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ライバル

 秋風が立つ頃になると、貴族の子弟と、希望する平民の子弟を対象に、マナー講座が開かれることになった。挨拶の仕方、ダンス、来客のもてなし方など、貴族社会で生きていく上で必須となる作法を身につけるための時間だ。男性から女性へ、あるいは女性から男性へ。高位貴族から下位貴族へ、そしてその逆もまた然り。場面に応じた無数の決まりごとを、商家の子弟たちは、みな頭を抱えながら習得しようと努めていた。


 アマンダは一応、伯爵家の娘である。物心ついた頃から、母のローラから、実地に、そして遊びの延長のようにして教えられてきたので、基本的な作法は身についていた。ただ一つ、王族に対するマナーだけは、実際に経験したことがなかった。この機会を逃す手はない。アマンダはそう思い、マナー講座の休憩時間を見計らい、第三王子であるアーサーの元へ向かった。


 アーサーは、少し驚いたようにアマンダを見つめた。アマンダは、にこりと微笑むと、教わったばかりの、少しぎこちないカーテシーをしながら、はきはきと告げた。

「アーサー殿下、ジェンキンズ伯爵家のアマンダと申します。王族の方とは、この学校へ来てから初めてお目通りが叶いましたので、失礼なことがあるかと思います。つきましては、お猿にでも教えると思って、王族に対するマナーをご教示いただけますでしょうか」


 それを聞いたアーサーは、最初は目を丸くしていたが、やがて腹を抱えて大笑いし始めた。

「アマンダ嬢は面白い子だと聞いてはいたが、聞きしに勝る面白さだね。まさか君が猿だとは知らなかったよ!」

 からかわれたことに気づいたアマンダは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 すると、その様子を見ていたウェンディが、ふふっと上品に笑いながら、アマンダに寄り添った。 「アマンダ様、ご自分から猿だなんておっしゃるから、殿下もついからかってしまうのでございますわ」 そう言ってウェンディは、アマンダの肩をそっと優しく叩いた。その眼差しは、ほんの少しだけ、いたずらっぽく光っていた。


 顔を真っ赤にしたアマンダは、それでも、はっきりと答えた。

「アーサー殿下、わたくし、猿並みにマナーを知りませんので、人間として見ていただけるようにお教えいただけたら嬉しいなと思っただけです」


 その言葉に、アーサーはまた、にこりと楽しそうに微笑んだ。

「なるほど、そういうことか。面白いな、アマンダ嬢。よし、わかった。じゃあ、いろいろ教えてあげよう。まず、僕が令嬢をエスコートするときは、こうするんだ」

 そう言うと、アーサーは唐突に、アマンダの手をそっと取り、自分の腕に絡ませた。


「殿下…」

 思いがけない行動に、アマンダは一瞬戸惑った。だが、元来のおおらかな性格が勝り、すぐに戸惑いは消え失せた。初めて体験する王子のエスコートに、アマンダの心は弾んだ。その日一日、アマンダは、まるで物語の主人公になったかのように、王子のエスコートを心から楽しんだ。


 そんなアマンダを、ウェンディは悔しそうな顔で見ていた。まさか、自分の目の前で、アマンダがこれほどあっさりと殿下の懐に飛び込んでいくとは。ウェンディは、してやられた、という顔をしていた。だが、夢中になってアーサーの話を聞いていたアマンダは、その視線に全く気づかなかった。


 その日のマナー講座は、アマンダにとって、挨拶とエスコートを王子から直接教わる、特別な時間となった。そして、王子との別れ際にアマンダは、次回はダンスのステップを教えてもらう約束まで取り付けてしまった。こうして、アマンダと第三王子の物語は、ほんの少しずつ、特別なものへと変わっていった。


 アマンダとアーサー王子が日を追うごとに親密になっていく様子を、ウェンディは焦燥の入り混じった眼差しで見ていた。本来、その場所にいるべきは自分のはずだ。父から何度も聞かされた、「おまえが第三王子の婚約者となるのだ」という言葉が、まるで呪文のようにウェンディの耳元で木霊する。その重圧が、ウェンディの心をじりじりと締め付けていく。


 ウェンディの焦りは、やがてアマンダにきつく当たる、という形で表面化し始めた。些細なことで小言を言ったり、からかうような口調で接したり。だが、アマンダはまるで気にする様子がなかった。ウェンディの嫌味も、遠くで鳴くカラスの鳴き声のように、右の耳から左の耳へと通り過ぎていく。


 これを、鈍感と見るべきか、それとも揺るぎない自信と見るべきか。ウェンディは、後者だと解釈した。アマンダは自分とは違う。伯爵家の末娘として、惜しみない愛情を注がれて育った彼女は、自分の中に確固たる自信を持っているのだと。そう思うと、ウェンディの焦りはさらに募った。


 この時点では、何も焦る必要などなかったはずだ。第三王子はまだ年若い少年であり、婚約者が決まるなど、まだまだ先のこと。アマンダだって、ただ王子との交流を楽しんでいるだけで、特別な感情を抱いているわけではない。


 それなのに、ウェンディは自ら焦り、自縄自縛の罠にはまり込んでいった。彼女は、王子の心を手に入れることではなく、アマンダを打ち負かすことばかりを考えるようになっていた。そして、そのことが、彼女自身の魅力を、少しずつ蝕んでいくことに、この時のウェンディは、まだ気づいていなかった。


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