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時層交錯ファンタジア  作者: トワイライト
第1章:ギルドと時層世界の門出

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第17話「砕けた柱の囁き」

 廃都のさらに奥へと歩みを進めるにつれて、風景の歪み方が明らかに変わっていった。


 崩れた建物の残骸が林立する路地を抜け、ひらけた広場のような場所へ出るたびに、影の落ち方がおかしくなる。太陽は頭上よりやや傾いた位置にあるはずなのに、瓦礫の影は必ずしもその方向とは一致せず、ときおり――瞬の足元から、逆向きに伸びているように見えることさえあった。


 目の錯覚、と片づけるには、背筋を撫でる感触が生々しすぎる。


 地面には、ところどころ黒く焦げたような跡が残っていた。単なる火事の痕ではない。円を描くように、あるいは線を引くように、焼け焦げが地表を縫っている。その線のすぐ脇では、土がひび割れ、小石が斜めに沈み込んでいる。


 空の色も、他のエリアとは違っていた。


 雲は薄く散っているのに、どこかくすんだ青。透明度の奥に、薄い灰色の膜がかかっているような、深度の狂った空。


 胸の奥で、何かがざわつく。


(……呼ばれてる、みたいだ)


 瞬は、自分の歩調が少しだけ早くなっていることに気づいた。意識していないのに、足が勝手に前へ前へと進んでいく。呼吸が浅くなり、心臓の鼓動が耳の奥で大きく響く。


 すっと、袖が引かれた。


「瞬」


 横を歩いていたカスミが、いつの間にか一歩遅れた位置から、彼の袖口を指先でつまんでいた。ぐい、と強く引くのではなく、ほんの少しだけ――けれど、十分にブレーキになる力加減。


「……走らないの。そういう場所じゃないから」


 その声音はいつもの軽さを潜ませていたが、瞳だけは笑っていなかった。


 カスミの目は、微かに細められ、風の流れを読むように遠くを見ていた。時霊種としての感覚が、ここで何かを捉えているのだと、瞬にも分かる。


「ごめん。走ってるつもりはなかったんだけど……」


「うん、だから余計に、ね」


 カスミはそう言って、彼の袖から指を離す。


 足元で、砂利がざり、と鳴った。その音が、遅れて戻ってくる。さっき、地下の記録庫でも感じた、奇妙な残響。ここではそれが、さらに濃くなっていた。


 空気が低く唸っている。


 風が吹いているわけでもないのに、大地そのものが遠くで唸り声を上げているような、低い振動が、靴裏からじわじわと伝わってくる。耳を澄ませば澄ますほど、音は輪郭を失い、「ただそこにある揺れ」へと変わっていく。


「近い?」


 瞬が小さく尋ねると、カスミはこくりと頷いた。


「近い。……中心。それも、あんまり優しくない方の」


「優しくない方って、どっち」


「“話せば分かる”タイプじゃないってこと」


 さらりと返す言葉に、いつもの調子が戻ったように聞こえるのに、その足取りには迷いがない。彼女は真っ直ぐに、廃墟のさらに奥――都市の中心だった場所へと歩を向けた。


 やがて、崩れた建物の列が途切れ、視界が開けた。


 広大な空間。その中央に――それは、あった。


 かつて、ここには天を突くように一本の柱が立っていたのだろう。


 今、その姿は見る影もない。


 巨大な柱の残骸が、地面に突き刺さるようなかたちで横倒しになり、さらにその一部は粉々に砕け、白灰色の岩片と虹色の硝子片が入り混じった瓦礫の山をつくっていた。


 砕けた断面は、ただの石ではなかった。内部が層状になっている。薄く透きとおる層と、不透明な層とが交互に重なり、その境目から、淡い光がじわりと漏れ出ていた。


 光は、脈動している。


 心臓の鼓動のように――いや、それよりももっと遅く、深く、地の底から響いてくる鼓動に合わせるように、淡い色が明滅を繰り返す。光の色は一定ではなく、青白く見えたかと思えば、次の瞬間には薄い金色に変わり、その境目で色彩が混じり合って揺れている。


