8.非道な尋問
「何っ!?」
「てやぁっ!」
智慧理の左回し蹴りが、恐竜人間の側頭部に直撃する。
大きく吹き飛ばされる恐竜人間。その顔にビシッと罅割れが走ったかと思うと、中からヴェロキラプトルのような頭部が露わになった。
智慧理の蹴りの衝撃によって、人間への擬態が崩れたのだ。
「さっきはよくもやってくれましたねぇ……!」
恐竜の頭を目の当たりにした智慧理は、腹の底から沸々と怒りが湧き上がってきた。
「何だ今の動きは!?」「これが叛逆の牙の力か……!」「やはり危険すぎる!今ここで確実に撃ち殺せ!」
他の恐竜人間達が改めて智慧理に光芒銃の銃口を向け、次々と引き金を引く。
だが智慧理は左手左足を巧みに使い、獣のような動きで全てのビームを回避して見せた。
「馬鹿な!?」「光を避けただと!?」「そんなことが可能なのか!?」
「どこ狙ってるかバレバレなんですよ!」
光芒銃から放たれるビームは文字通り光の速さ。それを回避することなどどのような身体能力を以てしても不可能だ。
だが智慧理は光芒銃の銃口の向きと恐竜人間達の指の動きを注意深く観察し、ビームの着弾地点と発車のタイミングを正確に予測することで、発射の「直前に」その弾道から身を躱すという方法でのビームの回避を可能としていた。
「おかしいな……私の設計では、叛逆の牙を使ってもここまでの身体能力にはならないはずだけど……」
常軌を逸した智慧理の身体能力に、霞は表情を引き攣らせている。
「今度は私のターンです!」
恐竜人間の攻勢が止んだタイミングで、智慧理は反撃を開始する。
今回智慧理は光芒銃を取り出していない。光芒銃は右手で取り出しやすい位置に仕舞ってあり、左手で取り出そうとすると若干手間取る。
武器の展開に時間を掛けるくらいなら、その時間を攻撃に使った方が有意義だ、というのが智慧理の思想だった。
「やあっ!」
智慧理の足刀が2体目の恐竜人間の鼻柱を粉砕する。
擬態が解けた恐竜人間は顔の一部が足刀の衝撃によって陥没している。
「貴様ぁっ!」
残り3体の恐竜人間が激昂しながら銃口を智慧理に向け、最初に蹴飛ばされた恐竜人間も立ち上がって光芒銃を構える。
智慧理は放たれたビームを躱しながら左腕を伸ばし、余剰生命力を左腕に収束させる。
そして伸ばした左腕を砲身として、収束させた余剰生命力を指先からビーム砲のように発射した。
「ぐあっ!?」「がはっ!?」
放たれた余剰生命力は一直線上にいた恐竜人間2体の腹部を貫通。2体は血を吐きながらその場に倒れ込む。
これで残る恐竜人間はただ1体。
「く、来るな!来るなぁっ!」
最後の恐竜人間は半狂乱に陥りながら智慧理に向かって光芒銃を乱射する、
だが狙って撃っても智慧理に当たらないビームを、闇雲に撃って当てられるはずがない。
「情けない……」
戦意を喪失した恐竜人間に軽蔑の眼差しを向けながら、智慧理はビームの雨を掻い潜って恐竜人間との距離を詰める。
そして智慧理は地面を蹴って高く跳び上がると、左足の踵を恐竜人間の脳天に思い切り叩きつけた。
「ぎゃあっ!?」
踵落としを受けた恐竜人間は悲鳴と共に昏倒する。
「さて、と……」
智慧理は自分が倒した5体の恐竜人間達をぐるりと見回す。
ある者は頭が陥没し、またある者は胴体に大穴が空き、とかなり悲惨な有様だが、意外にも死んでいる者は1体もいなかった。
恐竜人間を尋問して情報を得るため、智慧理が殺さないよう調整したのだ。
「稲盛さん。尋問の前に恐竜人間達が逃げられないようにしておこうと思うんですけど、両手両足を壊しておく以外にやった方がいいことってありますか?」
「いや……それで充分だと思うよ……」
「りょーかいです」
右手右足の傷は既に完治している。智慧理は右手で懐から光芒銃を取り出すと、最も近くに倒れている恐竜人間に銃口を向け、素早くビームを4連射した。
「ぐああっ!?」
4つのビームはそれぞれ恐竜人間の両手両足を正確に撃ち抜き、その苦痛によって恐竜人間は意識を取り戻す。
智慧理は他の恐竜人間達にも容赦なく同様の処置を加え、恐竜人間達は身動きを取ることができなくなった。
「今から私の質問に答えてもらいます」
智慧理は恐竜人間の内の1体の額に光芒銃の銃口を押し当て、冷淡な声でそう告げた。
「ぐっ……貴様に答えることなど何もない!」
両手両足を撃ち抜かれる重傷を負いながらも、気丈にそう言い返す恐竜人間。
