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「すみません、本当にありがとうございます!」
「いえいえ。気にしないで下さい。
それより、転けて頭を打ってたら大変です。お大事になさってください」
電話をかけた先、息子と名乗る男性が出た。駆けつけた彼は、何度も謝罪と感謝を口にしていた。
店内に入った時にも目にした光景に、慌ててお代!お礼を!と言い財布を出したので、水ですから気にしないで、と俺は断ったのだ。
その間も、お婆ちゃんはにこにことしている。
「……ほら母さん、行こう」
そう男性が手を出して、お婆ちゃんは手を伸ばした。引っ張って立ち上がろうとするけれど、お互いに少ししんどそうだ。
その動作がどうしても気になって、俺はさらにお節介を口にする。
「ちょっと良いですか?」
「な、なんですか?」
申し訳なさそうでいて、それで居て居心地が悪く早く立ち去りたい、そんな心境だろう男性をよそに、俺はお婆ちゃんの近くへ移動した。
「その手の引かせ方で立ち上がると、お互いにしんどいです。
特にお婆ちゃん、今後、肌が機能低下すれば握った先が擦れて、ずる剥けてしまうこともあり得ますし。腕が抜ける。肩が外れるなどもあり得ます。
貴方も今は大丈夫でしょうが、これから足腰がしんどくなります」
年寄り扱いして!と怒られるだろうかと内心身構えた。
それでもしんどいのが減ればいいと願って、有無を言わせない笑顔で俺は、ちょっと屈んでもらえますか?とお婆ちゃんの前に居た疑問符の男性にお願いをする。
「お婆ちゃん、もう少し前にお尻を出して座れる?……そう。
で、次は足を椅子の近くに置けるかな?……そう。
で、息子さんの肩に手をのせて……そう。
お尻が浮いたところで、お婆ちゃん立ち上がってみよう?……せーの」
「……あれまぁ。いつもより楽だねぇ」
男性を台にして手をつき、すくっと立ち上がったお婆ちゃんは、楽しそうに笑顔になった。
男性はちょっと驚いている。
その男性に向けて、俺は説明をした。
「ちょっとしたことなんですけど、立ち上がる時は、浅く座って、足は椅子に近い方が良いです。投げ出しているほど立ち上がりにくい。
それに前に手を置くことで前傾になると自然と立ち上がりやすくなります。
前傾と腰を曲げるのとは違うので、そこは気をつけた方がいいです。
あとお婆ちゃんの足がふらつく場合は、片方の足をご自分の足で固定すると安定します。
前に人がしゃがむ必要はなくて、家の中なら椅子を前に置いてそこに手をついてもいいです。
外だとお持ちの歩行車を、手を置く台としても使える場合があります。歩行車が動かない前提ですが」
お婆ちゃんにもう一度座ってとお願いをして、男性に立ってもらう。
「椅子に浅く座る。
足を引く。
前傾姿勢になる。
これだけでも手をひいて立ち上がるのは楽になります。
手を引く時も立たせようとして腕だけで引っ張るのではなく、前傾姿勢が取れるように下へ差し出して支えて、一緒に立ち上がる動作で少し上に動かす。
それだけでも、身体の負担は減ります」
そう言って男性の手を補助して、お婆ちゃんに実際に立ってもらう。
「……これは、全然違いますね。重たくて膝に来てたんですが、……全然、軽い」
「ちょっとしたことなんですけどね。全然違うからびっくりしますよね。俺もそうでした。……寒いと転倒しやすくなります。少しでも暮らしやすくなればと、お節介を失礼しました」
「いえ、ありがとうございます。……あの、どこかで勉強を?」
「少しかじっただけです。ネットでも図書館でも、調べてるといろいろと出てきて面白いですよ」
「聞いてくれる人で良かったねー」
「頭の片隅にでも残るといいなぁ」
見送る二人の影、それにそれぞれ言葉を投げた。
寒くなると道端で転ける人を、時々見かける。もちろん俺は迷わず助けに行くけれど、人が多いと見てるだけ。
ああ、その起こし方だと転けてしまうーーと思って見てたら、転けてしまった、なんて一度や二度ではなかった。
病院の待合室でもそう。立ち上がり介助をする場面に遭遇し、よろけているのを見ると、手を出したくなってしまう。
今回は大事にいたらなかったけれど、転倒では骨折もあり得てしまう。
日頃の立ち上がり介助で、膝や腰を痛めてしまうのもあるあるだ。
「一般常識くらいに、広まればいいのになぁ」
「まぁボチボチだよ。病院は知ってて欲しいと思うけどね。あと家族さんに伝えれるように、専門職がさ」
願いは見送る風に溶けていき、戻った店内で神棚に手を合わせる。
「素敵なご縁をありがとうございます。関わる人の全てに幸多からんことを」
二礼四拍手一礼。いつもの感謝といつもの願い。
今日も変わらず、カフェ《くろあし》の日々は続いていくーー。




