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9.御伽原天文台

 「ここが御伽原天文台……初めて来ました」


 陽が落ちた頃を見計らい、智慧理は黒い天使の姿となって御伽原天文台にやって来た。

 天文台は御伽原の中心部から遠く離れた山の上にある。天文台周辺は非常に静かで、智慧理はまるで御伽原の街から切り離されたような錯覚を感じた。

 営業中であればプラネタリウムなどを楽しめる天文台だが、既に閉館時間をとっくに過ぎており、来場者の姿は当然見当たらない。ただ窓から光が漏れているため、中に職員がいることは確認できた。


 「中にいるのって人間ですかね?それとも恐竜人間?」

 「さあ、どうだろうね。私個人の予想としては後者の可能性がとても高いと思うけれど」

 「私もそう思います」


 昨日恐竜人間から聞き出した情報では、ダハという名前の恐竜人間達のリーダーは御伽原天文台の所長を務めているとのことだった。

 最高責任者が恐竜人間である以上、天文台自体が恐竜人間の拠点となっていることは充分に考えられる。


 「黒鐘さん。今更言う必要は無いと思うけど、人間に擬態した恐竜人間は、叛逆の牙の邪神眷属感知機能で判別することができない。恐竜人間だと思って攻撃したら実は本物の人間だった、ということが起こり得るんだ」

