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46.集団失神

 「智慧理、今日は一緒に帰れるの?」


 ホームルームが終わり、智慧理が帰り支度をしていると、睦美が近付いてきて智慧理にそう尋ねた。


 「そうだね、今日は紗愛先輩に呼び出されてないし」


 近頃智慧理は放課後に紗愛に呼び出される機会が多かったため、中々睦美と一緒に下校することができずにいた。

 しかし今日の紗愛は、本条聖を生き返らせようとしている犯人と目されている知念の身辺調査をするため、昼休みの時点で早退している。故に今日の智慧理は久々に睦美と一緒に帰ることができた。


 「やった!じゃあ露華ちゃんも一緒に帰ろ!」

 「私もいいんですか~?」

 「勿論!」


 睦美が露華にも声を掛け、3人が鞄を持って教室を出て行こうとしたその時。


 キーン……コーン……カーン……コーン……


 教室のスピーカーからチャイムの音が鳴った。


 「あれ?」


 睦美が怪訝な顔でスピーカーを見上げる。


 「なんで今チャイム鳴ったんだろ?」


 今はホームルームが終わって放課後に入ったばかりで、普段であればこの時間にチャイムが鳴ることはない。にもかかわらず何故今日はこんな半端な時間にチャイムが鳴ったのかと、睦美に限らず教室にいた全員が同じ疑問を抱いてスピーカーを見上げていた。


 「スピーカーの故障かな?智慧理、どう思う?」

 「どうだろう……ただの故障だといいんだけど……」


 智慧理は胸騒ぎを感じていた。不自然なチャイムに何だか嫌な予感を掻き立てられる。

 するとその時、智慧理の視界がぐにゃりと大きく歪んだ。


 「な、に……!?」


 突然地面が底なし沼に変化したかのような、立っていることすら困難なほどの強烈な眩暈。


 「きゃっ!?な、何これ……」


 智慧理の目の前で睦美が膝を突き、そのまま床に倒れ込む。

 霞む視界で智慧理が教室を見回すと、クラスメイト達が睦美と同じように次々と倒れ込んでいく。


 「睦美さん!?智慧理さんも、ど、どうしたんですか~!?」


 唯一露華だけは無事な様子だった。突然意識を失い始めたクラスメイト達に動揺している。

 露華だけが普段と変わらないとなると、今起きている事態として考えられる可能性は1つ。


 「精神……干渉……」


 何者かの精神干渉によってクラスメイト達が意識を奪われている。いや、被害が智慧理達のクラスだけだとは考えにくい。恐らく学園中で同じ現象が起きているのだろう。

 そこまで考えたところで智慧理は限界を迎え、激しく歪む視界の中でとうとう意識を手放し……


 「しっかりしてください智慧理さん!」

 「はっ!?」


 露華に強く体を揺すられて智慧理は意識を取り戻した。


 「目が覚めたんですね~、よかったです~」


 智慧理の視界に最初に飛び込んできたのは、ほっと胸を撫で下ろす露華の姿。


 「露華……私どれくらい気絶してた?」

 「3分くらいです~」

 「ああ、そんなものなんだ……」


 智慧理の復活には存外時間は掛からなかったらしい。先程まで感じていた強烈な眩暈のような感覚がすっかりなくなっているところを見るに、既に精神干渉の影響からは抜け出している様子だ。


