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第4話 幼馴染も小説家

「私と付き合ってみてもいいよって言ってるんだよ!」

「あのなあ、一回聞いていいか?」

「なに?」

「どっちのキャラだお前は?どっちが本当のお前なんだよ」

 さっきから真面目モード(?)に入りすぎてよく分からなくなってきている。


「キャラって……。我は黒石漆音だが?というか、べ、別に本気で付き合えとか言ってるんじゃない。ただ、経験としてよ。恋の気持ちって、実感しないと書けないでしょ? だから……練習相手になってあげる」

 そう言ったかと思ったらそそくさと、教室へ戻って行ってしまう。恥ずかしさなのかなんなのか。少なくとも俺は状況がわからないまま、始業のチャイムがなり始めてしまった。


 その後の授業は正直ほとんど頭に入っていなかった。授業には遅れ、先生に怒られていたが、そんなのも頭に入らず…。


(いや、さっきのあれ何……?)


 恋しろだの、付き合えだの、あの黒石漆音が言った。それが一番理解不能だった。

 なぜ急にあんなことを?ラブコメ作家だとはいえ、別に恋してもしなくてもいいだろうに。というか、俺自身勝手にしていることなのに。

 ぼーっと授業を聞いていたら、いつの間にか放課後になっていた。頭に何も入ってきてなかったが、クラスメイトが「塚ちゃん、部活行かないの?」と言う言葉でハッとして飛び上がる。放課後の部活——吹奏楽部の活動に行かなければならない。

 俺はトランペット担当。幼馴染の谷浜愛莉はフルート。


「蒼志〜!はやくはやく!」

 部室前で愛莉が手をぶんぶん振っていた。今日も元気だ。いや元気すぎる。


「別に遅れてねえだろ」

「だって一緒にセッティングしたいじゃん!ほらほら!」

 こんな調子だが、部の中でも評判の美少女。なのに天井を見て歩いてぶつかったり、逆方向に一直線に走っていったりする、救いようのない天然でもある。


「ねえねえ、なんか今日、蒼志がすごく人気だったらしいじゃん?」

「……何を誰から聞いた」

「クラスの子〜。『美少女と一緒に登校してた』って」

 ……黒石のことだ。


「別に彼女とかじゃないから」

「ふぅん?(ニヤニヤ)」

 愛莉が変な笑顔で俺を見る。やめろ、そういう目。


 ◇  ◇  ◇


 部活が始まり、アップをして、基礎合奏をやって、合わせに入る。

 マーチの練習をしていたが、フルートのメロディと、俺の後打ちのリズムが重なるところがあって、愛莉はそこを嬉しそうに見てくる。


(なんだよ、その顔)


 漆音にあんなことを言われ、愛莉は愛莉でいつもより距離が近い。俺の心はまるで忙しいパーカッション譜面みたいに落ち着かない。


「——はい、今日の練習はここまで!」

 顧問の声が響き、部員たちは片付けに入る。


「ねえ蒼志」

「ん?」

「今日、一緒に帰ろ?……話したいこと、あるから」


 心音がいつもの天然じゃない、真面目な声で言った。

(珍しいな……何だ?)


 ◇  ◇  ◇


 帰り道。夕焼けが街をオレンジ色に染めている中、二人で並んで駅まで歩く。


「……で、話って?」

「うん。……と、その前に一個質問! 蒼志、さっき言った美少女さんと仲いいの?」

「仲良いってほどじゃ……昨日知り合ったし」

「昨日!?」

 愛莉の目が丸くなる。


「で、でも、すっごく仲良さそうだったって聞いたよ?」

「いや、あれは……勝手に家の前に来てただけだよ」

「か、勝手に!? 家の前に!?そんなの、好きじゃないとやらないよ!」

「いやアイツはそういうタイプの……説明しにくいんだよ!」

 俺が言い訳すると、愛莉は小さく息を吐いた。


「……そっか。でもね、わたし……その美少女さんに負けないから」

「は?」

「だって、わたしも蒼志のこと……ずっと好きだったし!」

「えっ」

 いつもの天然笑顔じゃなく、照れながらも真っ直ぐに俺を見てくる。


「それに……ほんとは今日、言うつもりじゃなかったんだけど」

 愛莉はスマホを取り出す。


「わたしね——これ、やってるの」

 画面に映ったのは、小説投稿サイトの佳作に受賞した作品。そして作者名<谷浜愛莉>。いつも愛莉が俺の小説にコメントをするために使っているアカウントだ。そのアカウント名で書かれた小説が佳作だが受賞していることに驚いて俺は固まる。


「私、小説書いてるの。蒼志に影響されて、ずっと。でも……毎回、ある作家さんに負けちゃうんだよね」

 愛莉はそこだけ濁す。負けるのが嫌だからか、言いたくないのだろう。


「ね? ド天然とか言われているけど、そこだけは努力してたんだよ?」

 笑っているけど、少し涙が滲んでいる。


「だから……言っとくね。わたし、蒼志のこと、ほんとに好き。小説家としても、幼馴染としても、ずっと隣にいたいって思ってる」


 夕焼けが赤く滲む中、愛莉はぷるっと震えた声で、最後に言った。

「だから……お願い。あの美少女さんだけじゃなくて、私も、ちゃんと見て」


 俺の平穏な日常が、終わりつつあると言うことが、もう少し先にわかると言うことをまだ知らないまま、俺は戸惑っていた。

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