 「つまり職員は迂闊に攻撃できない、ってことですよね」

 「その通り、慎重に行こう」


 智慧理と霞は頷き合った。

 智慧理は遮蔽物を利用して身を隠しながら天文台に近付き、まずは正面の入口を調べる。


 「鍵かかってますね」

 「そのようだね」


 続いて智慧理は建物の裏手に回り、従業員用の出入口を調べる。


 「鍵かかってますね」

 「そのようだね」


 智慧理は光芒銃で従業員用出入口の扉を破壊した。


 「ちゃんと鍵開いてないか確認してから壊しましたから、私達って慎重ですよね」

 「その通りだね」


 壊れた従業員用出入口の扉を開いて内部に侵入すると、当然警備員が即座に駆け付けてきた。


 「止まりなさい!」「何者だ!?」


 現れた2人の警備員は智慧理の装いを見て一瞬動揺すると、即座に懐から光芒銃を抜いて智慧理に向かって構えた。


 「光芒銃を持ってるってことは、恐竜人間ですよね?」

 「そうだね。倒してしまって構わないよ」


 警備員達が引き金を引く直前、智慧理は床を蹴って跳び上がる。

 放たれた2本のビームを壁を走って回避した智慧理は、そのまま向かって左側の警備員の頭部に膝蹴りを食らわせた。

 くぐもった悲鳴と共に吹き飛んだ警備員の顔に罅割れが走り、中から恐竜の頭部が現れる。

 続け様に智慧理がもう1人の警備員に回し蹴りを叩き込むと、そちらも同様に恐竜人間の正体を露わにした。


 「ちょうどよかった。ダハ様の居場所を教えてもらいましょう」


 智慧理は自前の光芒銃を取り出し、恐竜人間の片割れの四肢を素早く撃ち抜く。

 そして悲鳴を上げる恐竜人間を余所に、智慧理はもう1体の恐竜人間の額に銃口を突き付ける。


 「私をダハ様とかいう恐竜人間のところに連れて行ってください」

 「だ、ダハ様?なんで……」

 「あなたがそれを知る必要はありません。早く連れて行ってください」

 「で……できない」


 恐竜人間が震えながら首を横に振る。


 「そうですか……」


 智慧理は表情を変えずに四肢を破壊した方の恐竜人間を撃ち殺した。


 「ひぃっ!?」

 「ああなりたいですか?」

 「い……嫌だ……」

 「だったら早くダハ様のところに連れてってください。さもないと殺しますよ」


 慌てて立ち上がる恐竜人間。智慧理はその背中に銃口を押し付け、ダハの居所へと先導させる。


 「止まれ!」「そこで何をしている!」


 少し進むと再び2人組の警備員が智慧理達の行く手を塞いだ。


 「あの2人も恐竜人間ですか?」


 智慧理が耳元でそう囁くと、恐竜人間は無言のまま何度も首を縦に振る。


 「そうですか」


 智慧理は即座に2人の警備員を射殺した。


 「ああ……ああああ……!」


 同族が虫けらのように殺されていく様子をまざまざと見せつけられ、恐竜人間の震えが更に激しくなる。


 「ほら、震えてないでさっさと歩いてください。私は別にあなたを殺して他の恐竜人間に案内させてもいいんですよ?」

 「わ、分かってる!分かってるから!」


 そうして恐竜人間が智慧理を連れてやって来たのは、バリアフリーのために設置されているエレベーターだった。

 エレベーターに乗り込んだ恐竜人間は、1階から3階までしかないコントロールパネルを複雑に操作する。


 「……何してるんですか?」

 「こ、このパネルで特定の操作をすると、天文台の地下に行けるんだ」

 「地下……?」


 智慧理は事前に御伽原天文台のホームページを調べたが、施設情報に地下のことは載っていなかった。

 もし恐竜人間の言うように天文台に地下が存在するのだとしたら、それは秘匿された施設ということになる。


 「地下には何があるんですか?」

 「だ、ダハ様の研究施設だ」

 「研究施設……ダハ様は何を研究してるんですか?」

 「わ、分からない。俺達は聞かされてないんだ」

 「そうですか……」


 その恐竜人間が本当に何も知らないのかは智慧理には判別できなかった。だがいずれにせよこのエレベーターがダハの研究施設に辿り着けば明らかになることなので、智慧理はそれ以上の追及はしない。

 だが以外にもエレベーターが中々到着しないので、智慧理は別の質問をしてみることにした。


 「恐竜人間はダハ様の命令で、この街の人間を何人か攫ったそうですね?」

 「お、俺は直接関わってない。だけど別のチームがそういう任務を任されたとは聞いた。人間の写真を何枚か渡されて、そいつらを攫ってこいって言われたって」

 「写真を渡された……ってことは無差別に誘拐した訳じゃないんですね」


 智慧理はてっきり恐竜人間達が目についた人間を適当に何人か誘拐したものと思っていたのだが、ダハが予め写真を渡していたということは少なくとも誘拐は無差別なものではない。

 ダハの意図が気になるところだったが、それをこの恐竜人間に尋ねても答えを持っているとは思えなかったので、智慧理は口を噤んだ。


 そしてそこでようやくエレベーターの下降が停止し、重い扉が開く。

 そこは直径100mほどのドーム状の空間だった。壁面には見たことも無い謎の装置がずらりと並び、壁や床には所々に光のラインが走っている。SF映画にでも登場しそうな近未来的な雰囲気だ。

