表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

16 救出

 何かが壊れる音がした。ドンと大きなものがぶつかるような音もしている。俺は必死に瞑っていた目をそっと開けた。……スマホを持っていた男がいない。もう一人もいない。目の前にいた黒と金色の髪の男は後ろを向いていた。


「おまえは紫堂んとこの狂犬、……ぐがっ」

「汚い口を開くな」

「ひっ、な、なんでおまえが……。こんなガキのために、なんでおまえが出てく」

「黙れ」


 離れたところにスマホを持っていた男が倒れている。もう一人もその隣で仰向けに転がっていた。俺の顎を掴んでいた男は目の前で顔を蹴られた。何か言おうとしていたけど、口が変なふうに曲がってパクパク動いただけだった。


「遅くなった」


 目の前に金髪の人がいる。ボスの後ろにいた人だ。


静流(シズル)!」


 手足をグルグル巻きにしていたテープを金髪の人が取っていると、壊れたドアのほうから声がした。大好きな声なのに、俺の体はビクッと震えて強張った。


「……外で待っていてくださいと言ったはずですが」

「うるせぇ。ここまで来てんのに待ってられるか」


 ズンズン近づいてくるのはテレビで見たときと同じスーツを着た藤也(トウヤ)さんだ。その藤也(トウヤ)さんが見たことがないくらい怖い顔をしている。怖い顔のまま目の前にしゃがみ込んだ。


(すごく怒ってる)


 目がつり上がっているとか怒鳴るとかなくても、見たことがないくらい怒っているのがわかった。


(……俺が部屋を出たからだ)


 ボスが来たとき、勝手に部屋を出たことを怒っていた。俺は部屋を出たらダメだったのにまた出てしまった。しかも敵対する事務所に人に捕まってしまった。金髪の人がいるってことは綺麗なボスも俺が捕まったことを知っているということだ。


藤也(トウヤ)さんにもボスにも迷惑をかけた)


 役に立たないどころか迷惑をかけてしまった。こんな役立たずの俺のことをみんな怒っているに違いない。


(な、殴られる……!)


 ギュウッと目を瞑った。藤也(トウヤ)さんに怒られると思ったら、それだけで体の震えが止まらなくなる。ムコウジマに連れて行かれるのと同じくらい、それよりもっと怖くて歯がカタカタし始めた。


(きっと怒られて殴られて……役立たずだからって捨てられるんだ)


 そばにいていいって言ってくれたのに俺はまた失敗してしまった。役立たずで失敗ばかりの俺はきっとまた捨てられる。お母さんがそうしたように、また俺は捨てられるんだ。


(怖い、怖い、怖い……!)


 腕も足も真冬のときのように冷たくなった。涙も鼻水も出て顔もグチャグチャだ。俺は「ひっ、ひっ」と引きつったような声を出しながら目を瞑った。奥歯を噛まないと、声を出さないように唇も噛まないと……わかっているのに口に力が入らない。「ひっ、ひっ」と変な声も止まらなかった。

 藤也(トウヤ)さんの手が伸びてきた。殴られると思って目を瞑り、震える体をぎゅうっと小さくする。


「怖かったな」


 そう言った藤也(トウヤ)さんが頭をポンと撫でた。


「よくがんばった」


 またポンポンと頭を撫でてくれる。いつもどおりの藤也(トウヤ)さんの声にそっと目を開けた。顔を上げると不思議な色の目はいつものように俺を見ている。


「もう大丈夫だ」


 大きな手がギュッと抱きしめてくれた。そうしてポンポンと背中を撫でてくれた。


「……と、や、さん」

「もう大丈夫だ。もう怖くない」

藤也(トウヤ)さん……っ」

「大丈夫だ」


 気がついたら俺のほうからギュッと抱きついていた。まだブルブル震えている腕で必死に背中を抱きしめる。怖くて怖くて……ようやくホッとした。


(二度と藤也(トウヤ)さんに会えないかと思った)


 こんな俺なんか捨てられて当然なのに藤也(トウヤ)さんはそうしなかった。それどころかわざわざ迎えに来てくれた。大丈夫だと言ってくれた。藤也(トウヤ)さんがいれば、もう何も怖くない。


「後の処理はこちらでしておきます」

「わかった。……(アオイ)、ちょっと待ってろ」


 藤也(トウヤ)さんが離れていく。温かくて大きな藤也(トウヤ)さんの体が離れたらまた怖くなった。


(……大丈夫。藤也(トウヤ)さんは待ってろって言ったんだ。だから待っていればいいんだ)


 またカタカタ震え出した体を自分で抱きしめる。


(アオイ)をここに連れて来たのはこいつか」

三玄茶屋(さんげんちゃや)の五番手ですね。ここともう一つを根城にしていたようです」

「なんだ、下っ端じゃねぇか」

「五番手ではありますが会長の愛人の子どもだそうですよ」

「なるほど、ジジィのおかげで好き勝手してたっていう典型的などら息子か」

藤也(トウヤ)さん!」


 金髪の人が大きな声を出した。びっくりして藤也(トウヤ)さんを見ると、俺の顎を掴んでいた男のお腹をすごい勢いで踏んづけていた。

 聞いたことがない音がして、聞いたことがないような声がした。お腹のあと、俺の顎を掴んでいた右手を二回踏んづけた。何かが潰れるような音がして、やっぱり聞いたことがない声がした。それから変な形になった顎をピカピカの靴で蹴った。鈍い音がして、今度は聞いたことがないような声はしなかった。


藤也(トウヤ)さんが直接手を出されると困るんですが」

「うるせぇ。さっさとこいつらを潰せねぇ藤生(フジオ)が悪いんだろうが」

「それはごもっともですが……いえ、これだけで済んだんですからまだマシってことですね」

「紫堂の狂犬が何言ってんだ」

「俺はもう狂犬じゃありませんよ」

「あー、わかってるよ。おまえが狂犬になるのは藤生(フジオ)のためだけだろうからな」

「あなたこそ、ソウくんのためなら昔の片鱗を見せるってことですね」

「片鱗もクソもねぇだろ」

「たしかに。昔のあなたならとっくにこいつらの命はないですね」

「おい、(アオイ)の前で物騒なこと言うな」


 少しだけ怒ったような声を出した藤也(トウヤ)さんが戻ってきた。必死に自分を抱きしめていた俺の腕ごとまた抱きしめてくれる。それから少しだけ離れて、今度はスーツの上着をかけてくれた。


(……そっか、シャツ、破れたんだった)


 真っ白なカーディガンもグチャグチャにされてしまった。思わずカーディガンを見たら「また買ってやる」と藤也(トウヤ)さんが言った。


「表も裏も大丈夫だそうですから、いまのうちに出てください」

「わかった。あぁ、そっちに転がってるスマホ、ぶっ壊してデータの行方も壊しとけ。どんな映像でも俺以外の手元にあるのは腹が立つ」

「わかりました。ほかには?」

「その三人、殺すなよ」

「というと?」

「どんな穴でもいいからほしいって輩はどこにでもいる。中東あたりじゃ傭兵の性欲処理用の穴が足りねぇって話だ。売れば昼飯代くらいにはなるだろ」

「わかりました。手配しておきます」


 金髪の人と話していた藤也(トウヤ)さんが「しっかり捕まってろ」と言って俺を抱き上げた。びっくりした俺は慌てて藤也(トウヤ)さんのシャツを掴んだ。


(大人しくしてないとダメだ。ダメだけど……)


 シャツを掴んでいた手をそぅっと動かす。そうして藤也(トウヤ)さんの首に回すと「いい子だ」と言っておでこにキスをしてくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