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7.目撃と接敵

 智慧理が夜間のパトロールを始めてから1週間が経った頃。


 「ねぇねぇ智慧理、知ってる?」


 体育の授業前に更衣室で着替えている最中、睦美が囁き声で智慧理に話しかける。


 「知ってるって、何が?」

 「これ!」


 睦美がスマホの画面を智慧理に向ける。余談だが睦美が声を潜めているのは、校内でのスマホの使用が校則違反なために人目を憚っているからだ。

 そして睦美のスマホに表示されているのは、夜空を撮影した写真だった。

 写真の端にセントラルタワーの一部が写り込んでいることから、御伽原で撮影されたものであることが分かる。


 「……何これ?」

 「この写真ね、一昨日SNSにアップされて、ちょっとだけ話題になってたの」

 「ふぅん?ただの空の写真にしか見えないけど……」

 「それがね、この写真、凄いものが写ってるの……!」


 睦美が写真の一部を拡大する。

 するとそこには、夜空の黒に紛れるようにして、黒い人型のようなものが小さく写っていた。

 よくよく見てみるとその人型は、背中に翼らしきものが生えている。


 「これ、は……」

 「ね、ヤバくない!?これ何だと思う!?」


 智慧理である。何だと思うかなどという話ではなく、確定で智慧理である。


 「SNSだとUFO説とか航空機説とかレンズに付いてたゴミ説とかフェイク写真説とかいろいろ出てたけど、私は新種のUMAだと思うの!ほら、御伽原って不思議な噂がいくつもあるから、UMAの1匹や2匹いてもおかしくないと思わない!?」