 そしてドームの中心には緑色の液体に満たされた大きな円筒型の水槽が6つ配置されており、それら1つ1つに全裸の人間が閉じ込められていた。

 閉じ込められている人間は年齢も性別もバラバラで、皆一様に悪夢にうなされるような表情を浮かべながら緑色の液体の中を揺蕩っている。


 「あれが攫われた人達……?」


 智慧理は眉を顰めながら水槽に囚われた人々を観察する。

 だがその中には鷺沼らしき人物は見当たらなかった。


 「おや。今日は来客の予定は無かったはずだけどな」


 すると水槽の陰から、その言葉と共に1人の男性が現れた。

 白衣姿でいかにも研究職といった出で立ちのその男性の外見年齢は30歳前後。人当たりのいい優しそうな顔立ちをしている。

 だがその姿が仮初のものであるということを、智慧理は既に承知していた。


 「あなたがダハ様ですか?」


 智慧理がそう尋ねると、男性はスッと目を細めた。


 「僕の名前を知ってるのか。ひょっとして君が口を滑らせたのかな?」


 男性は視線を智慧理から、智慧理に拘束されている恐竜人間に移す。

 冷たい視線に晒された恐竜人間は、これまで以上に激しく身震いしながら必死で首を横に振った。


 「この人を処罰する必要は無いですよ。別にこの人から聞いた訳じゃありませんし、それに……」


 智慧理が恐竜人間の背中を突き飛ばし、恐竜人間はよろめいて床に倒れ込む。


 「どうせ私が始末しますから」


 そして起き上がろうとした恐竜人間の頭部を、智慧理は後ろから撃ち抜いた。

 頭の半分が消し飛んだ恐竜人間の死体を見て、男性が顔を顰める。


 「床を汚されると困るんだけどな」

 「それよりいい加減私の質問に答えてください」


 智慧理は銃口を男性に向ける。


 「ダハ様っていう恐竜人間のリーダー格はあなたのことですか?」

 「その通りだよ。僕がダハだ」


 男性は隠すでもなくあっさりと頷いた。


 「それで君は一体何者かな?光芒銃を持っているところを見るに、報告にあったここ最近の恐竜人間の虐殺は君の仕業のようだけど……」

 「私は邪神眷属からこの街の人達を守る、見習いヒーローです」

 「その口振り、それにそこにいるのは……稲盛霞の亡霊か?」


 男性が視線を智慧理から霞へと移す。男性には霞の姿が見えている様子だった。


 「なるほど、行方不明になっていた叛逆の牙は、君が受け継いだという訳か。それで、君の用件は一体何かな?」


 世間話でもするかのような軽い口調で、ダハは智慧理にそう尋ねた。


 「あなたは手下の恐竜人間に命令して、この街の人を誘拐させてたって聞きました。誘拐された人達の中に、私が探してる人がいるかもしれない」

 「ああ、なるほど。人探しか。それでここまで辿り着くとは大したものだ。君が探しているのはこの中のどれかかな?」


 ダハが6つの水槽を指差す。そこに鷺沼がいないことは既に確認済みなので、智慧理は首を横に振った。


 「あなたが誘拐させたのは、ここにいる6人で全員ですか?」

 「いや、既に死んだ被験者は処分してある。だから君の探し人はもう処分してしまったかもしれないね」


 人間を実験台として扱い、あまつさえこれまでに何人もの人間を死なせてきたことを仄めかすダハ。

 智慧理は怒りで反射的に引き金を引きかけたが、すんでのところで思い留まった。ダハにはまだ聞きたいことがある。


 「あなたは街の人を使って何の研究をしてるんですか?水槽の中の人達は何をされてるんですか?」


 智慧理がそう尋ねると、ダハは嬉しそうな笑顔を浮かべた。


 「ちょうどよかった、研究が一段落ついてひとまず形になったところだったからね。誰かに研究成果を発表したい気分だったんだ」

 「……どうせろくでもない研究なんでしょう」

 「確かに君の目にはそう映るかもしれない。だけどこの世界に真に無意味なものなんて1つもないんだ」


 そしてダハは演説でもするかのように朗々と自らの研究について語り始めた。


 「僕はね、この街でずっと『呪詛』について研究していたんだ」

 「呪詛……呪いですか?」

 「ああ。君、魔術と呪詛の違いは分かるかな?」

 「いえ」


 魔術については霞に教わって一応の知識を持っている智慧理だが、呪詛に関しては一般名詞としてしか知らない。魔術と呪いの違いなど分かるはずも無かった。


 「呪詛というのは簡単に言うと、悪意によって他者に害を与える行為だ。他者の害となるような現象を悪意によって引き起こす、と言い換えることもできる。つまり知性体の思念によって現実を改変するという点において、呪詛は魔術と変わらない。呪詛とは魔術の一形態なんだ」

 「……それが答えですか?」

 「いいや違う。呪詛が魔術と異なる点は大きく2つある」


 そう言ってダハは右手の人差し指と中指を伸ばし、まずは中指を折った。


 「まず1つ目は、呪詛は魔術に比べて洗練されていないこと。例えるならば魔術が現代医学だとしたら、呪詛は民間療法だ。魔術が数多の研究を重ねた上に再現性が確立されているのに対し、呪詛はその多くが個人または特定の集団の経験則に基づいたもので再現性に乏しい。多くの魔術師にとって、呪詛とは迷信のようなものだ」

 「……そんなものを、あなたは研究してるんですか?」

 「ああ。他の魔術師はともかく、僕は呪詛が研究に値する価値のあるものだと信じている。その理由こそが、呪詛と魔術の2つ目の差異だ」


 ダハが人差し指を折り、唇を三日月のような形に歪めて笑う。


 「悪感情によってのみ実現する呪詛は、その大半が魔術と比べて遥かに攻撃的だ」


 それを聞いた智慧理は、背筋に悪寒が走るのを感じた。


 「呪詛は他者を傷付けることに特化している。呪詛を研究し、魔術のような再現性を持たせることに成功すれば、僕は今よりも大きな力を手に入れることができる。呪詛をアーティファクトに転用すれば、強力な兵器を生み出すこともできるだろう。だから僕は呪詛の再現性を高めるために、彼らを使って研究しているんだ」


