子供の影(1/15追加)
会社からの帰り道、変なものを見た。
年度末の決算に追われて、今日も深夜近くの帰宅になってしまった。最近のスーパーは九時には閉まってしまう。コンビニの総菜は、スーパーの食品のようには値引きをしていない。今夜もコンビニで安いカップ麺と慰め程度の小さいサラダを買って、家に帰る途中の道だった。
私のアパートは坂の上にある。その坂の前の道は、右回りの狭いカーブになっている。車線が著しく狭く、タクシーなどの荒い運転をする車はよく車両をはみ出していた。そんなカーブにさしかかるところで、黒い子供の影が見えた。カーブの横は駐車場になっているのだが、駐車してある車と車の間から、勢いよく子供の影が飛び出してきた。今日は満月にもかかわらず、その子供の影は異様に黒く、顔や着ている服でさえ真っ黒であった。どうも小学生くらいの男の子のようだが、はっきりとは分からない。その黒い影は駐車場から車道に向かって一直線に走り、そして道の途中で消えた。私は目を何度かこすって確認したが、そこにもう人影はなかった。
私はきっと疲れているんだ、そう解釈して帰路を急いだ。
その日をさかいに子供の黒い影を毎日見るようになった。帰る時間は日によって異なっていたが、決まって同じ場所で子供の影を見る。周囲に人が歩いている時間帯もあるが、他の人には見えないようだった。「気味が悪いな」と思いつつも、私はその現象に対して何かすることができないので、ただただ子供の黒い影を見つめるだけであった。
そんな日が1か月ちょい続いた日の夜のこと。また子供の影が見えるかな、と思って帰路を進んでいたが、やはり子供の影が同じ場所から飛び出して来た。ちょうどそのタイミングで、タクシーが車両を進んできた。
どすん。
何かがタクシーに当たる鈍い男が聞こえた。私はびっくりしてその場に立ち尽くした。タクシーもカーブ先の広いスペースで急停車をして、運転手が外に飛び出してきた。運転手も私と同様に狼狽しているようだった。
運転手が私に話しかける。
「今、何か、飛び出してきましたか」
「ええ、いや、なんと言ったらいいか」
「子供のように見えましたが、今は道路に何もないですよね」
「そう、ですね」
運転手は困ったように黙りこくってしまった。車の下や周囲を確認するも、何も出てこない。
おもむろに運転手が私に話しかけてきた。
「今日は、実は息子の、四十九日なんですよね」
「えっ」
「息子は肺炎で死んでしまったんですが」
「あ、はー」
「すいません、こんな急に」
そういって運転手は車内に戻り、左右を確認して発進してしまった。
私は歩道に立ったまま、今起こったことを解釈するのに必死だった。
「お父さんの車を使って、成仏したかったのかな」
そんなことを思いながら、家に帰った。
その日から子供の黒い影を見ることはなくなった。