 「そ、そうだね……いてもおかしくないかもね……」


 睦美は興奮した様子で楽しそうに話している。睦美がUMAが好きだということを、智慧理はこの時初めて知った。


 「UMAだったらどんな名前がいいかな?やっぱり御伽原のUMAだからオッシー?」

 「それ湖のUMAの名付け方じゃない……?」

 「ねぇねぇ、智慧理はこの人型、何だと思う?」

 「えっ?」


 睦美は目を輝かせて智慧理の回答を待っている。


 「えっと……私、って言ったらどうする?」

 「あはは、何それ~」


 試しに正直に言ってみたが、案の定睦美は信じなかった。


 「で、これ何だと思う?」

 「ん~……魔法少女、とか?」

 「魔法少女!?その発想は無かったかも!」


 智慧理の回答を受けて、睦美は改めて写真を食い入るように見つめる。


 「あっ!確かにこの辺りとかフリルっぽいし、ここら辺はスカートっぽい!言われてみれば魔法少女みたいにも見えるかも!」

 「そ、そうでしょ?」

 「智慧理凄いね!魔法少女説なんてSNSでも言ってる人1人もいなかったよ!よく思いついたね!」

 「た、たまたまだよ~……」


 智慧理が常々変身した自分の姿を「ちょっと魔法少女っぽい」と思っていただけの話である。


 「っていうか睦美、そろそろ着替えないと」

 「あっそうだった」


 随分話し込んでしまったが、2人は体育の授業のための着替えの最中である。

 睦美はスマホをロッカーの中に仕舞い、2人は手早く体操着に着替え終える。

 そして2人が並んで更衣室を出ると、そこでたまたま丁度烏丸とばったり出くわした。


 「あ、黒鐘さん……」


 智慧理の顔を見て物言いたげな表情を浮かべる烏丸。


 「ごめんなさい、まだ……」


 烏丸の智慧理への用件など、鷺沼捜索の進捗以外にあり得ない。


 「そう……」


 智慧理の主語をぼかした進捗報告に、烏丸は表情を曇らせる。


 「何の話?」


 不思議そうに首を傾げる睦美を、智慧理は「ちょっと提出物が……」と誤魔化した。


 「2人はこれから体育の授業よね?」

 「そうです」

 「はい!」

 「……無理して怪我しないようにね」


 その言葉が体育の授業のことだけでなく、鷺沼捜索のことについても言っていると智慧理には分かった。


 「大丈夫です。私体育得意なので」

 「……そう、それなら安心ね」


 そのやり取りを最後に2人は烏丸と別れる。


 「確かに智慧理って体育凄いよね~、どのスポーツでも大体活躍するし。何か中学の時部活とかやってたんだっけ?」

 「ん~ん。部活はやってなかったけど、昔おばあちゃんから格闘技習ってたことはあるよ」

 「おばあちゃんから格闘技?へ~、珍しいね。何習ってたの、柔道とか?」

 「だから格闘技」

 「……え?」

 「格闘するための技」

 「……え、全般!?」


 そんなやり取りをしながら下駄箱の辺りまでやってきた2人。


 「……ん?」


 体育館に向かうため本校舎を出たところで、智慧理は不意に足を止めて背後を振り返る。

 すると本校舎に入ってすぐのところに、特徴的な金髪の生徒の姿が見えた。


 「生徒会長……」


 生徒会長が智慧理に向ける視線は険しく、ほとんど睨みつけていると言ってもいい。

 この1週間、いつの間にか智慧理の近くに生徒会長がいて、険しい視線を向けられているということがよくあった。

 智慧理が見つめ返すと、生徒会長はさっと廊下の向こうに身を隠した。智慧理に気付かれたことに気付いた生徒会長がすぐに姿を消すのもいつものことだ。


 「どしたの智慧理?」

 「今そこに生徒会長が……」

 「また千金楽センパイ?しつこいね~」


 生徒会長の本名が千金楽紗愛ということを、智慧理は先日睦美に教えてもらった。


 「千金楽センパイ、なんで智慧理に付き纏うんだろうね?」

 「付き纏われてるって程じゃないけど……何で私睨まれるんだろ?」

 「……好きなんじゃない?智慧理のこと」

 「何でそうなるの」


 紗愛が智慧理を好きというのは与太話にしても、紗愛が険しい視線を向ける理由をいい加減知りたいと智慧理は思っていた。




 「やあっ!」


 余剰生命力を纏った智慧理の右腕が、ウェンディゴの頭蓋を貫く。


 「が、ぁ……」


 智慧理が腕を引き抜くと、ウェンディゴはゆっくりとその場に崩れ落ちる。

 智慧理の周囲には、複数の方法で頭部を破壊されたウェンディゴの死体が4つ。そして今そこに5つ目が加わった。


 「はぁ……手間かけさせて」


 智慧理は苛立った様子で、今しがた命を奪ったウェンディゴの頭部を踏みつける。

 ブーツの踵が穴の開いたウェンディゴの頭部を砕き、黒い体液がビシャッと飛び散った。


 「ひいいっ!?」


 悲鳴を上げたのは、ウェンディゴに襲われていたランニングウェアの若い女性だ。

 地面にへたり込み、ウェンディゴを踏み潰した智慧理の姿を見上げてガタガタと震えている。


 「大丈夫でしたか?怪我してませんか?」


 智慧理は女性に近付き、優しくそう声を掛けながら手を差し伸べるが、


 「あ、ああ……っ!?」


 女性は怯えた表情で首を横に振ると、死に物狂いで立ち上がって走り去っていってしまった。


 「行っちゃった……流石にやり過ぎだったかな……」


 マスカレイドの下で眉を顰めながら、頬に飛び散ったウェンディゴの体液を右手の甲で拭う。

 ウェンディゴが頭部を破壊しない限り絶命しない都合上どうしてもウェンディゴとの戦闘はグロテスクになってしまいがちなのだが、流石に死んだウェンディゴの頭部を踏み潰したのはよくなかったかと智慧理は反省した。


