17.第14節:戦いのすぐ隣の日常
次の日、俺は美味しそうな香りで目覚めた。
(柚がご飯を作っているのか。いつも助かるな………………柚…………柚?)
俺はバッと飛び起き、リビングに走る。
「柚っ!!!」
「あっ!おはようれん〜!よく眠れた?」
「おはよう、よく眠れた………いや、それより、身体は大丈夫なのか?」
「うんっ!もうバッチリ!…家まで運んでくれたんだよね?ありがとう!」
「あぁ、どういたしまして………。……まぁ、身体に問題がないなら、良かった。だが暫くは安静にしてろよ?」
「わかったっ!!そういえば、この怪我、誰が治してくれたの?もしかしてだけど………」
「あぁ、ティアだ。」
柚は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「あいつかぁ〜…………」
「柚はティアが苦手だよな。」
「だってあのカマ野郎………いや、ごめん、今のはちょっと口が悪すぎた……あの性別迷子、ぜっったいれんのこと狙ってるもん。私は許さないよ。」
「前も言ったが、絶対そんなことないぞ?」
「ううん、そんなことある。あいつには気をつけた方がいいよれん!掘られちゃうよ!!」
柚の真剣な表情に気圧されながら話題を変える。
「そうか……まぁ、気をつける。それで……朝食を作ってたのか?」
「そうなの!今日はエッグベネディクトだよ!」
「美味そうだな。できてるなら、食べよう。」
食事を机に運び、2人で席に着く。
「じゃあ…いただきます。」
「いただきま〜す!」
ふわふわの卵を切る。
中からとろとろの黄身が溢れ出て、ベーコンとパンに絡まる。
1口大に切り口に入れると、ソースのまろやかな味とベーコンの塩味が絡まりとても美味しい。
「美味いな。どんどん料理が上達していく、凄いぞ柚。」
「えへへ〜!ありがとう!どんどん食べてねっ!」
「あぁ。そういえば、今日は仕事あるのか?」
「ううん、今日もお休み!細工しようかなって思ってた!」
「そうか。俺も休みだから、今日は家でゆっくりしよう。」
「れんお家にいるのっ?!やった〜!!!一緒にのんびりしようねっ!!」
「あぁ。」
俺は食べ終わった食器を片付け、椅子に座り直す。
「柚。ちょっと話しがあるんだが、いいか?」
「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
「柚が倒れてからの話をしたい。」
俺は柚が食器を片付け終わるのを待ち、話を続ける。
「まず、敵は《夜哭》だった。柚と同じ傷をつけて転がしておいた。」
「そっか……なんか一撃で倒されちゃったの悔しいな。」
「おそらく奴らは隠密行動をするための魔道具を使っている。影がとても薄かった。」
「そうなんだね………」
「で、ここからなんだが、これを話すと巻き込む形になって危険が伴う。それでもいいか、柚自身で聞くかどうか決めて欲しい。」
「そうやって話すってことは、れんはもう既にそれに関わってるんだよね?」
「あぁ、そうだ。」
真剣な顔で柚はこちらを見る。
「なら、答えは決まってる。聞く。聞いて、れんの助けになりたい。」
「そうか……………わかった。まず一一」
俺は、《鍵》のこと、封環のこと、《夜哭》のこと、悠命樹のこと、そして舞のことを話した。
柚はずっと真剣な顔で、黙って聞いてくれた。
「一一って感じなんだ。」
「なるほどね…………その《鍵》を集めることによって、まいちゃんの延命にも繋がって、助けられる可能性が増えるってことであってる?」
「あぁ、だいたいそんな感じだ。」
「わかった。私も協力する。2人で、まいちゃんを助けよう。」
「あぁ………ありがとう、柚を巻き込むのは本当は嫌だったんだが、そう言ってくれるのはとても嬉しいし、心強い。」
「えへへ………とりあえず今は、黒刃の情報待ちって感じ?」
「そうなるな。闇雲に俺たちが情報を集めようと思っても難しいだろうからな。」
「そっか、わかった。じゃあとりあえず今やるべきことは、次の戦いまで英気を養って強くなることだね!」
柚は伸びをしながらそう答える。
「あぁ。ジアに頼んで戦う練習はする予定があるから、柚も一緒にやるか?」
「うんっ、もちろん!私ももっと強くならなきゃ!」
柚は立ち上がり拳を握る。
「あっ、そうだ。柚、今後《夜哭》がこの家に来るかもしれないからこの家全体に結界魔法をかけようと思ってる。だが、核となる魔道具がないんだ。作れるか?」
