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第2話 厨二病小説家と仲良くなっちゃった

 とりあえず午後の授業を受けることになったが、正直なところ内容なんて一文字も頭に入ってこない。

 黒石漆音とのあの謎すぎるやり取りを誤魔化して解散したあと、教室に戻った瞬間からずっと目の前がこの状況だ。


「なぁ塚ちゃん、あの美少女なんだったの?」

「てか、あの絶叫は何? 呼ばれてたよな?」

「塚ちゃんついに彼女できた説、濃厚!」

「違う、全部違う! あいつが誰だか俺が詳しく聞きたいわ!」

 必死に否定しても、うちのクラスの拡散スピードはSNS並み。“謎の美少女を叫ばせた男”みたいな扱いになりつつある。是非ともやめて頂きたいが。

 しかもこの時間の授業は、よりによって“怒ると本気で怖い”ことで有名な先生だったのである。


「おい! お前ら先生の話聞いてんのか!」

 怒号が飛ぶが、俺の周囲は完全無視で質問攻めを続ける。


「で? どこで知り合ったの?」

「結構可愛かったよなぁ、あの子」

「連絡先交換してんの? してるんだろ?」

「知らねぇっつってんだろ!! 俺がむしろ教えてほしい!!」

 やっと黙ってくれたかと思った瞬間、机の上でスマホが小さく震えた。……今授業中だよな?画面をちらっと見る。そこには、見覚えのある名前。<黒笹漆音>

嫌な予感しかしない。


 開いたDMの欄には——

『目覚めはまだか、我が契約者よ』

『返答せよ。儀式の刻は迫っている』

『拒絶するな。お前の力は既に覚醒している』

(覚醒してねーよ!!)


 危うく声が出かけて、慌てて口を手でふさいだ。先生の視線が飛んでくる。やばい。その直後にもDMが追加で届く。

『放課後、来い。儀式の準備は整った』

『遅れるな。我が従者よ』

 誰が従者だ。そんなのに俺はなったつもりはねえが。さっき偉大なる先生様とか言ってただろうが。てか儀式って何だよ。

 俺はもうスマホを閉じて、ただひたすら“無視”を決め込んだ。相手にしたら負けな気がするした。

 ──そして放課後。帰り支度をして廊下に出た瞬間、俺は固まった。窓から差し込む夕陽の中、黒石漆音が壁にもたれて待っていた。

 長い黒髪が光を反射して綺麗なのに、口を開けば世界観がどこか異世界寄り。


「……遅いぞ。早くいくぞ」


 うわ、本当に待ってた。

 周囲の同じ学年の生徒が「え、誰?」「あの子めっちゃ美人じゃね?」とざわざわし始める。

 漆音は一歩、こちらに近づいた。


「さあ、行くぞ。儀式の時間だ」

「いや行かない! そもそも儀式って何!? 説明しろって!」


 逃げようとした瞬間、袖をつままれた。力は弱いのに、やけに拒絶しづらい。


「……拒むな。来てほしい。大事な話がある」


 さっきまでの厨二病全開な口調とは違い、

最後の言葉だけは妙に素直で、静かだった。

 そのギャップに、俺は一瞬だけ動きを止めてしまい、こいつ(厨二病美少女)の言われるがままに、その儀式とやらを行う場所へと連れて行かれた。


 ◇ ◇  ◇


 おかしな厨二病に袖をつままれたまま、俺は半ば強制的に階段で上へ上へと連れていかれた。


「どこ行く気だよ。帰りたいんだけど」

「屋上だ」

「いや、屋上は鍵かかってるだろ。毎日先生が見回って——」

「問題ない」


 問題しかないだろ。そう思いながら階段を登り切ると、見慣れた屋上前の鉄扉が現れた。そこにはいつも通り「立入禁止」と書かれた札。そして……

ガチャ。え?


「……開いたんだけど」


 俺の声がかすれた。鍵があるはずの位置には鍵穴だけがぽつんと光っている。え、鍵掛かってねえの!?


