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47.夜の獣

 「智慧理!鹿籠さん!すぐに仕留めて!」


 インカム越しに紗愛の鋭い指示が飛ぶ。その声に突き動かされるように紗愛と露華は戦闘態勢に入った。


 「変身!」

 「へ~んしんっ!」


 2人の足元からそれぞれ黒と白の旋風が噴出し、その体を覆い隠す。

 数秒の後に再び姿を現した2人は、それぞれ黒い天使と白い悪魔のような衣装へと変身を完了していた。


 「アポート!」


 智慧理は更に両手首のバングルを起動させ、左右の手にそれぞれオズボーンとヘリワードを召喚する。そしてヘリワードの銃口を黒い獣の額に向けて引き金に指を掛けた。

 しかし智慧理の攻撃に先んじて黒い獣が大型犬のように吠え、同時に3つの赤い瞳が警告灯のように強い光を放った。


 「うっ……!?」


 赤い光を直視し、智慧理は一瞬強烈な立ち眩みに襲われる。かと思うと次の瞬間、智慧理は黒い天使の姿から元の制服姿へと強制的に戻ってしまった。


 「はぁ!?」


 自分の意志と関係なく変身が解除されたことに動揺する智慧理。するとそれを隙と見なした黒い獣が智慧理目掛けて飛び掛かり、鋭い爪を備えた右前脚を振り被った。


 「危なっ!?」


 智慧理は咄嗟にオズボーンで獣の爪を弾きつつ左側に跳び、ギリギリで獣の攻撃を回避する。


 「変身!」


 体勢を立て直しつつ再度変身を試みる智慧理だったが、その足元から黒い旋風が噴き上がることはなかった。


 「間に合わなかったわね……」


 困惑する智慧理の左耳に、悔やむような紗愛の声が届く。


 「紗愛先輩、何で私変身できないんですか!?」

 「あの黒いやつの能力よ。アイツの名前は夜の獣(ナイトブルート)。『魔術師殺し』とも呼ばれる魔術生命体で、あの3つの赤い目から放たれる光を見た魔術師は、精神干渉を受けてしばらくの間魔術が使えなくなるのよ」

 「ふざけてる!」


 これまで邪神眷属や魔術師との戦いで智慧理が陥ってきたピンチは数あれど、単純な命の危険という観点では今回のこれがずば抜けている。

 今まではどれほどの劣勢に追い込まれても、生命力増幅機能に任せた無茶で状況を打開することができた。しかし変身することができなければ当然生命力増幅機能は使えない。

 今の智慧理は傷を負っても回復することができない。一撃でも食らえば命を落としかねない貧弱な生身の肉体で、異形の怪物に立ち向かわなければならないのだ。


 「いいですよ……やってやりますよ……!」


 危機的状況を自覚して尚智慧理は犬歯を剥き出しにして笑い、オズボーンの切っ先を夜の獣に向ける。夜の獣はそれを挑発と受け取ったのか、激しく吠えながら智慧理へと突進する。