「うんっ!任せて!すぐ作るね!」
柚は作業部屋にパタパタと走っていく。
俺も様子を見るためについていく。
柚は棚から頭くらいの大きさの綺麗に成形された結晶を取りだし、机に置いた。
そして引き出しから複数の道具を取りだした。
「えっと……魔力を少なく効果が大きくなる陣と、結界魔法の陣と、魔法が安定しやすくなる陣と、魔力を貯めて自動で発動し続ける陣……これくらいでいいかなっ」
柚は全てを複合した陣を頭の中に一瞬で描きだし、道具を持ち、真剣な目で魔力を込めて結晶全体に精密に陣を刻んでいく。魔力回路の陣は1ミリのズレでも発動しなくなる。
作業中の柚は声をかけられても気づかない。
しばらくして全ての陣を刻み終えた柚は結晶に魔力を流し、魔力の流れを整えていく。
こうしてただの結晶は魔力結晶へと変化する。
「………………………………よしっ、できた!」
ものの1時間ほどで魔道具が完成する。
これが天才細工アーティストの力、一般的な細工アーティストであれば恐らく1日はかかるだろう。
「お疲れ、柚。ありがとう。」
「どういたしましてっ!使ってみて、おかしいとこあったらすぐ言ってね、直すから!」
「あぁ、わかった。」
俺は魔力結晶をこの家の中心であるリビングへと持っていき、適当なところに置いた。
そして魔力結晶に魔力を込めながら、許可したものだけが家の中に入る事ができ、誰にも家を傷つけることができない結界魔法を発動する。
なんの抵抗もなく魔法は発動し、家に薄い膜のような結界が張られる。
「ありがとう、成功した。これで魔力が続く限り誰もこの家に侵入することも壊すことも出来ない。」
「成功してよかったっ!またなんかあったらいつでも言ってね!」
「あぁ。それじゃあ俺はリビングか自室にいるが、柚はどうする?作業するか?」
「うんっ、細工してくる!今日はアクセサリー作ろうかなって思ってるんだ!」
そういって作業部屋に戻ろうとする柚を引き止める。
「そうか、なんかあったら声掛けてくれ。そういえば柚。」
「ん?どうしたの?」
「俺、禁煙することにした。」
「えっ?!?!」
柚が驚いて固まる。
「え……えっ、あのれんが?」
「あぁ…………その方が、いいかなって。」
「じゃあ…………じゃあ私も、禁煙頑張る……っ!!」
「あとさっき、俺の影が………遅れてついてきたんだよ。」
「えっ?!ホラー?!?!」
「多分今日ちょっとやる気なさそう。」
「絶対うそだよね?嘘って言って!?私ホラー苦手なの!!!」
「あと、ジアが恋をしたらしい。」
「えっ?!?!ジアが?!」
「あぁ、どうも鏡を見たらしくてな。自分の姿に惚れたらしい。」
「え…………え?ありえそうだけど、え、でも……え?嘘?」
「あぁ、嘘。今日はエイプリルフールだ。」
「どこからどこまでが嘘なの?!」
「さて、俺は武器の手入れをするから自室に戻るな。じゃあな柚。」
「えっ!!ちょっと、れん?!」
「………………それ、エイプリルフールって言って実は嘘の嘘とかじゃ、ないよね…?え………?」
なにか聞こえたが無視して、呆然としている柚を残して俺は自室に戻った。
自室に戻った俺は棚から糸霊器と剣のメンテナンス道具を取り出す。
封環から糸霊器を取り出すと、デフォルメサイズのジアとティアが出てきた。
『さっきの嘘はねぇぜ、主様よ。』
「いや、悪い、冗談だと思って聞き流してくれ。」
『はぁ………それより、手入れすんのか?丁寧に頼むぜ。』
『ちょっとジア、口が悪いですわよ!もっと私を見習って丁寧に喋るべきですわ!』
『テメェは黙ってろ、カマ野郎。相変わらず気色悪ィな、テメェは。』
『なんてこと言うのよ!!!この美しさが分からないんですの?!』
『そんなカッコするんだったらちょんぎっちまェよ。そしたら俺様も認めてやらァ。』
そういってティアのスカートをめくろうとするジア。
『きゃ〜〜〜!!やめてぇ!!ちかん!ちかんですわ!!そんなに立派な私のモノを見たいんですの?!』
『見たかねェよ気色悪ィ!!!』
俺は溜息をつきながら2人を諌める。
「やめろお前ら。騒がしい。………ティア、そういうとこだからな。ジアも自分の行動には責任をもて。はぁ……どうしてこうも仲良くなれないんだ……」
『『コイツ(ジア)のせいだ(ですわ)!!』』
「こういう時は息ぴったりのくせに……いいから、大人しくしてろ。」
俺は糸霊器の取り外せる部品を全て外し、丁寧に拭きあげて磨く。
