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【祖母の言葉】 (1/8追加)

 山には神様がいる。川にも、竹藪にも。私たちは神様に囲まれて暮らしている。神様を思う気持ちを忘れないように。それが祖母からの教えだった。祖母はいろいろなことを私に教えてくれた。その中によく覚えている言葉がある。


「いいかい、ヒロミ。よく覚えておき。神様を敬う心を忘れちゃいけないよ。なんてったって、神様には良いものと悪いものがいるからね。そしてそれらはいつも理不尽だからね。もしも困ったときは、この唱を唱えるんだよ。それはね、こんな唱さー」


 ====

 私が生まれ育ったのは、群馬の山の奥、そのまた奥に位置する村だった。山と山の間の少し開けた土地に畑を拓き、何とか命を繋いできた。小さいながらも小学校があり、全校生徒は14人だった。夏は暑く、冬は豪雪地帯だったが、空気が澄んでいて私はこの村が嫌いではなかった。大人たちのなかには、人間関係に悩む人もいたようであるが、子供の私には無関係だった。


 小学校の裏には、「いこいの森」という公園があった。遊歩道が整備され、木々にも人の手がくわえられており、木漏れ日が気持ちいい場所だった。遊歩道は200メートルほど続いて、その先は人の手が入っていない、うっそうとした森であった。いこいの森にはいちょうや紅葉など落葉樹を含めた多様な木が植わっていた。しかし、その先の森は杉の木などの針葉樹ばかりで、陽の光も届きにくく、うす暗かった。


 私が小学5年生の時である。放課後、仲が良い友達5人といこいの森でよく遊んでいた。私たちは、「こおりおに」という鬼ごっこの1種をしていた。こおりおにとは、鬼に捕まったものが文字通り凍ってしまい、その場で動けなくなる。その者を救うためには、他のプレイヤーが凍った人の体をタッチして解放してあげなければいけない。解放を行うためにやってきたプレイヤーを鬼はまた捕まえにかかる。鬼が全員を凍らせることができたら、鬼の勝ちだ。運動能力とともに頭を使うゲームで、仲間の間で流行っていた。


 冬も深まった12月半ば。いつものように友達とこおりおにをして遊んでいた。私は逃げる立場だった。今日の鬼は、友達のなかで一番足が速い俊くん。私も足が速いが、いつも俊くんには負けていた。絶対鬼には捕まるまい。そう強く思って、森の中を逃げ回っていた。気づくと私を除く友達が全員凍らされてしまった。駿くんは私にターゲットオンする。私は鬼から必死に逃げた。私が走る後ろを、鬼が追いかけてくる音がよく聞こえる。必死になりすぎて、いこいの森を抜け、森の奥のほうに来てしまった。


 森の奥、私は方向感覚を失ってしまった。周りを見渡すと、木、木。俊くんの姿はない。やばい。どうしよう。みんなのいるほうに戻りたくても、どこに行けばよいか分からない。私はいてもたってもいられず、少しでも陽の光が差すほうに歩きだした。10分くらい歩いただろうか。どこに見ても森の出口はなく、私はいよいよ焦り始めた。泣き出しそうなのを懸命にこらえる。


 すると前方から黒い人影が歩いてくるのが見えた。地獄に仏だ。私は助かったと安堵して、人影のほうに駆け出した。ふと、違和感を覚えた。草木を踏む音がしない。人影はどんどん近づいてくる。人影の輪郭がはっきり見えた。それは、私と同じくらいの身長のお地蔵さんだったのだ。お地蔵さんは、うっすらとした笑みを浮かべた顔を持っていた。それがどんどん私のほうに近づいてくる。私は逃げなければと思ったが、思うように体が動かない。体が凍ってしまったようだった。


 お地蔵さんは私の目の前まで来ると、ぴたっと止まった。森の中は一切の音がしない無音状態だった。私は冷や汗が背中に流れるのを感じた。逃げなければ、でも体が動かない。


 どのくらいの時間、そうしていたのだろう。急に私の体が宙に浮くのを感じた。見えない何かによって、足が地面から離れ、お地蔵さんの前を浮遊していた。叫ぼうにも喉が動かない。すると、お地蔵さんが来た道を戻るように動き始めた。私も一緒に運ばれていく。


 とにかく、怖い。何が起きているのか分からない。しかし、声も涙も出ない。私はお地蔵さんによって森の奥深くへ運ばれていった。本当にやばい。そう思ったときに、祖母の言葉を思い出した。


「何か怖いことがあったら、この唱を唱えるんだよ」


 私は心の中で懸命に唱えた。


「ふうどうしゃか、もんじゅ、ふげん、じぞう、みろく、やくしかんのん、せいし、あーみや、あしゅく、だいにち、こくぞう、なむじゅうさんぶつ、なむあみだ」


 目をぎゅうっとつぶり、何度も何度も心の中で唱えた。誰か助けて。おばあちゃん、助けてと思っていると、気が遠くなるのを感じた。


 ====

 私は、気が付くと私は森の入り口のところに座っていた。もう夕日が沈む頃になっていた。友達は先に帰ってしまったようだった。




 私は祖母と、よくわからない神様に感謝して、急いで家に帰った。





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