 ダハが人間を閉じ込めた6個の水槽に視線を向ける。


 「ここにいるのは全員、他者に対して強い悪感情を持つ人間だ。例えばこの彼」


 ダハは20代と思われる男性が入った水槽に右手を添えた。


 「彼は職場で自分に辛く当たる上司に強い憎しみを抱いていた。SNSで呪いの言葉を書き綴るほどにね」


 続いてダハは美しい20歳前後の女性が入った水槽に手を触れる。


 「彼女はアイドルとして活動していて、自分よりも人気のあるライバルのことを憎んでいた。ライバルの人気を落とすために、嘘のスキャンダルを週刊誌にリークしたこともあるらしい」


 今度は小太りの中年男性が入った水槽に触れるダハ。


 「彼は自分よりも優秀な部下を逆恨みし、部下の手柄を横取りし自分の失態を部下に押し付けていたようだ。救いようがないね」


 そうして水槽に閉じ込められた6人の事情を順番に語ったダハは、改めて智慧理に向き直った。


 「君の『彼らが何をされているのか』という質問に答えよう。彼らはこの部屋の装置によって、自らの悪感情を増幅させられているんだ。増幅された悪感情はやがて呪詛へと変化する。その変化の過程を記録すると同時に発生した呪詛を収集して解析することで、呪詛に魔術と同等の再現性を持たせるというのが僕の研究だ。そしてつい先日、僕の研究はようやく1つの形となった!」


 ダハは興奮した様子でそう叫ぶと、智慧理に向かって右の掌を突き出した。

 すると掌の前に幾何学模様の円形が出現し、次の瞬間ダハの右手の中には一振りのナイフが出現していた。

 ナイフの形状は軍用のもののそれに近く、黒い刀身には文字列のような模様が小さく刻まれているのが見える。だがそのナイフの何よりの特徴は、一目見ただけで背筋が凍るような形容しがたい禍々しさだった。


 「それは……」


 智慧理はダハの頭を狙っていた光芒銃の銃口を、無意識にナイフを持つ右手へと移した。それだけそのナイフが危険だと感じたのだ。


 「これは僕が研究の末に製造に成功した、魔術ではなく呪詛によって作られたアーティファクトだ。他者を傷付け苦しめることに特化した呪いのナイフ、名を『オズボーン』という」

 「オズボーン……」

 「これを完成させることができたのも、偏に実験台となってくれた人間達のおかげだ。どれだけ感謝してもし足りない、彼らの慰霊碑を立てたいくらいだよ!」


 慰霊碑という言葉を聞いて、智慧理の脳裏にある疑問がよぎる。


 「……あなたは」

 「ん?何だい?」

 「あなたはそのナイフを作るために、どれだけ街の人を犠牲にしたんですか?」


 智慧理のその質問に、ダハは意外そうな表情を浮かべた。


 「どうだったかな、20は越えていなかったと思うけど……というかそんなことが気になるのかい?僕が実験台にしたのは他者に対して強い悪感情を抱く人間、言うなれば犯罪者予備軍だ。僕が研究のために消費したところで何の問題もないだろう?」

 「……どうでしょう。確かにあなたの研究に使われた人達は、決して褒められた人じゃなかったのかもしれません。だけど……」


 智慧理はダハを毅然とした眼差しで睨み付ける。


 「たとえどんな悪人でも、あなたの下らない好奇心を満たすために命を奪われていい人なんて、この世界には1人もいないんですよ」

 「……見解の相違だね」


 ダハは落胆した様子で首を振る。


 「これ以上の対話は不要のようだ。君の狙いは僕の命だろう?僕もちょうどオズボーンの力を試してみたかったところだ」


 ダハが仮面を剥ぎ取るような仕草を見せる。

 するとダハの人間としての顔がボロボロと崩れ、中から恐竜の頭部が現れた。


 「……今までの恐竜人間とは見た目が違いますね」


 智慧理が口の中で呟く。

 今まで智慧理がその手に掛けてきた恐竜人間達はヴェロキラプトルのような頭部を持っていたが、ダハの頭部はティラノサウルスの復元図に似ている。

 恐竜人間の先祖返りであるダハは、姿からして並の恐竜人間とは異なるのだ。


 「光栄に思うといい。君はオズボーンの刃で死ぬことによって、僕の研究記録に永遠にその名を刻むことになるんだ」


 恐竜の頭部を晒したダハが、オズボーンの切っ先を智慧理に突き付ける。


 「残念でした、研究は主任研究員の死亡によって今日限りで打ち切りです」

次回は23日に更新する予定です

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