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陽だまりの乙女と運命の門出

この物語は「ライバルはやがて親友になる」を改稿したものです。

「おや、なんという愛らしさじゃ」

 ジェームズ・ジェンキンス伯爵の顔が、とろりと蕩けるようにゆるんだ。長らく待ち望んだ、待望の女の子である。三人の息子に恵まれ、それなりに満たされた日々を送ってはいたが、やはり胸の奥には、いつか可憐な娘の笑い声をこの館に響かせたいという秘めたる願いがあった。神よ、ついにこの祈りを聞き届け給うたか。ジェームズは、そっと小さな産声をあげたばかりの赤子を抱き上げ、その頬に自分の頬をそっと寄せた。

「アマンダ、アマンダと名付けよう」

『愛されるべき者』という意味をこめて、その子に与えられた名だ。


 その名にふさわしく、アマンダは惜しみない愛情を注がれて育った。三人の兄たちも、初めてできた妹に眼を細めた。

 長兄のウィリアムズは、若くして近衛連隊の少尉を務める美丈夫な武人である。その顔立ちは剣呑なほどに整っているが、鎧を脱いでアマンダを抱きかかえるときの眼差しは、子猫を見つめるように優しい。次男のピーターは、兄ほどではないが優れた文官として知られ、すでに父であるジェームズの補佐を担う切れ者だ。彼はアマンダに、この世界の仕組みや歴史を、物語のように面白おかしく聞かせてくれた。三男のアルバートは、まだ学生で成績は中庸ながら、朗らかな性格で誰からも好かれる人気者だ。彼といると、アマンダはいつも笑いが止まらなかった。


 そして、母のローラは、四人の子供を育て上げた肝っ玉母さんである。社交界では、そのたくましさとは裏腹に、刺繍の名人としてその名を知らぬ者はいない。王侯貴族への献上品や、大切な人への贈答品に添える刺繍を、皆がこぞって彼女に頼んだ。彼女の針仕事は、ただ美しいだけでなく、そこに込められた温かさや、送り主の想いを何倍にも膨らませる力があると言われた。

 アマンダも物心がつく頃から母に刺繍を習い始めて、王立学校に入る頃には簡単な絵柄の刺繍を刺せるようにはなっていた。


 アマンダは、そんな愛情の渦の中心で育った末っ子の女の子だ。おおらかで、時々ちょっぴり我儘を言ったりもするが、そのわがままも、兄や両親の深い愛に包まれていることを知っているからこそ。まるで陽だまりの中に咲く一輪の花のように、彼女の心は優しさと健やかさに満ちていた。


 さて、アマンダが八つになった年、ついに王立学校へ通うことになった。兄たち三人が皆通った、この地域の誰もが知る学校である。とはいえ、通っているのは主に平民や下級貴族の子弟たち。伯爵家の子女ともなれば、本来ならもっと上の学府へ進むのが常だ。だがジェームズ伯爵は、アマンダにはそうした場で揉まれ、自らの足で立つ力を身につけてほしいと願っていた。上級貴族の子は、とかく貴族学園へ通わせるか、あるいは家に家庭教師を招いて教育を施すことが多かったから、ジェームズのこの考えは、周囲からはやや変わっていると見なされた。


 しかし、今年は少し事情が違っていた。なんと王家から、第三王子がこの王立学校へ入学するというのだ。この知らせに、同じ年頃の娘を持つ貴族の家々は大騒ぎとなった。娘をこの学校へ入れるべきか否か。王子との縁を結ぶまたとない機会と捉えるか、それとも平民に混じることで娘の品位が損なわれると危惧するか。それぞれの思惑が交錯し、判断は真っ二つに分かれた。


 そんな世の騒動をよそに、アマンダはちっとも気に留めていなかった。王立学校へ通うこと自体は楽しみにしていたが、そこに王子がいるという事実に、なんの関心も持たなかったのだ。というのも、父であるジェームズ伯爵が、わざわざそのことをアマンダに告げなかったからだ。伯爵には、娘を王家へ嫁がせたいという野心など毛頭なかった。ただただ、アマンダがのびやかに、そして心豊かに育ってくれればそれでよかった。だから、アマンダはただ、「新しい友達ができるかな」と、そればかりを考えて、心弾ませていた。新しい学舎での日々が、どんな物語を紡いでいくのか、まだ誰も知らなかった。


 王立学校は、確かに平民と下級貴族の子弟が通う学校ではあった。だが、平民と言っても、そのほとんどは国の経済を動かす裕福な商家の子ばかりだ。そうした家から、下級貴族の家へ嫁ぐことはごく普通のことだったし、逆に下級貴族の中には、自ら商売を興したり、商家と共同で事業を行ったりする者も少なくなかった。だから、この学校は身分を超えた交流の場として、それなりの役割を果たしていた。


 一方、ジェンキンズ伯爵家のような中位の貴族は、立場が少しばかり複雑だ。公爵家や侯爵家といった上位貴族と肩を並べるには、財力も格式もいまひとつ足りない。かといって、子爵家や男爵家のように商売に力を入れるのは、家柄を重んじる世間体からいって憚られる。いわば、狭間に位置する、中途半端な貴族だったのだ。


 しかし、アマンダにはそんな家の事情も、身分というものも関係なかった。生まれ持った明るく、おおらかな性格は、学校でもすぐに皆の心をつかんだ。新しい友達を作ることに夢中で、学校生活を謳歌していた。もちろん、第三王子が同じ学年にいることも、やがて知ることとなった。だが、第三王子ともなれば、常に側近を侍らせているわけでもない。確かに、王族特有の濃い金髪と、吸い込まれそうな碧い瞳は、人目を引くには十分だった。それでもアマンダの目には、ただの「ちょっと目立つ、普通の男の子」としか映らなかった。その無邪気な認識が、やがて大きな波紋を呼ぶことになることを、この時のアマンダはまだ知らなかった。



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