14.第11節:束の間の甘い休日
一一意識が浮かび上がる。
(起きなきゃ………)
そう思いながら日付けを見て、再び目を閉じる。
今日は《戒》が休みの日だ。
早く起きなくていいなんて、なんていい日なのか一一
そう思っていたら、リビングからとてもいい匂いが漂ってきた。
俺は匂いにつられてのそのそと起き上がりリビングへ向かう。
「あっ!れん、おはようっ!ご飯できてるよ〜!」
机の上には、焼きたてホヤホヤのフレンチトーストが乗っていた。
しかもこれは、4枚切りのふわふわフレンチトースト。
そして更に、匂いからしてバターを沢山使ってる。
…………俺の、大好物だ。
「こんな……こんないい物を、俺は、食っていいのか……??」
「いいんだよ!だって今日、お休みでしょ?好きな物食べて、ゴロゴロしよっ!」
「……ありがとう、ほんとに。」
俺は心の中でガッツポーズを決め、椅子に座る。
「じゃあ……いただきます。」
「温かいうちにどうぞっ!……あっ!待って、これも一緒に!」
差し出されたのはバニラアイスだった。
さすが柚、わかってるな。
「ありがとう。」
お礼を言い、フレンチトーストの上にバニラアイスを乗せ、ナイフとフォークを使って一口大に切る。
ふわふわで、トロトロだ。
ゆっくりと口に運ぶ。
………ッ!!
これは………ッ!!
「美味いっ!!!!!」
「よかった〜!どんどん食べてね!あっ、おかわりもあるからね!」
俺は光の無い目を輝かせ、ひたすら口に詰めていく。
あっという間に一皿目が終わった。
「おかわりだっ!!」
「そういうと思って、はいっ!もう焼き終わってるよ!」
俺は笑顔でフレンチトーストを受け取ると、すぐに一口大に切り、口に頬張る。
フレンチトーストという料理を作った人に、感謝を言いたい気分だ。
一一・・・美味しいものと言うのはすぐ無くなるもので……。
「………ごちそうさまでした。」
みるからに残念そうな顔の俺に苦笑しながら、柚も遅れて食べ終わる。
「ごちそうさまでしたっ。今日のフレンチトーストすっごく美味しくできてたね!」
「あぁ。年々上手くなるな、さすがだ。」
「えへへっ。」
さて、今日は夜まで何も無い。
何をしようか………。
「ねぇねぇれんっ、今日2人ともお休みだし、久しぶりにお出かけしないっ???」
お出かけか……たまには、いいかもな。
「あぁ、いいぞ。どこに行く?」
「やった〜!!!じゃあねじゃあねっ、水族館なんてどうかな??」
「名古屋港のところか。いいぞ。」
「やった〜!!!」
柚は全身で喜びを表現する。
「着替えてくるっ!!!」
柚が踊りながら部屋に駆けていったのを見て、俺も立ち上がる。
「今日はイレギュラーなことが起こらないといいがな……」
そう呟いて、俺も着替えるために自室に向かう。
一一
一一一
一一一一・・・
「本当にスカートで行くのか?」
「うんっ!だって、れんとのデートだよ?オシャレしなきゃ!」
「俺は別にデートのつもりではないんだけどな…」
「いいからいいからっ、ほら、いくよっ!!」
柚に手を引かれ、外に出る。
「………それで、なにで行くんだ?スカートじゃ空飛べないだろ?」
「もちろん電車だよっ!」
電車か……
俺は満員電車じゃないことを祈りながら、柚に手を引かれたまま歩き出した。
「………そういえば、昨日のことだけど。」
「うん?なぁに?」
「改めて、ごめん。俺が冷静じゃなかった。」
「ううん、いいんだよ。それに昨日も言ったけど、あれは黒刃が悪いから。れんは何も悪くないよっ。」
「そうか………。……ありがとう。」
「ふふっ、どういたしましてっ!」
駅に着いた俺たちは切符を買い、ホームに向かう。
「それで、結局、どうやったら黒刃は情報を教えてくれるのかなぁ。」
