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第5話 厨二病vs幼馴染

 翌日。告白……とまではいかないが、愛莉に「ずっと好きだった」と言われた余韻は、朝になってもまだ体のどこかに残っていた。


「お兄ちゃんいつまでブツブツ言ってるの?早く学校行きなよ」

 妹の声で、ようやく現実に戻る。——ああ、学校、行かなきゃいけないのか。

 そんな気まずさと、妙な浮き足立ちを抱えたまま登校して、教室へ向かうと、背後から、やけに切羽詰まった声が。

 振り返るより早く、愛莉がタタタッと駆け寄ってきて、俺の進路を塞ぐ。違うクラスだから、教室へ入ってしまうと声をかけづらかったのだろう。


「蒼志!ちょっと相談!」

「……なんだよ、朝からテンション高ぇな」

「今日のお昼休み、例の美少女さんに会わせて!」

「は?」

 脳が一瞬固まった。


「いやいやいや、どういう流れ?」

「いいから!会いたいの!絶対!」

 その“絶対”が怖い。昨日の告白っぽい空気のあとにこれだ。俺が固まっていると、愛莉は胸の前で両手をぎゅっと握りしめて続けた。


「……わたし、あの人に言いたいことがあるの」

 その目はあの天然美少女とは思えないほど真剣だった。

(ああ……嫌な予感しかしない)


「分かったよ。じゃあ、屋上で待ってろ。鍵はいつも開いてるから」

「ほんと!?」

「ただし、人目につかないようにな」


 ◇  ◇  ◇


 結局、黒石を昼休みに呼び出して、屋上へと向かう。


「お前、すげえな、呼び出したらすぐ来るんだから」

「我は、契約者に呼ばれたらできる範囲で来る主義だ」

 ドヤ顔の黒石漆音が、黒い髪を靡かせながら先に立つ。日差しを受けて、瞳がガラス玉みたいに反射する。今日も厨二病エネルギーは満タンらしい。


「ところで……あちらの方は?」

 愛莉を見つけると、黒石の空気が切り替わった。急に厨二病が消えて真面目モードに入る。


「た、谷浜愛莉です」

 愛莉は緊張したのか、普段の天然さはどこかへ吹っ飛び、意外なほど礼儀正しく頭を下げた。


「私は黒石漆音。あま……蒼志の契約者だ」

「俺の名前間違えるなよ」

 一応つっこんでおく。


「で、話ってなに?谷浜さん」

 黒石が顎を引き、冷静な目を向ける。愛莉は深呼吸して、小さな声でつぶやいた。


「蒼志のこと……好きなんですか?」

「ぶっ――!」

 いきなり切り込み過ぎだろ!?黒石も一瞬固まったが、その直後、平然と返した。


「“好き”という感情の定義次第だけど……。私が求めているのは“恋の経験”。蒼志はその候補だよ」

「候補……!?」

「いやいやいや、俺はモノじゃねえんだけど!」

 そんな俺たちの叫びを聞いてか、愛莉がさらに一歩前へ出る。


「……わたしもね、小説書いてるんです」

「小説?」

「うん。ずっと。蒼志にコメントしているだけだったけど書きたくなって書いちゃったんだ」

 むしろ毎日コメントしてくれていた“あの人”だったなんて昨日知って衝撃を受けたくらいだ。

 愛莉は少し俯きながら続ける。


「わたし、小説大賞にも応募してて……でも毎回、ある人に負けちゃってて」

「へえ。努力は認めよう。だが、なぜそれを私に言う?」

「別に私の自己満足で話してるだけです!――その、負けてる相手が……“黒笹”さんって言う、あなたと似た名前で、多分、同じ歳くらいの女の子で……」

「……へ?」

 黒石の口が、わずかに開いた。その反応を見て、愛莉は少し勢いづいたのか、堰を切ったように言葉を重ねる。


「もうほんと、毎回毎回ずるいんです!文章うまいし、構成きれいだし、読者の心掴むの早すぎるし!」

「ちょ、愛莉……」

「新人賞も短編も、全部持ってかれて!どんだけ才能あるんですか黒笹さん!」

 止まらない。今の幼馴染はいつもの清楚系の天然バカではなく、何か別のものになっている様だ。


「こっちは必死に徹夜して、推敲して、胃痛くなりながら投稿してるのに!」

「……」

「ほんと、ちょっとは手加減してほしいです!」

 完全に俺の幼馴染はやらかした。屋上に沈黙が落ちた。そして——黒石が、ふっと息を吐いた。


「……なるほど」


 何を理解したのかわからないが、黒石はそのまま続ける。


「……谷浜愛莉“黒笹”は、私だ」

「……え?」

 愛莉の動きが止まる。


「正確には、私が使っているペンネームの一つだ。つまり——」

 黒石は、愛莉をまっすぐ見据える。


「お前が今、全力で罵倒した相手は、目の前にいる」

「…………………………」

 数秒間、風の音だけが屋上に流れた。


「——えええええええええっ!?」

 次の瞬間、愛莉は頭を下げた。


「ごごごごごごめんなさい!!」

「声でかい!屋上にいることバレるぞ」

「知らなかったんです!ほんとに!本人だなんて思わなくて!」

 顔を真っ赤にして、必死に謝る愛莉。


「い、いえ……」

 黒石は少し困ったように目を逸らした。


「率直な感想として受け取っておきます。……悔しいと思われるのは、書き手として悪くない」

「……なんか優しい」

 なぜか感動している愛莉。そして、黒石はちらりと俺を見る。


「さて、蒼志」

「……嫌な予感しかしねえ」

「問題はここからだ」

 黒石は、真面目な顔で言った。


「谷浜は幼馴染で、想いを告げたらしいな」

「ちょっ……!」

「そして私は、恋の経験としてお前に興味がある」

「だからなんで俺が議題なんだよ!」

「公平にするために、提案しよう」

 黒石は、指を一本立てた。


「今度の休日。私と一日、デートをする。そして、別の日に——谷浜ともデートをする」

「はあ!?」

「その上で、どちらが“より心を動かしたか”を、お前が決めろ」

「ちょっと待って!?」

「ま、待って!?デートって!?」

 二人の声が重なる。だが黒石は動じない。


「公平な決め方だろう?私はこんな幼馴染にお前を取られたくないのだ。お前に逃げ道はない。ラブコメ作家なのだろう?現実取材と思えばいい」


 愛莉も、少し遅れて拳を握った。

「……負けないからね、蒼志」

 二人の視線が、同時に俺に突き刺さる。


(……俺、なんで昼休みに人生の分岐点立たされてんだ?)


 昼休み終了のチャイムが鳴り、俺の答えは出ないまま。

 ——こうして、二つのデートと、選択を迫られる地獄が始まるのだった。

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