 周囲の空気に、白い霧のようなものが漂っていた。


 霧は水蒸気ではなく、時素そのものが濃く漂っているのだと、本能的に分かる。光源の位置も分からないのに、霧の粒子ひとつひとつが微かな輝きを帯び、流れを持って動いている。


 息を吸うと、胸の奥がざわりと震えた。


(……これが、時層柱の……残骸)


 瞬は、その場に立ち尽くした。


 恐怖と、畏怖と、好奇心と。いくつもの感情がぐしゃぐしゃに混ざり合って、喉の奥につかえる。


 この柱が、リエールの時間を支えていた。


 かつて、街の人々の日常を、歴史の流れを、未来への道を、見えないところで支え続けていた「背骨」のような存在。その背骨が折れ、砕け、今もなお、壊れたまま脈動を続けている。


「……ひどいね」


 カスミが、低く呟いた。


 いつもの飄々とした口調ではなく、どこか痛みを含んだ声音だった。


「これだけ派手に折れてるのに、まだ動いてる。止めてもらえないまま、ずっと」


「まだ……生きてるの?」


 瞬が問い返すと、カスミはわずかに肩をすくめる。


「“生きてる”って言い方がいちばん近いかな。いい子じゃないけどね」


 彼女は、足元の瓦礫を蹴飛ばすこともせず、一歩一歩、慎重に歩を進めた。砕け散った柱の破片ひとつひとつが、まだどこかで時間の糸と繋がっているのだと知っているかのように。


「瞬。あんまり近づきすぎないで。ここ、ほんとにまだ“動いてる”から」


「……分かった」


 そう返事をしながらも、瞬の視線は柱の断面から離れなかった。


 瓦礫の一部が、かすかに震えた。


 地震ではない。地面は揺れていないのに、砕けた破片だけが、ごく微細な周期で震え、そのたびに細かい粒子をぱらぱらと落とす。その粒が霧の中に溶けると、霧の流れが一瞬だけ変わる。


 時素が霧状になって漂い、その中を目に見えない何かが行き来している。


 胸の奥が、ざわざわと騒ぎ始めていた。


 恐怖とは少し違う。けれど、決して心地よくはない感覚。


(前にも……似たような……)


 ネルの診療所で、内側を覗かれたとき。リエールへ向かう道すがら、カスミが「時間はまだ泣いてる」と言ったとき。そして、廃都に入ってから見た、巻き戻り現象。


 それらの記憶が、目の前の光景と重なっていく。


 この柱の残骸こそが、その全ての“源”なのだと――瞬は、直感した。


 息を吸おうとした瞬間、空気の重さが変わった。


 ぐ、と肺が押し返される。吸い込んだ空気が、胸の奥で一度止まり、そこから無理やり奥へ押し込まれていくような感覚。


 視界の端が、ふっと暗くなった。


「……ッ」


 瞬は思わず額に手を当てる。頭の奥で、鈍い痛みがじくじくと芽生え、それが徐々に波紋のように広がっていく。


 柱の断面から、霧が逆流するように噴き出した。


 さっきまで緩やかに漂っていた白い粒子が、一本の流れになって空中を駆け上がる。その流れは途中で千切れ、何本にも枝分かれしながら、瞬とカスミの周囲を取り巻くように舞い始めた。


 空気が、揺れる。


 景色の輪郭が微かに波打ち、遠くの瓦礫の影が、ほんの一瞬だけ逆向きに伸びた。


「……うわ」


 カスミが、眉をきつく寄せた。


「マズいかも。揺り返し――」


 言葉が最後まで続かなかった。


 音が、変わったからだ。


 最初にそれを「音」だと認識したのは、瞬の脳だった。


 耳が捉えたはずのない震えが、頭蓋の内側に直接響いてくる。耳鳴りとも違う。高い金属音でも、低い唸りでもない。いくつもの音が潰れ合い、伸びて、潰れて、ねじれて、その残りかすだけが脳の表面に擦りつけられているような――