それに対し智慧理は無言で光芒銃の引き金を引いた。
「が、っ……」
ビームに飲み込まれ、恐竜人間の首から上が消滅する。
他4体の恐竜人間がどよめいた。
智慧理は無言のまま他の恐竜人間へと近付き、同じように額に光芒銃を押し付ける。
「今から私の質問に答えてもらいます」
先程と一言一句同じ文言。
それに反抗した者の末路を目の当たりにしたばかりの恐竜人間は、縦長の瞳孔に怯えの感情を浮かべながらガクガクと首を縦に振った。
「私は鷺沼先生という男性が失踪した事件のことを調べています。あなた達恐竜人間は、鷺沼先生か他の街の人を誘拐しましたか?」
智慧理の質問に、恐竜人間は今度は首を横に振る。
「し……知らない」
瞬間、智慧理が引き金を引き、恐竜人間の頭が消し飛んだ。
「ひぃぃっ!?」
質問に答えたにもかかわらず即座に撃ち殺すという、智慧理の残忍かつ無軌道な行動に、残る3体の恐竜人間は震え上がった。
智慧理はまた別の恐竜人間に近付き、三度額に銃口を押し付ける。
「嘘を吐いても無駄ですよ」
「あ……あああ……」
「あなた達恐竜人間は、鷺沼先生か他の街の人を誘拐しましたか?」
「ゆ、誘拐ならした!ダハ様の指示で街の人間を何人か攫った!その中に鷺沼って奴がいるかは分からない!」
度重なる恐喝によって、智慧理はようやく質問に対する正しい回答を得ることができた。
「ダハ様っていうのは誰ですか?」
「ダハ様、は……」
口籠る恐竜人間。
その瞬間に智慧理は引き金を引いて恐竜人間を撃ち殺し、銃口を4体目の恐竜人間に向けた。
「ダハ様って言うのは誰ですか?」
「こ、この街の恐竜人間のリーダーだ!俺が知ってる恐竜人間の中で1番強い!」
「ダハ様があなた達に街の人を誘拐させたのはどうしてですか?」
「研究のためだって言ってた!それ以上は聞かされてない!」
「ダハ様にはどこに行けば会えますか?」
「い……今はダハ様はこの街にはいない」
智慧理が引き金を引き、4体目の恐竜人間が死亡する。
銃口が最後の恐竜人間に向けられた。
「ダハ様にはどこに行けば会えますか?」
「ほ、本当にダハ様は今はこの街にいないんだ!明日の夜になったら帰ってくる!」
「どこに行けば会えますかと聞いてます」
「て、天文台だ!御伽原天文台!ダハ様はそこの所長なんだ!」
「分かりました」
智慧理は最後の恐竜人間を撃ち殺した。
「稲盛さん、明日の夜に天文台に行ってみましょう。もしかしたら鷺沼先生がそこにいるかも」
「そ、そうだね……にしても容赦ないね黒鐘さん……」
「稲盛さんが言ったんじゃないですか、この街から邪神眷属を根絶するって」
「確かに。君の言う通りだ」
2人の目的のためには、邪神眷属は1体たりとも生かしてはおけない。そのため恐竜人間は情報を吐こうが吐くまいが、どちらにしても死の運命は避けられなかった。
「それにしても、君がどうやって恐竜人間の嘘を見抜いたのかが気になるな。君の『鷺沼先生か他の街の人を誘拐したか』って質問に、恐竜人間が『知らない』って答えた時。あれが嘘だと見抜いたから、すぐに撃ち殺したんだろう?」
「あれ、気付きませんでした?」
霞の質問に、智慧理は意外だという表情を浮かべる。
「気付いたって、何に?」
「あの時は別に嘘だって分かったから殺したんじゃないですよ。あの恐竜人間の言ってることがホントでも嘘でも最初からすぐに殺すつもりでした。ホントだったとしても他の恐竜人間への脅しになるし、嘘だったとしたら私は嘘が見抜けると思わせられるじゃないですか」
「……驚いたな。つまりあれはブラフだったという訳だ」
「そうですそうです。まさか稲盛さんまで引っ掛かるとは思いませんでしたけど」
「はは、これは不甲斐ないね」
霞は恥ずかしそうに笑い、智慧理も悪戯っぽく笑った。
「ところで話は変わるけれど、明日ダハという恐竜人間に会いに行くのなら準備をした方がいい」
「準備、ですか?」
「ああ。恐竜人間達の口振りからして、彼らはダハを尊敬、或いは崇拝している様子が感じられた。恐らくダハという恐竜人間は先祖返りだ」
「先祖返り……って何ですか?」
聞き慣れない言葉に智慧理は首を傾げた。
「古代の恐竜人間は、個体数が少なかった代わりに個々の能力が現代よりもずっと強大だったと言われているんだ。黒鐘さんにも伝わりやすそうなニュアンスで言うと……古代恐竜人間は、1体1体が土地神に匹敵する力を持っていたらしい」
