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5.ウェンディゴ

 「稲盛さん、感知能力の範囲ってどれくらいなんですか?」


 気配を感じる方向へ向かいながら、智慧理は傍らの霞に尋ねる。


 「一応半径1km圏内の邪神眷属を感知できるようにデザインしたつもりだよ」

 「半径1kmって……もうとっくに過ぎてません?」


 智慧理が気配を感じたタワーからは、既に1km以上優に離れている。


 「黒鐘さんはかなり才能があるみたいだからね。感知能力も想定より向上しているのかもしれない」

 「え~私って魔法少女の才能あったんだ……」


 自分の意外な才能に驚きつつ飛行すること数分。


 「ひゃああ~っ……!」


 街の中心部から外れた街灯の少ない住宅街に差し掛かったところで、智慧理は何とも気の抜けたような悲鳴を聞いた。

 視線を落とすとまず目に飛び込んできたのは、フリルだらけの白いドレスのような服に身を包んだ白い髪の少女。暗い住宅街で全身白色塗れのその少女は浮かび上がるように智慧理の目を引いた。

 そして白い少女の数m後方には、3つの黒い人型のようなものが見えた。


 「あれは……」


 その黒い人型が人間でないことは、智慧理にはすぐに分かった。

 人型は2mを超える巨体で、筋肉質の体は夜の闇に溶け込むように真っ黒だ。頭部には1対の大きな枝角があり、智慧理は鹿の頭部を持つ巨漢という印象を受けた。


 「ウェンディゴか、まずいな……」

 「ウェンディゴって言うんですか?あれ」


 霞がウェンディゴと呼んだ鹿人間は、白い少女のことをゆっくりとした足取りで追いかけている。

 体格や筋肉量から考えると不自然に遅いウェンディゴ達の移動速度は、白い少女を甚振るためだと智慧理には理解できた。


 「ひゃああ~……」


 白い少女は相変わらず気の抜ける悲鳴を上げながら、ウェンディゴ達から逃れようと必死で走っている。

 だが白い少女の走り方はまるで幼稚園児の徒競走のようで、絶望的に遅い上にいつ転んでしまってもおかしくない。


 「拙いな、ウェンディゴは食人種族だ。追いつかれる前に助けないと……」

 「言われなくても!」


 智慧理は地面に向かって急降下し、白い少女とウェンディゴ達の間に割り込むように勢い良く着地した。


 「ひゃわぁっ」


 智慧理が着地した際の衝撃で、とうとう白い少女が転倒する。

 だがウェンディゴ達の注意は転んだ白い少女ではなく、突如目の前に現れた智慧理の方に向いていた。


 「3人がかりで女の子1人追い回すなんて、ちょっと悪趣味じゃないですか?」


 智慧理は光芒銃を取り出し、先頭のウェンディゴに銃口を向ける。


 「何だお前は?」


 先頭のウェンディゴが智慧理に問い掛ける。低くて嗄れた、聞き取りづらい声だ。


 「あ、あなたは~……?」


 同時に白い少女も、転倒した体勢のままウェンディゴと同じ質問を投げ掛ける。


 「私ですか?私は、そうですね……」


 ここで本名を名乗るのはあまり宜しくないと、智慧理は一瞬回答を思案する。


 「この街を守るヒーロー……の、見習いってところかな?」

 「……さてはお前、魔術師か」

 「ヒーロー見習いって答えたのに……」


 折角の智慧理の答えを無視し、ウェンディゴ達が舌なめずりをする。


 「これは運がいい。柔らかい肉を持ち帰るつもりが、おまけで魔術師も手に入りそうだ」

 「しかもこの魔術師も肉が柔らかそうだぞ」

 「最高の供物になりそうだ」


 ウェンディゴ達の話し合いに智慧理は眉を顰める。


 「……お肉が柔らかそうなんて、失礼なこと言いますね」

 「邪神眷属にモラルなんて求めるべきではないよ、黒鐘さん」


 霞が智慧理の耳元で囁く。


 「あまり時間を掛けると他の人間が来てしまうかもしれない。早く片付けてしまおう」

 「はいっ」


 霞がそう助言するのと、ウェンディゴ達が動き出すのはほぼ同時だった。


 「お前も供物となれっ!」


 3体のウェンディゴが僅かに時間差をつけて智慧理へと躍りかかる。

 ウェンディゴ達の両手には大きく鋭い鉤爪が備わっており、それで斬りつけられれば人間はひとたまりもない。


 「遅いなぁ」


 だが今の智慧理の動体視力の前には、ウェンディゴ達の動きはほとんど止まっているも同然だった。


 「よっ、と」


 智慧理は全身からバチバチと余剰生命力を放出すると、ウェンディゴ達の鉤爪攻撃を踊るように次々と躱し、3体目のウェンディゴの胴体に擦れ違い様に蹴りを叩き込んだ。


 「ぐあっ!?」


 ぐしゃりという肉の潰れるような音と共に、蹴りを食らったウェンディゴの体が盛大に宙を舞う。

 智慧理は空中のウェンディゴへと光芒銃の銃口を向けると、冷静に狙いを定めて引き金を引く。

 放たれたレーザービームはウェンディゴの鹿の頭部を貫通し、そのまま首から上を消し飛ばした。


 「何だその威力は……!?」


 目の前で同族の頭部が消し飛ばされる様子を目の当たりにしたウェンディゴが戦慄する。


 「トカゲ共の武器ではないのか、それは!?」

 「トカゲ共……?あっ、恐竜人間のことですか?」


 ウェンディゴ達は恐竜人間と光芒銃のことを知っている様子だった。


 「そうですよ、これは私が殺した恐竜人間から奪いました」

 「だがトカゲ共の武器に我々の頭を消し飛ばすほどの威力は無かったはずだ!」

 「使う人によって威力が変わるそうですよ?」


 言いながら智慧理は再び引き金を引き、2体目のウェンディゴの胸に風穴を空ける。