 それは、言葉のようで、言葉ではなかった。


 「タスケテ」と聞こえた気がした瞬間には、もうその音は別の何かに変わっている。「カエシテ」にも、「ナゼ」にも、「イカナイデ」にも聞こえる断片が、次から次へと押し寄せては、意味を結ぶ前に分解されていく。


 たとえば、たくさんの人が同時に泣き叫んでいる場所の、ドアの外に立っているような。


 開ければ、その声ははっきり聞こえるのかもしれない。だが今はまだ、厚い扉越しに、くぐもった残響だけが響いている。


(……これ、は……)


 瞬は、ひざの力が抜けそうになるのを必死でこらえた。


 頭の奥が熱い。こめかみの裏側で、何かが擦り合わされているような痛み。けれど、その痛みの向こう側に、「誰か」の気配が確かにある。


 見えない。声もはっきりとは識別できない。なのに、その存在感だけは、恐ろしいほど鮮明だった。


「瞬!」


 肩を支える小さな手の感触で、現実が少し戻ってくる。


 カスミがすぐ傍にいた。いつの間にか、瞬は一歩前に歩き出していたらしい。彼女は背後から抱きとめるような体勢で、彼の腕を掴んでいた。


「顔、真っ青。呼吸、浅い。アウトになりかけてるよ」


「……だいじょ……ぶ……」


 言いながら、自分でも説得力がないと思った。


 だいじょうぶではない。だが、壊れているわけでもない。ただ、知らない種類の「なにか」が、頭の中に流れ込んできている。


 柱の断面の光が、さっきよりも強くなっていた。


 白と青と金の光が混ざり合い、霧と一緒に蠢いている。その奥から、さっきの「音」が、再び押し寄せてくる。


 唇が、勝手に動いた。


「……待って……」


 自分で、自分の口から出た言葉に、瞬は驚いた。


 誰に向かって、言った?


 カスミは、一瞬だけ目を瞬かせる。


「今の、誰に言ったの?」


「分かんない。だけど……今、聞こえた……」


 自分の声が震えている。


「呼んでた。誰かが。……誰、って言われても、説明できないんだけど。耳で聞いたんじゃなくて、頭の中に、こう……」


 うまく言葉にならない。


 頭の奥で、まだ音の断片が燻っていた。泣き声にも似た震え。怒りとも悲しみともつかない、圧力。


 瞬は額を押さえ、ゆっくりと深呼吸した。


 吸い込む息が震える。霧状の時素が肺に入ってくるような感覚があり、そのたびに、胸の奥のざわめきがかすかに増減した。


 風が、ふっと止まった。


 さっきまで廃墟の隙間を抜けていたかすかな風が、唐突に消える。静寂――と呼ぶにはあまりにも不自然な、音の欠落。遠くの瓦礫が崩れる音すら、今は聞こえない。


 時間そのものが息を止めたような瞬間だった。


 その中で、瞬の荒い呼吸だけが、やけに大きく聞こえる。


 カスミが、そっと彼の腕から手を離し、代わりに前へ回り込んだ。正面から、瞬の顔を覗き込む。


「ね、瞬。……何が聞こえたの?」


 真っ直ぐな問いだった。


 追いつめるような響きはなく、ただ、知りたいからという理由だけで投げかけられた質問。だからこそ、瞬は、嘘をつきたくなかった。


「……声、って言えばいいのかどうかも、分かんないけど」


 ゆっくりと言葉を探しながら、彼は口を開いた。


「耳で聞いた音じゃなくて……頭の中に、波みたいなのが押し寄せてきて。泣いてるみたいで、叫んでるみたいで……」


 言葉を紡ぐほどに、さっきの感覚が再び形を取り始める。


「“助けて”って、聞こえた気もする。“返して”って、言われた気もする。……ぜんぶ、気のせいかもしれないんだけど……でも、ただのノイズじゃなくて、ちゃんと“気持ち”みたいなものが、そこにあった」