「どうなんだろうな……対価、と言っていたが、金とは言ってなかったから、金では無い別の何かを求めているのかもしれない。」
「ど〜しよ、私たちが持ってないものだったら。………まぁ、もし持ってなくても探して手に入れればいいよね?」
「そうだな。それが出来るだけの力は、俺たちにはあるはずだ。」
電車が来て、中に乗り込む。
幸いにも空いていて、椅子に座れそうだ。
「それにしても……何かと静岡が出てくるね。やっぱあの木、何かあるのかな?」
「《夜哭》も悠命樹を解放とか言ってるからな。何かはあるのだろう。だけどそれが何かは、今の俺達には分からない……」
「そうだね……」
しばらく無言の時間が続く。
「ねぇ、そういえばなんだけど。」
名古屋駅に着いた俺たちは乗り換えるために別のホームへ向かう。
「どうした?」
「めっっちゃ今更なことなんだけど、聞いてもいい?」
「あぁ、答えられることなら。なんだ?」
電車に乗りこみながら柚の返事を待つ。
「普通にここに来るまで会話してたけど………《夜哭》とか、いっぱい人がいるところで喋っちゃってていいの?」
「なんだ、そんなことか。」
俺はつり革に捕まりながら言う。
「盗聴防止用の音が漏れない魔道具使ってるに決まってるだろ。」
「な…なぁんだぁ!!よかった〜!!何も言われなかったから私てっきり、筒抜けの状態なのかと思ってた!早く言ってよ〜!!」
「わかってると思って言ってなかった、悪い。」
俺たちは笑いながら電車を下り、水族館に向かって歩き出した。
一一
一一一
一一一一・・・
水族館についてチケットを買い中に入ると、目の前は一面シャチの水槽だった。
「わ、わぁ〜〜!!シャチだぁ!!おっきいよ!れん、見て見て!!」
柚は両手を広げてシャチの大きさを表す。
しかし今日は春休み、学校が休みの学生が多く、人にぶつかりそうになった柚を引き寄せる。
「危ない。」
「あっ、ご、ごめんっ、ごめんねっ、はしゃぎ過ぎた…っ!!」
柚は顔を真っ赤にしてひたすら謝る。
「いい。それより、周りをもっとよく見ろ。周りに人がいなかったら、別に大きな動きをしてていいから。人がいる時は、気をつけろ。」
「うん……っ、わかったっ!!気をつけるから、その、身体離していい…??」
「あぁ、悪い。」
柚はパッと離れると、顔をパタパタして熱を冷ましていた。
しばらくして落ち着いて、いつも通りのテンションで魚を見始める。
「ねぇねぇ見て〜!ベルーガ!頭触ってみたい〜!!」
「イルカもいるよっ!すっごく可愛い〜!!」
柚は人に気をつけながらあっちに行ったりこっちに行ったりとしている。
と思ったら突然スマホを弄り出す。
「…………あっ!!イルカショーが11時からだって!もうちょっとだよ!早く行かないと席埋まっちゃうっ、行こ!」
俺の手を引いて小走りする柚。
俺はなすがままに連れていかれる。
一一・・・
「うそ〜!!!!?1番前の席しか空いてない!!」
確かに観覧席を見渡すと、ほぼ人で埋まっているようだった。
「1番前だとダメなのか?」
「ダメって訳じゃないけど………う〜〜ん!!……水に濡れちゃうけど、いい?」
「俺は構わない。」
「ならいっか!座ろ座ろ〜!」
さっきまで悩んでたのが嘘のように嬉しそうに席に座る。
そういえばなにか食べ物も売ってたような……。
「なにか食うか?」
「ううん、大丈夫!多分、買ってもほんとにびちゃびちゃになっちゃうから!」
「そうか。お、もう始まるな。」
トレーナーさんたちが舞台に出てくる。
そして始まる、イルカ達によるショー。
速く、そして高く飛び、観客を魅了する。
「「「きゃー〜〜〜!!!」」」