 「がっ……魔術師風情がぁ……!」


 智慧理は致命傷を与えたつもりだったが、予想に反して胸に穴の開いたウェンディゴはすぐには絶命しなかった。


 「わ、頑丈」

 「ウェンディゴの肉体はかなり頑強だからね。確実に仕留めたいならさっきのように頭を消し飛ばすしかない」

 「ゾンビみたいなしぶとさですね~」


 だが如何にウェンディゴが頑丈で、頭部を破壊しない限り死なないとはいえ、頭以外への攻撃が聞かないという訳では無い。

 胸に大穴を空けられたウェンディゴは、倒れずに立っているだけで精一杯、その場から動くことすらできない様子だ。


 「じゃあさっさと頭吹っ飛ばしちゃいますか」

 「させるか!」


 唯一まだ無傷の3体目のウェンディゴが、仲間を守ろうと智慧理に向かって飛び掛かる。


 「邪魔ですって」

 「ぐおっ!?」


 だが智慧理が気だるげに放った回し蹴りの一撃によって、身を挺した妨害はあっさりと退けられてしまった。

 智慧理が光芒銃の引き金を引き、放たれたビームが無慈悲にも胸に穴の開いたウェンディゴの頭部を消し飛ばす。


 「くそっ、貴様ぁ!」


 2体の仲間を失った最後のウェンディゴが憎しみの言葉を吐く。

 だが語気の強さとは裏腹にその動きはとても鈍い。余剰生命力を上乗せした智慧理の回し蹴りが相当に堪えているのだ。


 「人間を襲って殺そうとしたこと、私のことを柔らかそうなお肉って呼んだこと。過去のあなたの行いが、今のあなたを殺すんです」


 智慧理は容赦なく3体目のウェンディゴの額に狙いを定める。


 「さようなら」


 頭部を失ったウェンディゴの死体が、ゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。


 「上出来だ」


 霞が笑みを浮かべる。


 「ほわぁ~……!」


 ここで力が抜けるような歓声を上げたのは、ウェンディゴ達に襲われていた白い少女だった。

 色素の薄い瞳をキラキラと輝かせ、智慧理に熱烈な視線を向けている。


 「大丈夫ですか?怪我してませんか?」


 智慧理は白い少女に近付きながらそう尋ねる。


 「は、はい。健康体です~」

 「そ、そうですか……」


 白い少女の独特な語彙に戸惑う智慧理。だが見たところ白い少女の体には、本人の言う通り特に怪我は見当たらなかった。


 「お姉さん、本当にヒーローなんですね~」

 「あはは、まだ始めたばっかりの見習いですけどね」

 「お姉さんならすぐに見習い卒業できると思います~。あっ、助けてくれてありがとうございました~」


 白い少女はどこか世間離れしたような独特の雰囲気を纏っていた。

 つい先程まで異形の怪物に追い回されていたというのに、その経験に対する恐怖は感じられない。


 「夜に1人で出歩くのは危ないですよ。この街にはさっきみたいな怪物が出るらしいですし、そうじゃなくても夜は不審者とか出やすいですから」

 「は~い、ごめんなさい~……」


 地面に座り込んだままの白い少女に、智慧理は右手を差し出す。

 少女は「ありがとうございます~」と智慧理の手を掴んで立ち上がった。


 「お家まで送りますよ」

 「いえ、大丈夫です~。お家はすぐ近くですから~」

 「でもここからお家に帰るまでにまた怪物に襲われるかも……」

 「ヒーローさんにそこまでしてもらう訳にはいかないですから~」


 家まで送るか送らないか、白い少女と押し問答のような形になる智慧理。


 「っ、また……!?」


 するとその最中、智慧理は妙な気配を直感的に感じ取った。

 その感覚は先程セントラルタワーの頂上で感じたのと同じものだ。


 「また邪神眷属が出たのか!?」


 霞の質問に智慧理は小さく頷く。

 その感覚が邪神眷属の存在を示唆するものであるということを、智慧理は既に学んでいた。


 「でも……」


 智慧理は逡巡する。

 新たな邪神眷属が現れた以上、そちらに急行しなければならない。だが一方で白い少女をこのまま1人ここに残すのも躊躇われた。

 智慧理と別れた後に白い少女が再び邪神眷属に襲われることは充分に考えられるし、邪神眷属でなくとも不審者が現れる可能性だってある。


 「今日は本当にありがとうございました~」

 「えっ?あっ!」


 智慧理が悩んでいる間に、白い少女は智慧理から距離を取っていた。


 「ヒーローさんに助けてもらったご恩は忘れません~」

 「ちょっ、待っ」

 「私のお家は本当に近くなので~。ではでは~」


 白い少女の姿が曲がり角に消えていく。

 慌てて後を追う智慧理だが、智慧理が曲がり角の向こう側を覗き込んだ時には、もうそこに白い少女の姿は無かった。


 「あれ……?いない……」


 別の路地に入ってしまったのか、或いは見えている家のどれかが白い少女の自宅だったのか。

 いずれにしても智慧理が白い少女を見失ってしまったことに変わりはない。


 「見失ってしまったものは仕方がない。早く新たな邪神眷属の下へ向かおう」

 「は、はいっ」


 白い少女のことは気がかりだが、今の智慧理にはどうすることもできない。霞の指示に従い、智慧理は夜空へと飛び立った。

次回は明日更新して、それ以降は隔日更新を予定しています。

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― 新着の感想 ―
新連載ですねー! 黒鐘さんだからやっぱり変身後は"あの名前"なのかな?
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