「あ~……ニュアンスは何となく分かる気がします」
「それはよかった。そういう訳で古代では非常に強大な種族だった恐竜人間だけれど、文明が繁栄して個体数が増え始めると、それに反比例するように個々の能力は徐々に弱まっていった。現代では土地神の如き古代恐竜人間の力は失われ、恐竜人間は人間より少し上程度の能力しか持たなくなってしまった」
「それでも平均は人間より少し上なんですね……」
「だが極稀に、古代恐竜人間に匹敵する卓越した能力を持った個体が現代に生まれ落ちることがあるんだ。それらの恐竜人間は先祖返りと呼ばれ、他の恐竜人間達から畏怖されるようになる」
「……要するに、ダハ様は他の恐竜人間よりもずっと強いってことですか?」
「1番簡単に言うとそういうことになるね」
霞の予想が的中していた場合、ダハは土地神に匹敵する力を持つ存在ということになる。
「正直恐竜人間の先祖返りが相手となると、叛逆の牙の力でも確実に勝てるとは言い切れない。だからこそ今日の内にできる準備をしておこうという話さ」
「分かりました。でも、できる準備って何ですか?」
「そう難しいことじゃない。ただ少しとある場所まで足を延ばして、ある物を取ってこようという話さ」
「何でそんなぼやかすんですか?」
「あはは、ごめん。深い意味はないんだ。単刀直入に言うよ」
霞は癖の咳払いをした。
「黒鐘さん、今から私の家に行こう」
霞のその提案に、智慧理は目を丸くした。
「稲盛さんの家?」
「ああ。そこに先祖返りとの戦いで役立つであろう物がある……私を追っていた邪神眷属に家を荒らされていなければ、の話だけどね」
「……それ、大丈夫なんですか?」
「それは行ってみないと分からない。その確認も兼ねて早く私の家に向かおう。私が場所を案内するよ」
「はぁい」
智慧理は地面を蹴って空へと飛び立つ。
「……あれ?」
上空から地上を見下ろした智慧理は、恐竜人間と戦った空き地の近くに人影のようなものを発見する。
だが瞬きをするとその人影はもう見当たらなくなっていたため、智慧理は気のせいと思ってそのまま飛び去って行った。
「ここが私の家だよ」
霞の案内で智慧理が訪れた稲盛宅は、霞の生前の勤め先である御伽原大学から程近い2階建ての一軒家だった。
「素敵なお家ですね」
「祖父の代から住んでいる家でね。何度かリフォームはしているけれど、築年数は相当なものだよ」
智慧理は興味深く家の外観を観察する。
「……見た感じ、荒らされてはなさそうですね?」
霞は自宅が邪神眷属に荒らされていることを懸念していたが、少なくとも現時点ではそのような様子は見受けられなかった。
「魔術を使えばドアや窓をこじ開けずとも侵入は可能だろうから、まだ安心はできないけどね。さ、
早速中に入ろう」
「はいっ……あっ!」
ここで智慧理はあることに気付いた。
「稲盛さん、鍵無くないですか?」
当然と言えば当然だが、智慧理は稲盛宅の鍵を所持していない。
「稲盛さん鍵持ってます?」
「持ってると思う?物質的な肉体すら持っていない私が」
「返す言葉もないですね……」
本来の鍵の持ち主である霞は、そもそも物質を所持できるような状態に無い。
つまり智慧理も霞も2人して正式な手順で家に入る手段を持っていなかった。
「いいよ、光芒銃でドアノブを破壊して玄関をこじ開けよう。それなら騒音もあまり出ないだろうし」
「えっ……いいんですか?」
「勿論、家主がいいって言ってるんだからいいに決まっているよ」
「その家主さんは私にしか見えないので、ドアノブ壊してるとこ警察に見られたら私捕まっちゃうんですけど……」
「見つかったら空を飛んで逃げればいい。その仮面の認識攪乱機能で君の正体がバレることも無いしね」
「そうかもですけど……何だかなぁもう……」
渋々霞の指示に従う智慧理。懐から光芒銃を取り出し、ドアノブに向けて発砲する。
ビームがドアノブを貫通し、扉が自然と開く。霞が言った通り音はほとんど伴わなかった。
「うわっ!?」
稲盛宅に1歩踏み入れた智慧理は、顔を顰めて両手で口元を覆った。
家の中には生臭いニオイが充満していたのだ。
「ちょっと稲盛さん、何ですかこのニオイ!?」
「臭い?私には分からないけれど……ああ、もしかしたら生ゴミが腐ってしまったのかもしれないね」
「ダメじゃないですか生ゴミはちゃんと処理してちゃんと捨てなきゃ」
「申し訳ない、何分ゴミの日が来る前に死んでしまったものだから」
