな調査班。その規模の違いが、並んでみるとよく分かった。


「出るぞ。覚悟を決めろ」


 ローガンが簡潔に告げる。


 瞬は、喉の奥で唾を飲み込んだ。手のひらには、いつのまにか汗が滲んでいる。自分が握っているのは武器ではなく、簡易の時層計測器だ。それでも、その重さが妙に現実感を与えていた。


「……はい」


 声が少しだけ震えたのを、自分でも自覚する。


 タラップを上ると、列車の内部は外観以上に未来的だった。


 床は滑らかな金属で覆われ、歩くたびに足裏に薄い振動が伝わる。壁には淡い青色の照明が埋め込まれ、車内全体を静かな光で満たしている。天井近くには、情報表示用のパネルがいくつも並び、現在の時層座標や列車の速度などが流れていた。


 座席の代わりに、壁に沿って設けられたベンチシートと、計測機器を固定するためのレール。中央には折りたたみ式のテーブルがあり、そこにリュカが持ち込んだ機器が次々と並べられていく。


「すごい……この制御パネル、従来型の二世代先だ。時層の揺らぎをリアルタイムで追えるようになってる」


 リュカが興奮気味にパネルを覗き込む。その横で、フィアは静かに壁に背を預け、車内の構造と配置を冷静に確認していた。彼女の目には、懐かしさと警戒が同時に浮かんでいる。


「トンネルに入ったら、気を抜かないで」


 フィアが瞬のほうを振り向かずに言う。


「トンネルの中の時間は、安定しているときでも、人をおかしくすることがある。まして、今は歪んでる。視界で判断するのはやめて、自分の感覚と、リュカのデータを信じること」


「感覚と、データ……」


 瞬は小さく繰り返す。


 自分の中の「ざわつき」。それが役に立つのかどうか、今は分からない。だが、それしか持っていないのも事実だった。


 ローガンは車両前方の指揮席に立ち、車内の状況を最後に確認する。兵士たちは持ち場に着き、それぞれの機器のチェックを終えている。


 車内アナウンスが、無機質な声で流れ始めた。


『未来列車第七号、出発準備完了。目的地、第七時層トンネル入口。全乗員は指定位置に接続を完了してください』


 瞬の心臓が、ひとつ強く脈打つ。


 窓の外には、ハンガーの内部が見える。作業員たちがこちらを見上げ、中には祈るように手を組んでいる者もいる。列車が動き出す前の、ごく短い静寂。


 瞬は、近くの手すりを握りしめた。金属の冷たさが掌に食い込む。その上で、自分の鼓動の熱が、じわりと広がっていく。


(歪んだレールの先に、何があるのか)


 まだ見ぬ時層トンネル。その中で、どんな時間の波が待ち受けているのか。リエールで感じた「ほどける」感覚が、再び訪れるのか。


 怖い。


 だが――。


(確かめたい)


 過去を変えたいと願ってしまった自分。フォルの言葉に揺れた自分。欠けた記憶。すべてが、時間そのものと繋がっている。ならば、その「歪み」の現場を見ずにいることのほうが、今は怖かった。


 列車が、わずかに揺れる。


 車輪はないはずなのに、レールの上を滑り出す感覚が足元から伝わる。ハンガーの壁がゆっくりと後方へ流れ始め、窓の外の光景がゆるやかに動いていく。


 ローガンの声が、車内に響いた。


「これより、第七時層トンネルへ向かう。任務は単純だ――トンネル内の異常を突き止め、生還する。それだけだ」


 その「それだけ」が、どれほど困難なことなのか、誰よりも彼自身が知っているのだろう。声の奥には、静かな闘志が宿っていた。


 未来列車は、基地を離れ、レールの上を加速していく。


 窓の外の景色が、徐々に速度を増して流れ始めた。遠くに、山のような形をした巨大な構造物が見えてくる。その内部に、時層トンネルの入口が口を開けている。


 事件が起こる前の静けさが、列車の内部を満たしていた。


 歪むレールの先。その先に待つ何かへ向けて、瞬たちは、避けられない時間の流れに自分たちの身を乗せていくのだった。

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