 その時智慧理と夜の獣との間の空間に玉虫色の亀裂が発生、夜の獣は急制動ができず亀裂の中に飛び込んでいった。


 「智慧理さん、あのネコちゃんは私に任せてください~」


 廻廊を閉じて自信満々に胸を張った露華は、智慧理と違って白い悪魔のような変身形態を維持していた。


 「露華、どうして……あそっか!露華には効かないんだ!」


 智慧理は夜の獣の精神干渉によって魔術の使用、ひいては変身能力を封じられた。しかし智慧理と違って精神干渉耐性を持つ露華は夜の獣に変身能力を奪われずに済んだのだ。


 「智慧理さん~、ネコちゃんは私が倒しますから、智慧理さんはその間に知念先生を止めてください~」

 「分かった!……ネコちゃん……?」


 夜の獣を猫と称する露華の感性に首を傾げつつ、智慧理は力強く頷いて見せる。

 露華は智慧理に頷き返すと人1人が通れる大きさの廻廊を開き、自らその中へと姿を消した。先に廻廊で別の場所に飛ばした夜の獣を追ったのだろう。


 「驚いたなぁ……黒鐘さんも鹿籠さんも魔術師だったなんて。念のため夜の獣用意しといてよかった~」


 智慧理と露華が夜の獣を対処している間に、知念は蹴り飛ばされた拳銃の回収を終えていた。


 「精神干渉耐性持ちの魔術師が邪魔しに来るのは予想外だったけど……ま、いっか。夜の獣と一緒にどっか行ってくれたし。てかあれ何の魔術?見たこと無いんだけど」

 「答えると思いますか?」

 「ああいいよ別に。思考を整理するためのただの独り言だから」


 改めて智慧理に拳銃を向ける知念。


 「精神干渉耐性持ちの魔術師はどこかに消えて、残ったのは夜の獣の力で魔術が使えなくなったあなた1人。後はあなたさえ始末すれば、私と聖ちゃんとの再会を邪魔する奴はいなくなる」


 知念の人差し指が引き金に掛かる。


 「くっ……」


 智慧理と知念との距離は約5m。さしもの智慧理でも知念が引き金を引く前にこの距離を詰めることはできない。

 左手には一応遠距離武器のヘリワードがあるが、ヘリワードは引き金を引くことで詠唱を省略して即座に<排斥の光芒>を発動するという原理のアーティファクト。今の智慧理には使えない。


 「死んで、黒鐘さん」


 すぐそこまで迫った死を前に、智慧理は必死で頭を回転させた。




 「やっぱり安全に戦うならここですよね~」


 廻廊を通った露華がやって来たのは、岩肌が剥き出しになった巨大な窪地。少し離れた場所では先にこの場へ飛ばされていた夜の獣が唸り声を上げている。


 「ごめんなさい紗愛先輩、勝手に使っちゃいました~」

 「気にしないで、こういう時のために買った土地だもの」


 この場所は北御伽原採石場跡地。以前にヴィズビオンストレイのヴァヴとの対決でも使用したこともある、紗愛が所有する広大な土地の、その一角だ。

 露華は魔術を封じられた智慧理から夜の獣を引き離し、それでいて周囲に被害を出さずに夜の獣を仕留めるための舞台として、この採石場跡地を選んだのだ。所有者の紗愛には事後承諾の形になってしまった。


 「鹿籠さん、今からあなたの視界に同期させてもらうわね」


 今までは智慧理の視界に同期することで状況を把握していた紗愛だったが、ここで視界を同期する相手を智慧理から露華へと切り替えた。

 智慧理は夜の獣によって変身能力を封じられてしまったとはいえ、相手は人間の魔術師1人。それよりも「魔術師殺し」の異名を持つ夜の獣を相手取った露華の方が、支援の必要性が高いと紗愛は判断した。


 「さぁて、やりますよ~」


 両手で拳を作り、夜の獣討伐に意欲を見せる露華。

 一方夜の獣は自分が突然全く別の場所に移動させられたことに戸惑いつつ、それを行ったのが露華であることを理解して怒りを露わにしていた。


 夜の獣が吠え、露華に向かって走り出す。その動きはチーターにも匹敵するほど俊敏で、運動神経に恵まれていない露華では逃げることは到底できない。

 しかし露華は端から逃げ出すつもりなどなく、その場で祈るように両手を組み合わせる。


 「エルカサム!」


 詠唱と同時に露華の背後に数十もの黄金色の魔法陣が、孔雀が羽を広げるように展開される。そしてそれらの魔法陣から一斉に<死光線>が放たれた。

 魔法陣と同じ黄金色のビームが狙うのは言うまでもなく夜の獣だ。露華を狙って一目散に駆ける夜の獣は、必然的に数十ものビームに頭から突っ込んでいく形になる。

 夜の獣はすぐさま回避行動に移るが、露華の攻撃範囲は相当に広い。いかに夜の獣が俊敏と言えども全てのビームを回避することはできず。いくつかのビームが夜の獣の頭や胴体を捉えた。