智慧理は鼻を覆いながら靴を脱いで上がり込む。
廊下を進んでリビングを覗いた智慧理は、リビングの状態に目を見開いた。
「わ、酷い……」
リビングは惨憺たる状態だった。
床には書類やら生活用品やらよく分からない器具やらが散乱しており、家具の中には破壊されてしまっているものもある。
「これ、荒らされてますよね?元々こうだったんじゃないですよね?」
「それなりに清潔に保っていたはずだけれど……やはり邪神眷属の捜索の手が及んでいたようだね」
この事態を予め想定していたためか、霞は動揺している様子は無かった。
「この分だと折角取りに来たアイテムも邪神眷属に奪われてしまっているかもしれない。黒鐘さん、冷蔵庫を見てみてくれるかな」
「冷蔵庫ですか?分かりました」
智慧理はリビングを通ってキッチンに移動し、冷蔵庫の扉を開ける。
「何も無い……ことないですね。なんか奥の方に……」
一見すると空っぽかと思われた冷蔵庫だったが、よくよく見てみると奥の方に小さなガラス瓶が1つだけ残されていた。
ガラス瓶の中は透き通った水色の液体で満たされている。
「ああ、よかった。目的のものは残っていたみたいだね」
智慧理が取り出した瓶を見て霞が安堵の表情を浮かべる。
「これを取りに来たんですか?」
「その通りだよ」
「何ですかこれ。ブルーハワイ?」
「あはは、違うよ。これは魔術師の間では『保護の霊薬』なんて呼ばれているアーティファクトさ」
智慧理は首を傾げ、視線で霞に説明を促す。
「<肉体の保護>という魔術があってね。体の周りに透明な防御膜を形成して衝撃から術者を守る……要は防御用の魔術なんだ。そしてこの保護の霊薬は、飲むと<肉体の保護>と同じ効果が得られるという代物なんだよ」
「へぇ、便利グッズですね」
「そうだね。特に魔術の詠唱をしている余裕のない緊急時なんかは、飲むだけで効果を発揮する保護の霊薬はとても重宝する。それにこの薬なら、魔術を使えない人間でも身を守ることができるからね」
「それを私に使わせてくれるんですか?」
霞が頷く。
「元々は叛逆の牙が完成する直前に、邪神眷属の襲撃に備えて私が使うために作っておいたものなんだけどね。いざ叛逆の牙が完成して邪神眷属から逃げようって時に、持っていくのを忘れてしまったんだよ」
「意味ないじゃないですか」
「あの時は慌てていたからね。私もついうっかりしてしまったよ」
霞は頭を掻きながら恥ずかしそうに笑った。
「それでついさっき家に使っていない保護の霊薬があることを思い出してね。折角だから黒鐘さんに役立ててもらおうと思ったんだよ」
「ありがとうございます。でも……ちょっと思ったんですけど」
智慧理は懸念を示すように眉根を寄せる。
「何でこの家を荒らした邪神眷属は、これ持ってかなかったんでしょう?そんなに便利なものなのに」
「……確かにそうだね」
霞が顎に手を当てて考え込む。
「もしかしてですけど……稲盛さんが作った薬はもうすり替えられてて、この瓶の中身は毒だったり……」
「……無いとは言い切れないね。そしてそれを調べるために必要な器具は既に持ち去られてしまっているらしい」
「あの……折角来たのにこんなこと言うのも何ですけど……」
智慧理は霞に困ったように笑いかける。
「……怖いのでこれ使うの止めにしません?」
「残念だけどそれが賢明だね」
霞も智慧理につられて苦笑した。
その後智慧理は稲盛宅の掃除に精を出した。
「本当に悪いね、無駄足を踏ませた上に掃除までしてもらってしまって」
「気にしないでください、稲盛さんにはいつもお世話になってますから」
散乱した生活用品を片付け、片付けが終わると掃除機をかけ、智慧理は手際よく掃除を進めていく。
「この生ゴミは……私が持って帰って捨てるしかないですね」
「重ね重ね申し訳ないね」
家全体に充満する悪臭の原因を智慧理は処理の甘い生ゴミだと睨み、ゴミ袋の中へと厳重に封印する。
しかし袋を固く縛り、窓を開けて換気をしても、悪臭は中々消えなかった。
「うわ……お家にニオイが染みついちゃってるみたいですね。なかなか落ちないかもですよ」
「仕方ないよ。どの道私はもうここには住めないしね」
智慧理と共に稲盛宅を後にする時、霞はほんの少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべていた。
次回は21日に更新する予定です