 カスミの表情が、わずかに変わった。


 驚きと、納得と、不安が一度に浮かんだような顔。


「……やっぱり」


 彼女は小さく息を吐いた。


「やっぱり、瞬はちょっと、というか、だいぶ、おかしいね」


「慰めようとしてる?」


「褒めてるの」


 すぐに返ってきた言葉に、瞬は思わず苦笑した。唇の端が、かすかに上がる。


 カスミは一歩近づき、彼の腕に軽く触れた。以前、リエールへ向かう道の途中で、地脈の「泣き声」を感じたときと同じ仕草。


「あの時は、“土地の時間が泣いてる”って言ったよね。私には、そう聞こえたから。でも、今のは……」


 彼女は、砕けた柱の断面へと視線を向ける。


「あそこから出てるのは、地脈の泣き声なんかじゃない。もっと固くて、もっと古くて、もっと面倒くさいもの。……時間そのものの“芯”みたいなやつの、ひび割れた音」


 カスミの声には、滅多に見せない種類の重さが宿っていた。


「私は、輪郭しか分からないの。あ、荒れてるなー、とか、悲しいなー、とか、“これはヤバいからあんまり近づきたくないなー”とか。そういう、ざっくりしたノリ」


「ノリの問題なの?」


「大事だよ、ノリは」


 一瞬だけ、彼女の口元にいつもの調子が戻る。


「でも、瞬は違う。今の話を聞く限り、波の中にある“中身”まで拾ってる。意味はまだバラバラでも、向こう側の気持ちの方へ、耳を近づけられてる」


 視線が、真っ直ぐに重なる。


 カスミの瞳は、不安と同時に、どこか確信にも似た光を宿していた。


「……特異点候補、って言われる人たちがどういうものか、私はちゃんとは知らない。時政院の人たちの定義は、きっともっと堅苦しいんだろうし」


 彼女は肩をすくめた。


「でも、少なくとも、瞬は“時間にとって特別な人間”だよ。よくも悪くもね」


 その言葉は、瞬がずっとぼんやりと感じていた不安に、輪郭を与えるものだった。


 特別。


 普通でいたかったわけではない。だが、「特別」という言葉には、いつだって責任や危険が張り付いてくる。


「……僕、怖いよ」


 瞬は、正直に吐き出した。


「もし、この声が……誰かの痛みだったら。僕が聞いちゃったことで、何かが変わるかもしれないと思うと、怖い。聞こえないふりをしたほうがいいんじゃないかって、ちょっと思った」