 「確かに君の戦いは一般人には刺激が強いかもしれないね。けれど気にすることは無いよ、君の戦いが正しいものであることは私がよく分かっている」

 「でもここ何日か、どうもやり過ぎちゃってる気がするんですよね……ウェンディゴが街の人を襲ってるのを見ると、何だかすごくイライラして……」

 「正義感が強いのはいいことじゃないか」

 「そう、ですか……?」


 ともあれウェンディゴによる被害を未然に防げたことに変わりはない。

 再びパトロールに戻るため空へと飛び立とうとした智慧理だったが、


 「……ん?」


 ふと思い留まって右手にある丁字路に視線を向けた。


 「黒鐘さん、どうかした?」

 「今そこに誰かいたような……」

 「新手の邪神眷属かな?」

 「いえ、邪神眷属じゃないと思います……」


 叛逆の牙の邪神眷属感知機能に反応があった訳では無い。ただ智慧理は曲がり角の向こうから、何者かの視線を感じたような気がしたのだ。

 智慧理は丁字路に移動して曲がり角を覗き込む。しかしそこには誰もいない。


 「何もいないね。気のせいじゃないかな?」

 「そうかも……最近学園でしょっちゅう見られてるから過敏になってるのかも」


 智慧理の脳内に浮かぶのは金色の髪を持つ生徒会長、千金楽紗愛だ。

 このところ気が付くと紗愛に見られているということがよくある智慧理。そのせいで誰もいないのに誰かに見られているような気がしてしまうというのは有り得る話に思えた。


 「何もいなかったならいいや。パトロール戻りますね」

 「ああ、そうしよう」


 改めて智慧理は夜空へと飛び立つ。


 「それにしてもウェンディゴ多くないですか?」


 眼下に広がる御伽原の街に視線を落としつつ、智慧理は霞にそう尋ねた。


 「今のところ3日に1回のペースでウェンディゴに襲われてる人見つけてますけど……私がいなかったらそのペースで街の人がウェンディゴに殺されてると思うと、ちょっとこの街危な過ぎると思うんですけど……」

 「だから危ないんだよ、この街は。邪神眷属が本気でこの街の人間の絶滅に乗り出したら、人間にはそれを防ぐ手立てがないんだ。だからこそ君の力が重要なんだよ」

 「わ~責任重大……」

 「……まあ、それにしても最近はウェンディゴの出現率が高い傾向にあるけれど」

 「ですよね、やっぱりそうですよね?」


 その時智慧理の真下から、ギラリと強い光が放たれた。


 「っ!?」


 地上で何かが光っている。そう認識した次の瞬間、智慧理は光の正体を察して身を翻す。

 直後、地上から伸びた幾筋かのレーザービームが智慧理を襲った。


 「うあっ……!」

 「黒鐘さん!?」


 2本のビームがそれぞれ右手と右足に命中し、智慧理は苦悶の表情を浮かべる。

 だがこれでも被害は少なく抑えられた方だ。もし智慧理が直前で気付いて身を翻していなければ、ビームは智慧理の心臓を貫いていた。


 「黒鐘さん、直下に敵だ!高度を下げよう!」

 「は、はいっ!」


 右手と右足の痛みに顔を顰めつつ、智慧理はほとんど自由落下の速度で高度を下げる。

 そして智慧理が空き地のような場所に着地すると、そこでは5人の男が待ち構えていた。


 「落ちたぞ!」「囲め!」


 すぐさま智慧理を取り囲んだその男達は皆スーツ姿で、明らかに堅気ではない雰囲気を醸し出している。

 そして男達の右手には、智慧理が持っているものと全く同じ光芒銃が握られていた。

 これらの外見的情報から導き出される男達の正体はただ1つだ。


 「ようやくお出ましですか……恐竜人間!」


 智慧理の光芒銃は元々恐竜人間から奪ったものだ。それと同じものを持ち、それでいて智慧理の邪神眷属感知に反応しない存在となれば、恐竜人間以外には考えられない。


 「これが叛逆の牙の力か……」「もう傷が治り始めているぞ、恐ろしいな」「治りきる前に仕留めるぞ!」


 智慧理は下唇を噛んだ。

 恐竜人間達の言う通り、不意討ちで受けた智慧理の右手右足の傷は、生命力増幅機能によって徐々に治りつつある。しかし未だに万全とは程遠く、右手右足は使い物にならない。

 この状態で恐竜人間に仕掛けられるのは相当不利だ。


 「黒鐘さん、流石にこの状況は拙い。撤退も視野に……」

 「入れません!1週間かけてやっとチャンスが来たんです。絶対に逃さない……!」


 霞の助言を斬り捨て、智慧理は全身から余剰生命力を迸らせる。

 そして恐竜人間達が光芒銃の引き金を引くよりも早く、智慧理は左足で地面を蹴って正面の恐竜人間に突進した。

次回は19日に更新する予定です

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