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第3話 ラブコメ作家は恋しなきゃ!

 ようやく帰って来られた俺は、まずは部屋のPCへと向かい、小説を書き始める。まずはと言ってもこれしか家ではやっていないが。

 キーボードを叩き始めて数分たつと、妹がドアを開けてひょこっと顔を出した。またいつものだ。


「お兄ちゃん、お母さんが“Wi-Fi使いすぎると切るぞ”って言ってたよ」

「はいはい、わかったから帰れ帰れ」

「そう言って毎回切られて、こっちが迷惑なんだよね……。ほんと使いすぎないでね?」

「…お前も動画見すぎんなよ」


 妹が「お兄ちゃんがいつもいっぱい使ってるから…」と言いながら去っていき、ようやく静かになった。……まあ、半分以上俺が原因なのは確かだけど。

 PC画面に集中しようとした、その時だった。ピコンッと通知音が鳴る。スマホを見ると、DMに新着。


『周よ、無事に戻ったか』

 来たか。いつか来ると思っていたが、結構早い段階だな…。てか、俺の名前は蒼志だ。

『とりあえず帰った』

『ならば次の章に取りかかるといい。世界は止まってはくれない』

『次の章ってなんだよ?』

 ツッコミながらも返信してしまうあたり、俺も順応してきてるのが怖い。まだDMは止まらない。


『ところでお前の属性は決めたのか?』

『決めた覚えねぇよ』

『無属性は雑魚だぞ』

『辛辣すぎるだろ!』


 この調子でDMが10件、20件、30件……そろそろ指が疲れてきた。と、そのとき。


「うわっ、切れた!!」

――Wi-Fiが死亡した。PCの接続アイコンはバツになり、スマホは電波モードになる。こうなると、スマホしか使えないので是非ともやめてほしいが…。


「お兄ちゃーん、ご飯ー!」

 そういえば、今日の分の小説をまだ完璧に書けてない…。帰ってすぐPCを開いたのも小説を書くため。現在時刻十九時。いつも投稿している時間も十九時。……あいつのせいで、完全に詰んだ。


 ◇  ◇  ◇


 ご飯を食べ、風呂に入り、部屋に戻るとようやくWi-Fiが再開された。ひとまず、小説は明日に回して、スマホを開くと、通知がとんでもない数になっている。


<新着DM:531>


「いや多すぎだろ……」

 そう呟きながら、恐る恐る開く。


『返答がない。まさか、落ちたのか?』

『落ちるのであれば落ちると言え』

『周よ、生きているなら応答せよ』

『死んだか?』

『誰かに魂を喰われたのか?』

『無視するな』

『返事しろ』

『おい』


「おいってなんだよ……」

 心配してくれてるのはわかるがちょっと、口調が……。そんななか、まだDMがたくさん来るので、返信しようと指を動かした瞬間——


『もういい。明日周の家へ向かう』

「向かうな!!」

 そう叫びながら、すぐに送ったが、既読はつかないまま、隣から「お兄ちゃんうるさいよ」と言う声が聞こえる中、だんだんと、夜は更けていった。


 ◇  ◇  ◇


 眠気と不安を抱えつつ家のドアを開けた瞬間、俺は固まった。


――いる。


 家の前に。黒石漆音が、制服姿で静かに立っていた。……、しかしこう見ると、ただの美少女なんだよな……。


「……おはよう、周」

「いやいやいやいや!! なんで家知ってんの!?あと、俺は蒼志だ。」

「調べればすぐわよ」

「すぐ調べるな!!」

 口調こそ、周りを気にしてか、これが表の顔なのかは知らないが、普通だ。だが、話している内容がちょっとやばい。

 そして、近所の方々の視線が痛い。しかも噂好きの知り合いのおばさんが近くを犬の散歩で……。朝から謎の美少女と一緒にいる男子として認識され、瞬く間に近所の親同士で拡散されるのだけは避けたい。