 カスミは、苦笑するでもなく、真面目な顔で頷いた。


「うん。その感覚は、正しいと思う」


「え」


「だって、時間に優しくしないと、時間はすぐ拗ねるもん」


 彼女は冗談めかして言いながらも、その目は真剣だった。


「でもね、聞こえちゃったものを、なかったことにはできないよ。瞬が聞かないふりをしても、“声”の方は、きっとそれで諦めたりしない。だったら――」


 カスミは、そっと彼の手を握った。


 小さくて温かい掌。


「一人で聞くんじゃなくて、私にも少し分けて。意味は分からないかもしれないけど、痛みの輪郭くらいなら、一緒に感じられるから」


 瞬は、彼女の顔を見つめた。


 その瞳には、不安が確かにあった。だが、それ以上に、「逃げない」と決めた者の静かな決意が宿っていた。


「……ありがとう」


 その言葉が出たときには、胸の中で暴れていたざわめきの一部が、少しだけ形を変えていた。恐怖は完全には消えない。けれど、その隣に、誰かと共有できる心強さが並び立つ。


 ふいに、視界の中心にあるものが、輝きを増した。


 砕けた時層柱の断面――その、さらに奥。


 白と青と金の光の層の向こう側に、ひときわ暗い筋が走っているのが、瞬には見えた。黒い縦裂けのような、深い溝。そこだけ光が届かず、影が濃縮されているような場所。


 その黒い溝が、ごく短い瞬間だけ、内側から光った。


「……っ」


 瞬は息を呑んだ。


 眩しい、というほどの光ではない。黒の中で、細い線がひと筋、白く光っただけ。だがその瞬間、はっきりと「何か」が奥から覗いたような感覚があった。


 視線を向けられている。


 そう思った途端、背筋に冷水を流し込まれたような寒気が走る。足元の石が、きしりと鳴った気がした。


「今の、見えた?」


 瞬が震える声で尋ねると、カスミは首を傾げた。


「光ったのは分かったけど……細かい形までは、ちょっと。音は変わってない」


「……そっか」


 瞬には、光の線だけでなく、その向こう側の「気配」まで感じ取れていた。


 さっき頭の中に流れ込んできた「音」と、今の光の奥に潜む気配は、同じものだった。泣き声にも、叫びにも、祈りにも似た、ひび割れた感情の塊。


(あそこだ)


 直感が、告げる。


 声の発生源。時間のひび割れの中心。リエールの巻き戻り現象の「核」。そして――もしかしたら、自分に似た赤ん坊の記録と、どこかで繋がっている場所。


 怖い。


 全身が、それ以上近づきたくないと叫んでいる。足を踏み出したら、戻ってこられないような気がする。


 なのに、同時に。


(行かなきゃ)


 行かなければ、何も分からない。記録庫で見た「封じられた面影」も、この柱が発し続ける泣き声も、全部、宙ぶらりんのままになってしまう。


 風向きが変わった。


 さっきまで、都市の外から内へと流れていた風が、逆流するように方向を変え、柱の方からこちらへ吹きつけてくる。冷たい風。時間の粒を含んだ風。


 カスミが、目を細めた。


「……行きたくないけど、行かなきゃいけない場所、って顔してる」


 瞬は、苦笑するしかなかった。


「バレてる?」


「そりゃもう。瞬、わかりやすいもん」


 カスミは肩をすくめ、それから真面目な顔に戻る。


「私も、あんまり近づきたくないよ。正直に言うと、“これ以上は触っちゃダメ”って警報が、頭の中でカンカン鳴ってる。でも、だからって引き返したら、きっとずっと後悔する」


 彼女は、手を差し出した。


「行こ。私がいるから。もし時間に噛まれそうになったら、半分くらいは一緒に噛まれてあげる」


「……それ、慰めになってる?」


「さあ? でも、一人で丸かじりされるよりマシでしょ」


 いつもの調子と、いつも以上の覚悟。


 瞬は、小さく笑って、その手を取った。


 指先が冷えているのは、風のせいだけではないだろう。けれど、その握力は思っていたよりもずっと強く、頼もしかった。


「……うん。あそこに、何かがある」


 砕けた柱の中心――黒い縦裂けの奥を見据えながら、瞬は呟く。


 足を一歩、踏み出す。


 地面が、わずかに重くなる。空気の密度が増し、一歩ごとに、時間の層が厚くなっていくような圧力が、足首から膝へ、腰へとのぼってくる。


 もう一歩。


 影が、足元にまとわりつく。逆向きに伸びる建物の影と、自分たちの影とが絡まり合い、どこからどこまでが今の自分の輪郭なのか、分からなくなりそうになる。


 それでも、手は離さない。


 カスミの手の温度が、現実へと繋ぎ止めてくれる。


 二人は、砕けた柱の残骸の中央へと向かって、ゆっくりと進んでいった。


 「声」は、まだ言葉にはならないまま、しかし確実に、その歩みを待っているかのように、柱の奥で微かな囁きを続けていた。

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