あちこちで歓声が上がり、水がかかるのなんて誰も気にしてない。
俺の隣にいる柚もそうだった。
「わぁ〜〜!!ねぇれん今の見た?!すっごい高さだったよ!ぴょんって!ぴょんって!!」
「あぁ、凄かったな。」
水でビシャビシャになった柚はキラキラした目でイルカたちを見つめる。
そしてトレーナーの挨拶で終わる。
『ありがとうございました〜!この後も楽しんでいってくださいね〜!』
「「「わぁ〜〜〜〜!!!!」」」パチパチパチ
「この後はどうするんだ?」
俺は魔力で風を出し俺と柚の服を乾かしながら聞く。
「う〜ん、悩んでるの。シャチのトレーニングショーが12時からで、マイワシのトルネードが13時、ペンギンの餌やりが14時半だから………うん、よしっ。シャチは諦めて、マイワシからみたいっ!まずは南館に行こっ!!」
「わかった。ついてくよ。」
その後は館内の様々なところを回った。
イワシにはしゃぎ、ペンギンと同じポーズをとり、クラゲの写真を撮ったり、チンアナゴと同じように首を伸ばしたり………
昼飯にレストランでワニを食べたりもした。
そしてあっという間に帰る時間になった。
「ねぇれん、最後にお土産コーナー見てもいい?」
「あぁ、いいぞ。」
「やったぁ〜!」
うきうきで店内を見る柚。
その時ふと、視界の端にチンアナゴの抱き枕が見えた。
柚がいつもソファで使っている抱き枕がクタクタになってきているのを思い出した。
(……買ってやるか。)
俺は白と黒の抱き枕を手に取り、レジに並ぶ。
『俺様の色だなっ!!』
『私の色でもありますわ!!』
…………何やら脳内で声が聞こえた気もしたが、聞こえなかったフリをした。
一一・・・
「あれっ、れん、何か買ったの?」
「あぁ、ちょっとな。柚は?」
「可愛いって思ったのもあったんだけど、今日はやめとこうかなって……。」
「そうか。………これ、やるよ。」
俺は手提げ袋を柚に渡す。
「えっ?!いいの?!ありがとう、大事にする…!!ほんとにずっと、大事にするねっ!!!!!開けてみてもいい?」
「いいぞ。」
「なんだろなぁ、結構大きい袋だけど……。………わぁっ!!!チンアナゴの抱き枕だっ!!しかもこの色、さっき私が見てた子と同じ色だよね?!なんであの子見てたってわかったの?!」
もちろん、そんな事は見てないし、考えてもいなかったが、それを表に出さずに会話を続ける。
「よりゃ、柚だからな。わかるよ。」
「ほんとに嬉しい………っ!!ありがとう!!れん、大好きだよ、あいしてる……!」
「わかったわかった。」
柚に抱きつかれながら駅に向かって歩き出す。
今日は楽しかったな。
「この後は一回家に戻って支度を整えたら、堂島から鍵を回収する。疲れてないか?」
「大丈夫だよっ!」
「ならいい。」
電車に乗りこみ椅子に座る。
座った直後、柚が少しウトウトしだした。
(さすがに疲れてるよな……。まぁあんだけはしゃげば当然だけど。)
柚が他人にもたれかからないように俺の方に引き寄せ、駅に着くのを待つ。
その時柚の心臓が大変なことになっていて、バレないように大人しくしていただけで眠気は既に冷めていたことを俺は知らない。
一一
一一一
一一一一・・・
楽しかった時間は、まるで夢のように過ぎていった。
「今日は楽しかったねっ!!一緒に行ってくれて、ありがとう!!」
「どういたしまして。………さて、そろそろ切り替えだ。一回家に戻って支度を整えたら、堂島から《鍵》
を回収する。」
「わかった!指輪の宝石だけの回収でいいの?」
「あぁ、それなんだが、作戦直前に黒刃に通信を送って確認してから実行しようかと思ってる。」
「そっか、了解だよっ!」
堂島から奪った後に、昨日のことをもう一度黒刃に聞こう。
今度は、冷静に一一。