「行くよ、時間ないから」

「どこにだよ」

「決まっているでしょ、学校に」


 それはそうなんだけど、その“当然”みたいな顔、やめろ。結局流されるように玄関を閉め、並んで歩き出す。


「……あのさ、漆音」

「なに?」

「その話し方はなんだ?」

「こ、これは……、普段の私だ。これが普段の黒石漆音」

 表ではこれで、裏では厨二病。こんな美少女、他にはいるだろうか……。


「……昨日、心配かけたな」

 昨日、心配してか500件以上のDMを送りつけられたことを思い出し、言う。


「……当たり前だ。返信がないから心配した」

「心配の仕方がちょっと重いけどな」


 漆音は聞こえているのかいないのか、淡々と前を見つめて歩き続ける。俺の“普通の朝”は、また一つ消滅した気がした——。


 ◇  ◇  ◇


 しばらく歩いていると、またこれは知り合いの近所のおばさんとすれ違った。こちらを見た瞬間、目が見開かれる。


「あらまあ……蒼志くん、彼女さん?」

「ち、違います!」

「べ、別に否定されても困るんだけど……」


 黒石が小声でむくれ、おばさんは満足そうに去っていった。今度は向こうから同じクラスの男子三人が歩いてきて——。


「おい見ろよ、蒼志じゃん」

「お前いつのまに彼女作ってんだよ!」

「これが噂の叫んでた美少女か……?めちゃ可愛いじゃん!」

「違うって言ってるだろ!!」

 俺が否定するほど、周りは勝手に盛り上がる。黒石はというと、何故か、どこか誇らしげに見えた。やめてくれ、本当にやめてくれ。俺のライフを某立方体ブロックで埋め尽くされたあのゲームで例えると、0.5くらいだ。


 ◇  ◇  ◇


「じゃあ、私はあっちだから」

「え…!年上…!?」

 三年の教室の方を指差してそう言う漆音は俺の言ったことに驚いていた。


「知らないのか?風紀委員の副委員長にして、委員長の仕事を押し付けられても尚、仕事を続ける根性強い黒石漆音という存在を」

「知らねえって、というか、敬語じゃなくていいんですか…?」

「別にいいわよ、蒼志と私は友達だもんね。それじゃあ、また帰りにでも会おう」


 そう言えば、出会ってから一日も経っておらず、お互いのことをまだ知らない筈なのに、住所は特定され、クラスも大体特定されている俺は、なぜか、あの清楚系と見せかけている厨二病の事をもっと知りたいと思ってしまった。

 そして、俺が入って行った教室にはニヤニヤしながら待ち構えている男女複数名の姿が見えた。


 ◇  ◇  ◇


「お〜い、蒼志、ちょっと用あるから来て」

 昼休み。昼飯も食べ終えて、教室の隅で一人、パソコンをカタカタいわせながら小説を書いていたら、漆音の声が聞こえた。……やっぱり、俺のクラスバレてたか。

 朝、漆音と一緒に登校しているところを見られたせいで、クラスの連中が待ち伏せしてきて質問攻めにしてきた。そのせいで、今や俺には「謎の美少女の彼氏疑惑」が浮上している。だからこそ──こうして昼休みに彼女が俺を呼びに来るのは、正直ちょっと困る。


「なんだ?」

「いいから来て!」

「……分かった」

 そうして、また鍵が開けっぱなしになっている屋上へと連れて行かれる。


「何の用だ?」

「おい、聞いたぞ。と言うか見たぞ貴様」

「?」

「これだ」

 そう言って見せてきたのは俺の小説の一通のコメント。『恋してない小説家でもラブコメかけてるんですね』というコメントだった。多分これは、幼馴染が送ってきた皮肉的なコメントだろう。時期的にも、仲がよろしくなかった時と重なる。


「ああ、これは幼馴染が送ってきたコメントで……」

「……ラブコメ書いてるやつが、恋してないなんておかしいでしょ」

「……は?」

「ラブコメ作家は恋しなきゃ!」

 何を言いたいのかが意図をつかめん。ラブコメ書いてるやつが別に恋しなきゃなんて言う法律も憲法もないから、人に言われる筋合いはないんだが?


「我と……、私と、恋仲になっては見ないか」

 そうかそうか、彼女が一回もいなかった俺を罵って……え?

「お前、今なんて言った?」

「ラブコメ作家は恋しなきゃ!だから私と付き合ってみてもいいよって言ってるんだよ!」

「ええええええええええ!!」

 俺の叫び声が、同時になる昼休憩の終わりを告げるチャイムと共に校庭に響いた。

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