もう頑張らなくて良いんです①
とある町の、とある小さな喫茶店。
こじんまりとした店内は、ちょっとだけ暗くて、暖かくも寒くもない普通の温度。
木を基調としたナチュラルカラーなインテリア。
室内の一角に緑の観葉植物。
キッチンの天端の一角には、ハーブや野菜のちょっとした水耕栽培スペース。
また、別の一角には、みずみずしい季節の生のフルーツが、ちょっとずつだけ飾ってある。
店内は、入り口側にテーブルが一つに、椅子が二席。導線を邪魔しない壁に雑貨棚。
奥側、カウンターに椅子が三席。
お店の外側には壁付けの小さな看板。
玄関の扉は、上部に丸みがある形。扉の隣には大きな丸い窓が二つ。
その扉を大きく開けて、レースカーテンも緩く止める。
誰でも気軽に入れるように。
「こっち、OK」
出入口の準備を終えて、中に向かってそう声をかけたのは、やや癖のある焦げ茶の髪に、細い丸フレームの眼鏡を掛けた若い男性。
緩い黒シャツに黒のカフェエプロン。黒のストレッチパンツ、スニーカーも黒。
「じゃ。今日も一日お願いしまーす!」
カウンターの奥、高い位置にあるその神棚に向かって、女性が二礼四拍手一礼をした。
いつもの挨拶を済ませたのは、てっぺんよりやや下にお団子でひとまとめにした茶髪に、ナチュラルメイクの若い女性。
男性と同じく、こちらもシャツから靴まで全て、黒で統一されていた。
「今日は誰が来るかしら」
「さぁな」
カウンターに二人で入り、それぞれが準備をする。
その視線は、開け放たれた扉の光る先。
◇◆◇◆◇◆◇
とぼとぼと、女性が歩いていた。
ーー帰りたくない。
ガラガラと、押して歩くベビーカー。
前に座る我が子は、目についた物に届かない手を伸ばして、きゃっきゃと楽しそうに笑っていた。
ーー可愛い。そう。見てる分には可愛い。
けれど。
「帰りたくない……」
だって、家に帰れば……。
もうすぐおやつ時の時間だろう、昼下がり。
ぼんやりと見上げた空は、少し風が冷たくなった秋晴れの綺麗な青。
風が吹く度に、舞踊る枯れた葉が視界に入って。
通路の隅、山のように重なる落ち葉たちが。
「……っ」
女性は目頭が熱くなって、目を擦った。
重なった落ち葉の山がまるで重たくのし掛かった自分のようで。
今日帰ったら、明日が来る。明日の次は、そのまた明日。
毎日毎日、続いていく……。
こんなつもりではなかったはずで、でもどうしたら良いのか分からなくて。
ただ、ガラガラとベビーカーを押して歩いていた。




