偽りの魔力、真実の覚悟
ユルゲン王は、あくまで魔力を持つ者を連れてこいと言い続けるかと思われた。だが、意外にも「それでは我が国の使者を、キャリントンの領都まで派遣するから、その場で見分させてもらおう」と、その要求で妥協した。
しかし、その使者が曲者だった。一個中隊ほどの軍が、堂々とキャリントン領へと進駐してきたのだ。領民たちは、突然やって来た他国の軍隊に、ひどく動揺した。畑仕事をする手も止まり、人々は家の中に閉じこもった。一方、ダベンポート王国の軍も、万が一に備え、キャリントン領のすぐ外側に静かに布陣していた。
領都キャリントンシティのすぐ外に陣を張るシュタインベックの派遣軍は、三百名ほどの歩兵と軍属からなる集団だった。彼らは、食料や物資を、周辺の村や町から相場の倍ほどの高値で買い取った。最初は戸惑っていた領民も、そのうちに商売に精を出すようになり、町民の評判は悪くなかった。不穏な空気は変わらないまま、人々の暮らしには、かすかな潤いがもたらされていた。
そして、シュタインベックの使節は、魔力を持つ者が、ダベンポート王国の王太子アーサーの婚約者、アマンダ嬢であると知ると、さすがに人質にできない理由を悟った。その事実は、すぐにユルゲン王へと伝えられた。
アマンダは、使節と対面し、女神との邂逅について、静かに語った。
「女神は、二度と人間に魔力は与えない、と仰せでした。魔力は、人には過ぎた力であったと、そう仰せです」
アマンダの言葉は、まるで澄んだ泉の水のように、淀みなく流れていった。その言葉は、彼らの心に、どれほど響いたのだろうか。アマンダは、ただ静かに、使節の表情を、じっと見つめていた。
シュタインベックからの使節は、古びた魔道具を取り出した。それは、魔力測定のためのものだという。
「この魔道具に魔力を流していただきますと、アマンダ様がお持ちの魔力の量が、色の違いとして視覚化されます。我々は、それによって安心したいと思っております。失礼は承知でお願いをしております」
その魔道具が、今でもちゃんと動くのか、はたまたただの古い骨董品なのか、誰も知らなかった。だが、彼らには、これしかなかったのだろう。
アマンダは、言われるままに、その魔道具にそっと手を載せた。
(私は魔力を持たないはずなのに……)
そう、アマンダは魔力を持たない。だが、ウェンディが、事前に彼女に若干の魔力を授けていたのだ。
「そんな魔法もあるんだ」
アマンダが驚きに目を見開くと、ウェンディは、ふっと微笑んだ。
「女神から教わった魔法の一つよ。アマンダは魔力の本来の持ち主ではないから、すぐに消えてしまうけど、使節が滞在している間くらいは持つかしら」
ウェンディは、まるで不思議なことをしたように思っていないようだった。
「昔は、大魔法を行使するときに、一人の魔法使いに魔力を集めたりもしたらしいわ。これは、図書室の古い魔導書に書かれていたの」
アマンダは、ウェンディが、自分のために、そこまで勉強してくれていたことに、心から感動した。
「ウェンディは、本当に、よく勉強しているわね」
アマンダが感心したように言うと、ウェンディは、照れたように答えた。
「だって、自分のことだから」
アマンダの手から流れた魔力で、魔道具は、かすかに色を放った。それは、まるで、遠い昔の物語が、今、再び動き出したかのようだった。