 「……あれ?」


 しかし夜の獣に命中した<死光線>は、1つとして夜の獣の体を貫くことはなかった。一応ビームが命中した箇所には出血が見られるが、露華が望んだダメージからは程遠い。


 「紗愛先輩、どうして効かないんでしょう~?」

 「夜の獣は『魔術師殺し』って呼ばれるだけあって、対魔術師戦闘に特化してるの。だから魔術師が1番よく使う攻撃魔術の<排斥の光芒>には耐性があるのよ」


 <死光線>は<排斥の光芒>の改造魔術。通常の<排斥の光芒>よりは夜の獣に通用するが、それでも夜の獣への攻撃としては効果的とは言えない。

 傷を負ったことで夜の獣は更に激昂し、口の端から涎を垂らしながら牙を剥き出して跳躍する。


 「困りましたね~」


 露華は廻廊を使って夜の獣の攻撃を躱しながら眉根を寄せる。


 「紗愛先輩~。私は<死光線>しか使えないのに、それが効かない相手とはどう戦えばいいんでしょう~?」

 「そ、そうね……」


 夜の獣は爪や牙を駆使して執念深く攻撃を仕掛けるが、露華は廻廊から廻廊へと次々移動して夜の獣の猛攻を躱していく。

 廻廊と廻廊との距離を狭め、露華自身の移動距離を極限まで削減することで、露華は運動神経の無さという自らの弱点をカバーしていた。


 「そうだ、鹿籠さん。<死光線>が使えないなら、廻廊の方を使って攻撃してみたらどうかしら?」

 「廻廊で攻撃ですか~?」

 「そうね、例えば……」


 紗愛から授けられた作戦は、露華の発想には無いものだった。


 「おお~!流石紗愛先輩ですね~」

 「あ、ありがと」

 「やってみます~」

 「頑張ってね、鹿籠さん」


 顎を全開にして露華に食らいつこうとする夜の獣。それに対し露華は、夜の獣をこの採石場跡地に転移させた時と同じように、自分と夜の獣との間に廻廊の入口を作り出した。

 廻廊を前にしてやはり夜の獣は急に止まることができず、またしても頭から廻廊に突入した。

 夜の獣の全身が廻廊の向こう側へと消え、採石場の窪地には露華1人だけが残される。


 「上手く行ったでしょうか~?」

 「すぐに分かるわよ」


 そんな会話をしながら待つこと約10秒。

 窪地の外縁部に何かが凄まじい勢いで落下してきた。


 「ひゃわぁっ!?」


 落下の際の衝撃音に肩を跳ねさせる露華。


 「鹿籠さん、成功したんじゃない?見に行ってみたら?」

 「行ってみます~」


 露華は廻廊を使って落下地点に移動する。

 そこには墨汁をぶちまけたような黒いシミが広範囲に広がっていた。


 「これは~……夜の獣かどうか分からなくなっちゃいましたね~」

 「鹿籠さん、どこまで飛ばしたの……?」

 「成層圏の辺りです~」

 「それはこうなるのも当然だわ……」


 露華の眼前に広がる黒いシミの正体は、少し前までは夜の獣だったものの成れ果てだ。

 先程夜の獣が突入した廻廊は、地上から数十km離れた成層圏に繋がっていた。廻廊から飛び出した夜の獣はその勢いそのままに成層圏に投げ出され、直後重力に引かれて落下。

 そして抵抗もできないまま採石場の岩肌に墜落し、物言わぬ地面のシミとなってしまったのだ。


 「紗愛先輩のおかげで勝てました~。ありがとうございます~」

 「う、うん……自分で提案しといてアレだけど、この技はちょっとえげつないわね……」


 廻廊を使って夜の獣を高所に移動させ、そこから墜落させることで夜の獣を倒す、というのは紗愛のアイデアだ。

 飛行能力を持たない相手であれば廻廊に入れさえすれば勝利が確定する非常に強力な作戦だが、強力過ぎるが故に実際目の当たりにすると忌避感のようなものを抱いてしまった。

 しかしそれはあくまでも紗愛の感想で、実際に作戦を実行した露華は夜の獣を討伐できたことを素直に喜んでいた。


 「それじゃあ急いで智慧理さんのところに戻らないとですね~」

 「そうね。智慧理の方も上手く行ってるといいけど……」


 紗愛は視界を同期する相手を露華から智慧理へと切り替える。


 「えっ……?」


 そして紗愛は言葉を失った。

 智慧理の目を通して見た御伽原学園の体育館には、一連の事件の首謀者である知念の他にもう1人、制服姿の見慣れない少女の姿があったのだ。

次回は9日に更新する予定です

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