「えっ……いや、なんで……?」

「我が道は常に開かれる。そういうことだ」

「いや説明になってねぇよ!」


 漆音は屋上に勝手に侵入することにまったく悪びれもせず先に屋上へ出た。夕焼けの光が差し込んで、風がふわりと彼女の髪を揺らす。ただ、さっきまでの謎ワードまみれの言動とは裏腹に——ほんの少し、寂しそうにも見えた。

 俺が怪訝に思っていると、漆音はくるりと振り返って言った。


「……来い。儀式を始める」


 やっぱり儀式なんだ……。俺は半ばあきれながら屋上に出た瞬間、その厨二病は大事そうに抱えていた黒いノートを差し出してきた。


「これが……我が“記録書”だ」

「厨二ノートだろ、それ」

「記録書だ」


 強気だな。こう言うの俺も書いたなぁ。見せられる人も居ないから、こいつにとっては俺に見せられて嬉しいのだろうか。

 そう思って、そのノートを開いた瞬間、俺は思わず言葉を失った。中身が……すごい。ただの痛いだけの設定集じゃない。

 登場人物の関係図、世界観の年表、魔法体系の理論、台詞の草稿、感情の流れ……

びっしり書かれているのに、全部読めるほど綺麗な字で、構成も妙にプロっぽい。


「え……普通に面白いんだけど、これ」


 俺がつぶやくと、漆音はぴくりと肩を揺らした。


「そうだろうね」

「ていうかクオリティ高すぎない? これ、もう作品じゃん」


 ページをめくるたび、俺の胸のなかの“厨二美少女への警戒”が、“本気の創作者への尊敬”に変わっていく。

 漆音は少しだけ視線をそらし、風に髪を揺らしながらぽつりと言った。


「……当然だ。私は黒笹漆音だからな」

「俺の小説を見ているだけのやつが何言って…」

「黒笹漆音。本当にこの名前知らないのか?」


 よく考えてみたら、黒笹という名前の人が流行っていると言うのは幼馴染から聞いたことがある。小説投稿サイトで最近バズりまくってる超人気作家。高校生らしいが素性はわからず、だが、アニメ化されると言う噂まであると言うのは聞いたことがあったが…。


「ちょ、ちょっと待てよ。黒笹って、あの黒笹?アニメ化するとかしないとかの噂されてたりしている?」

「そうだが? お前、逆にその黒笹以外の誰だと思ってたんだ?」


 本気で怒ったように眉をひそめてくる。


「知らないよ!俺はただの一般人だし!!」

「はぁ……まったく……。同じ学校の者で私を知らぬとは、愚かにもほどがある」

「知らないもんは知らねぇよ!!」


 漆音はため息をつきつつも、どこか少し安心したような顔で俺の反応を眺めていた。


「……まあいい。知らぬなら、これから学べ。我が世界を、お前に預ける」

「預けなくていいから!!」


 夕陽のなか、風の音だけが響く。変な厨二美少女の正体は、有名作家。俺は要するにこのおかしな有名作家のお気に入りの小説家だったと言うわけであるのか。


「なあ、なんで、お前は俺の小説が好きなんだ?」

「え…。それは…」


 言うのが恥ずかしいのか、黙りこくって、視線を逸らした。


「てか…、お前厨二病設定どうした?」

「…!わ、我のことをお前となんかいうな!漆音と、そう呼んでおけ。厨二病設定なんかじゃない、厨二病だ」

「ついに自分で認めたか」

「…おい、さっきの空気感かえしやがれ」

「お前がさっきから厨二設定忘れてたからだろ」

「だから漆音と呼べ、周」

「俺の本名は蒼志だぞ。」

「とにかく、蒼志。お前はたった今から私の契約者となれ!」

「は?」


 何急にこの子。何を考えているのかが分からん。漆音は胸の前で拳を握り、夕陽に照らされながら言い直してくる。


「要するに友達になりなさい!」

「別にいいが、その変な設定、まさか周りで言いふらして、お前省かれてないだろうな?」

「わ、私はいつもは真面目な生徒なので…!」

「お前が真面目に見えないわ」


 そう言って、すでに周りで部活動が始まっている中、屋内へと戻る。


「宮原周!」

 急に叫ばれ、俺は振り返る。

「これからよろしくな」

 厨二病で、だけど有名作家。だけど度々厨二病が抜けて可愛い一面もあるんだな。そう思いながら俺は彼女に向かって笑ってこう言ったのであった。

「ああ、よろしくな漆音!」

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