二つの伝説、二つの正義
だが、アマンダは、その言葉の裏に、かすかな不安を感じていた。女神は、これからどんな危険が、二人に訪れるのか、すべて知っているかのようだった。
キャリントン領の奥地は、人が足を踏み入れることを拒むかのような大森林となっていた。女神の泉も、そしてモアナ族の集落も、この森の懐深くに抱かれている。この大森林は、国境を越え、隣国シュタインベック王国にまで広がっており、国境線は森の中ではいささか不明確になっていた。
この大森林を人が越えるのは大変なことで、道も整備されていないため、キャリントン領とシュタインベック王国との間には、ほとんど人の行き来がなかった。しかし、大森林を通じて繋がっているせいもあり、シュタインベック王国でも、女神信仰が根強く残っていた。そして、そこに伝わる伝説は、キャリントン領のものとよく似ていた。
ただ一つ、決定的に違うところがあった。シュタインベックの伝説では、魔法を封じたのは、女神ではなく悪魔だった。悪魔が魔法を手に入れたために、人々から魔力が奪われた。だから、悪魔さえ封じられれば、魔法は復活するというのだ。
「キャリントン領側から、女神の神殿にたどり着いた者がおり、女神から魔力を下賜されたらしい」
その噂は、シュタインベック王国の宮廷を、焦燥に駆り立てていた。情報源は、どちらの国にも属さない、大森林を自由に行き来するモアナ族だった。彼らを通じて、ウェンディとアマンダが女神と邂逅したことは知っていたが、情報が少なく、エスメラルダ王国へも、情報提供を依頼する使者が立っていた。
シュタインベック王国は、キャリントン側から大森林が焼き払われ、大軍が押し寄せるような、ありもしない幻想を抱いていた。彼らは、魔法という力を、かつてのように戦争の道具としてしか考えられなかった。平和な世界を築こうとするアーサーたちの思惑など、彼らの頭の中には、一片たりとも存在しなかった。
シュタインベック王国からの情報が、早馬でキャリントン公爵の元へ届けられた。国内では、すでに戦争準備が始まっているという。魔法戦になった場合に備え、対抗しうる大火力兵器の準備をしている、とのことだった。
公爵は、すぐに王都へも早馬を出し、自領でも戦争準備を始めた。
「相手は、無知による恐怖で動いているに過ぎない」
公爵は、そう言い放ったが、何も用意のないところに攻め込まれれば、多くの民を巻き込むことになる。だから、準備だけは着々と進めた。
そして、シュタインベック王国に特使を派遣することが決まった。大森林を経由せず、迂回路からの訪問となるため、到着には半月はかかるだろう。特使として派遣されるのは、公爵子息のジェームズと、副騎士団長のリヒターだった。リヒターが選ばれたのは、彼がシュタインベック国の出身であり、何より、女神との邂逅に付き添い、その詳細を誰よりも知る人物だったからだろう。護衛の兵士たちを伴い、十数名での旅路となった。
「魔法は、命を活かすために使うもの」
ウェンディが女神から教わった言葉を、ジェームズは心の中で反芻していた。平和を願う言葉と、戦争への準備。二つの想いが交錯する中、ジェームズは、友のリヒターと共に、隣国へと旅立った。
シュタインベック国王ユルゲンは、国防の備えを急がせていた。かつて行われていた、魔法を使った戦争の記憶が、大森林を隔てた隣国キャリントンで「魔女」が誕生したという情報と合わさって、とんでもない危機感を生んでいたのだ。