その後全ての部品を付け直し、糸が出る部分に専用オイルを差す。
魔力回路に異常がないかも確認し、ジアとティアのための魔力を補充する。
こいつには長年世話になっているから、そのぶん扱いも丁寧になる。
全ての工程を終えると今度は剣を取り出す。
剣はまず汚れを拭き取り、次に研磨する。
防錆・潤滑用に薄らとオイルを塗り、柄の握り心地が変化してないか確認する。
そして最後に魔力を通し、馴染ませる。
武器のメンテナンスが終わったら、封環に入っているものの確認・補充をする。
これから《夜哭》と戦うことも増えるだろうから、替えの剣や治療道具は忘れずに入れ、柚のための緋核液も入れておく。
俺は滅多にないが魔力切れの時のための魔力を充填できる薬や、色々な効果を持つ魔力結晶や魔道具、仕事着や私服などの複数の着替えや複数の偽造ID、予備のお金が入った財布も入れる。
非常食や水も複数入れておく。
そして………出来れば使いたくない魔道具。数十メートルの範囲を吹き飛ばす爆弾。
そして、誰か"1人"を強制転送させる魔道具。これは、本人には使えない。
使う場面が現れないことを願いながらしまう。
……これでとりあえずいいか。
俺は一息つくためにベランダに向かう。
ジアとティアは言いつけ通り大人しく、しかしお互いに睨み合っていた。
そして俺が移動し始めたのを見て着いてくる。
『あるじ様っ、お手入れは終わったんですの?』
「あぁ、これで当分は大丈夫だろう。」
『流石ですわっ!!!やはりあるじ様は素晴らしいですわね…♡』
『はぁとつけんな気持ち悪ィ。テメェは黙ってろよ。』
『ジアが黙っていればよろしいのですわ!!!』
睨み合う2人。
俺は無言でベランダに出て、タバコに火をつける。
空を見上げると、青空が広がっていた。
心地いい風に、春の匂いを感じる。
『もうこんなあったけェのかよ。暑いのは嫌いだ、これからどんどん嫌な季節になりやがる。全てを凍てつかせる冬の方が断然マシだ。』
『暖かくてとても素敵ですわ!暖かいということは命が芽吹くということ。とても素晴らしいですわ!冬は生命が息絶える季節、私は好きじゃないですわ。』
「お前たちは両極端だな……」
俺は空を見上げながら考える。
春か……舞と一緒に桜並木を散歩したのを思い出す。
夏の暑い日も、冬の寒い日も、春も秋も、全ての季節に舞との思い出がある。
だから俺は季節は選べない。
「俺は…………どちらでもいいな。温度は魔力で調整できるしな。」
『あるじ様らしくて素敵ですわ〜!!』
『けっ、どっちかにしろよ。ユウジュウフダンってやつだな、主様は。』
その時、柚がベランダに顔を出す。
「れん!ここでタバコ吸ってたんだ!………ゲッ、ティアいるじゃん………」
「お前ら仲良くしろよ。」
『私は仲良しだと思ってますわ!』
「別に仲良くないし……むしろ嫌いだし……でもれんのためなら(表面上は)仲良くしてあげるねっ、感謝してね!」
『なんか心の声が聞こえたような……』
「気のせい気のせいっ。私もタバコ吸う〜!」
柚がベランダに出て来てタバコに火をつける。
「わっ、すごい青空!きれ〜!」
「だよな。今日はすごく天気がいい。」
俺たちはしばらく空を見つめながら無言でタバコを吸った。
「………じゃあ俺は中に戻るが、柚はもうしばらくここにいるか?」
「うんっ、鍵空けておいて〜!」
「わかった。」
俺は家の中に戻り、家事をする。
まずは洗濯機をまわし、家全体の掃除をする。
そして昼飯の準備をしながら終わった洗濯物を干す。
家事をしている間にいつの間にかジアとティアは消えていた。
全てが終わり、料理も作り終えた俺は作業部屋にいる柚を呼びに行く。
「………柚?今いいか?」
「……………………………。」
集中しているようで、声が届いていない。
俺は柚の肩をポンと叩きながらもう一度声をかける。
「わっ!れんか!びっくりした〜!どうしたの?」
「昼飯ができたから呼びに来たんだ。食べよう。」
「わわっ、もうそんな時間か!ありがとう〜!」
2人でリビングに戻り昼飯を食べる。
適当に作ったが、案外美味くできた。
「俺は食い終わったら散歩に出かけるが、いいか?」
「えっ!ついて行きたいけど、作業が今中途半端なんだ〜…!!残念だけど、私は家に残るよ。」
「そうか、わかった。」
俺は食べ終わった食器を片付け、外に出る準備をする。
「気をつけてねれん!いってらっしゃい!」
「あぁ、いってきます。」
俺はベランダから空に飛び立ち、散歩に出かけた。