思惑のウェンディ、無垢のアマンダ
王立学校には、もう一人、誰もが振り返るような娘がいた。ラッセル侯爵家のウェンディ嬢である。本来なら、高位貴族の子弟が集う貴族学園にいるはずの彼女が、なぜここにいるのか。その理由は、誰の目にも明らかだった。学園内で第三王子の次に高い爵位を持つ彼女は、常にその立場を意識しているようだった。気立ては悪くないのだが、どこかいつも、肩に力が入っているような感じだった。
伯爵令嬢であるアマンダには、同じ貴族の娘同士ということで、ウェンディはよく声をかけてきた。しかしその態度には、どこか友情とは違う、奇妙なものが含まれているようにアマンダは感じていた。それは、同じ舞台に立つ、競争相手を見定めるような視線だ。アマンダはすぐに察した。おそらくウェンディの父親は、彼女に「第三王子を籠絡し、何としても婚約者の座を手に入れてこい」と命じたのだろう、と。
アマンダは、そんなウェンディを気の毒に思うとともに、どこか他人事のように眺めていた。「大変だなぁ。でも、頑張ってね」と、心の底では応援してあげようとさえ思っていた。
後から振り返れば、この時、もしウェンディがアマンダに、もっと素直に「第三王子の婚約者になるミッションに協力してほしい」と打ち明けていたら、二人の、そして第三王子の未来は、まったく違うものになっていたのかもしれない。アマンダは、その頼みを快く引き受けただろう。そして、ウェンディはきっと、アマンダの素直さ、まっすぐな心に触れて、少しずつ変わっていったに違いない。だが、この時のウェンディには、そんな発想はなかった。彼女は、与えられた使命に、ただひたすら真っ直ぐに向き合っていた。それが、彼女自身の心を、どれほど縛り付けているかにも気づかずに。
秋風が立つ頃になると、貴族の子弟と、希望する平民の子弟を対象に、マナー講座が開かれることになった。挨拶の仕方、ダンス、来客のもてなし方など、貴族社会で生きていく上で必須となる作法を身につけるための時間だ。男性から女性へ、あるいは女性から男性へ。高位貴族から下位貴族へ、そしてその逆もまた然り。場面に応じた無数の決まりごとを、商家の子弟たちは、みな頭を抱えながら習得しようと努めていた。
アマンダは一応、伯爵家の娘である。物心ついた頃から、母のローラから、実地に、そして遊びの延長のようにして教えられてきたので、基本的な作法は身についていた。ただ一つ、王族に対するマナーだけは、実際に経験したことがなかった。この機会を逃す手はない。アマンダはそう思い、マナー講座の休憩時間を見計らい、第三王子であるアーサーの元へ向かった。
アーサーは、少し驚いたようにアマンダを見つめた。アマンダは、にこりと微笑むと、教わったばかりの、少しぎこちないカーテシーをしながら、はきはきと告げた。
「アーサー殿下、ジェンキンズ伯爵家のアマンダと申します。王族の方とは、この学校へ来てから初めてお目通りが叶いましたので、失礼なことがあるかと思います。つきましては、お猿にでも教えると思って、王族の皆さまに対するマナーをご教示いただけますでしょうか」
それを聞いたアーサーは、最初は目を丸くしていたが、やがて腹を抱えて大笑いし始めた。
「アマンダ嬢は面白い子だと聞いてはいたが、聞きしに勝る面白さだね。まさか君が猿だとは知らなかったよ!」
からかわれたことに気づいたアマンダは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
すると、その様子を見ていたウェンディが、ふふっと上品に笑いながら、アマンダに寄り添った。 「アマンダ様、ご自分からお猿だなんておっしゃるから、殿下もついからかってしまうのでございますわ」 そう言ってウェンディは、アマンダの肩をそっと優しく叩いた。その眼差しは、ほんの少しだけ、いたずらっぽく光っていた。
顔を真っ赤にしたアマンダは、それでも、はっきりと答えた。
「アーサー殿下、わたくし、猿並みにマナーを知りませんので、人間として見ていただけるようにお教えいただけたら嬉しいなと思っただけです」
その言葉に、アーサーはまた、にこりと楽しそうに微笑んだ。
「なるほど、そういうことか。面白いな、アマンダ嬢。よし、わかった。じゃあ、いろいろ教えてあげよう。まず、僕が令嬢をエスコートするときは、こうするんだ」
そう言うと、アーサーは唐突に、アマンダの手をそっと取り、自分の腕に絡ませた。
「殿下…」
思いがけない行動に、アマンダは一瞬戸惑った。だが、元来のおおらかな性格が勝り、すぐに戸惑いは消え失せた。初めて体験する王子のエスコートに、アマンダの心は弾んだ。その日一日、アマンダは、まるで物語の主人公になったかのように、王子のエスコートを心から楽しんだ。
そんなアマンダを、ウェンディは悔しそうな顔で見ていた。まさか、自分の目の前で、アマンダがこれほどあっさりと殿下の懐に飛び込んでいくとは。ウェンディは、してやられた、という顔をしていた。だが、夢中になってアーサーの話を聞いていたアマンダは、その視線に全く気づかなかった。