 「露華、状況は?」

 「よく分からないんです~。急にみんなが気を失っちゃって……智慧理さんだけはすぐに起こさなきゃと思って頑張りました~」

 「そっか。ありがとう、助かったよ」


 智慧理は露華の髪を優しく撫で、それから立ち上がって教室中を見渡した。露華の言葉通り、智慧理と露華以外のクラスメイトは全員気を失ったまま倒れている。

 智慧理は最も近くで昏倒している睦美に近付き、脈拍や呼吸を確かめた。結果はどちらも正常、命に別状は無いと判断できる。

 続いて廊下に出てみると、そこにもちらほら倒れている生徒の姿があった。いくつか他の教室を覗いてみると、どこも智慧理達のクラスと同じような状況だ。


 「学園中の人間が一斉に気絶……原因は多分さっきのチャイムだよね?」


 集団失神の原因として最も怪しいのは、不自然な時間にスピーカーから鳴ったチャイムの音だ。あのチャイムの直後に生徒達が倒れ始めた以上、事態に無関係とは思えない。


 「直接の原因はチャイムっていうより、その後に流れた音楽だと思います~」

 「音楽?」

 「はい~。チャイムが鳴って少しした後に、クラシックみたいな音楽が流れ始めて、そしたらクラスの人達が倒れ始めたんです~」

 「そんな音楽流れてたんだ?気付かなかったな……」


 智慧理がその音楽に気付かず露華だけが気付いたということは、精神干渉を受けている当事者には認識できないような音楽だったのだろう、と智慧理は推察した。

 しかし集団失神の直接の原因については、今はそこまで重要な事柄ではない。重要なのは学園全体に精神干渉攻撃を仕掛けた犯人とその目的だ。


 「多分学園のどこかに、こんなことをやらかしたバカがいるはず……」

 「手分けして探しましょ~」

 「そうだね。それと紗愛先輩にも連絡しなきゃ」


 智慧理と露華は一旦自分達の教室に戻り、鞄の中からインカムを取り出して左耳に装着する。


 「私は本校舎の中を調べてみます~」

 「じゃあ私は他の建物を見てくる!」


 再び教室を出たところで智慧理と露華は二手に分かれ、智慧理は本校舎の外に飛び出した。


 「紗愛先輩、聞こえますか!?紗愛先輩?」


 走りながら智慧理はインカムに向かって呼び掛ける。すると程なくして通信が繋がる気配があった。


 「どうしたの智慧理、何かあった?」

 「紗愛先輩!実は……」


 智慧理は何者かが学園全体に精神干渉攻撃を仕掛けてきたことを簡潔に説明する。


 「嘘でしょ!?もう連中が動き出したっていうの!?」

 「紗愛先輩、これってやっぱり……!」

 「……本条聖の蘇生を企んでる犯人の仕業でしょうね。死者蘇生魔術に邪魔が入らないように、予め学園内の全員を眠らせておこうって魂胆でしょうね」


 吐き捨てるような紗愛の口調からは、唇を噛むような悔しさが感じ取れた。


 「私としたことが後手に回ったわ……!」


 犯人が死者蘇生魔術を実行に移す前に、紗愛は犯人の計画の全貌を明らかにすることができず、それどころか犯人の正体すら確定させることもできなかった。90年近く生きた熟練の魔術師としてこれほど悔しいことはない。


 「紗愛先輩、犯人がいそうな場所に心当たりありますか!?」

 「……体育館よ。死者蘇生なんて大規模魔術、かなり広い場所じゃないと無理だわ」

 「体育館ですね、分かりました!」


 智慧理は紗愛の予想を信じて体育館に全速力で向かう。


 「智慧理、あなた前に私に聞いたわよね?誰かが誰かを生き返らせようとする行為を、私達は止めるべきなのかって」

 「は、はい。聞きましたけど……」

 「本条聖が悪意の信徒だったって情報が出てきた以上、今の時点で本条聖を生き返らせるのはあまりにも危険よ。変な遠慮なんかしないでぶっ潰しちゃいなさい!」

 「はい!」


 紗愛の声援を受けて、智慧理が勢いよく体育館に突入する。


 「……は?」


 体育館の内装は、智慧理が知るそれとは大きく異なっていた。

 窓は全てカーテンで塞がれて外からの光は遮断され、奥のステージも暗幕によって覆い隠されている。

 本来はバレーボールやバスケットボールなどのコートのラインが引かれているはずの体育館の床には、真っ黒な絨毯が隙間なくぴっちりと敷き詰められていた。そして絨毯には赤いインクで、体育館に収まるギリギリの大きさの幾何学的な円形の魔法陣が描かれている。

 そして魔法陣の中心には、いかにも魔術師然とした黒いローブに身を包んだ、見覚えのある人物の姿があった。


 「知念先生……」


 知念麗美は闖入者の存在に気付き、怪訝そうに眉を顰める。


 「やっぱりあなたが、本条聖を生き返らせようとしてた犯人だったんですね……!」


 学園中の人間が意識を失っている中で1人だけ失神を免れ、内装が様変わりした体育館で平然と佇んでいる。状況から見て知念が一連の事件の犯人であることに最早疑いの余地はない。

 事前に確定することこそできなかったが、それでも紗愛や露華の推理は間違っていなかったのだ。


 「黒鐘さんがどうしてここに……?私以外の人間は全員眠らせたはずなのに……」


 知念は普段教壇に立つ時と変わらない口調で疑問を独り言ちる。


 「眠らされましたよ。でも心強い友達が起こしてくれたんです」

 「友達?箕六さんじゃなさそうだし、鹿籠さん?……まあ、誰でもいっか」


 さして興味もなさそうに知念は呟き、智慧理へと1歩距離を詰める。


 「ここに来たってことは、黒鐘さんは私の計画を全部知ってるって思っていいのかな?」

 「はい。知念先生が魔術を使って御伽原学園の七不思議をホントっぽく演出したことも、『10年前の死者』の噂を学園に広めたことも、七不思議を信じた学園生達の思念を利用して本条聖を生き返らせようとしてることも、全部全部お見通しです!」


 智慧理は推理小説のクライマックスで犯人を指摘する探偵のような気持ちで、人差し指をビシッと知念に突き付けた。

 実のところ智慧理が並べ立てた内容は全てまだ推測の域を出ておらず、何の確証もなかったのだが、そこはもうハッタリである。


 「そっか……もう全部バレちゃってるのか……」

 「あっ当たってた」

 「それで?黒鐘さんはここに何しに来たの?」


 知念が生徒に向き合う教師としての、この場には似つかわしくないほど温和な笑顔を浮かべる。


 「決まってます。知念先生を止めに来ました」

 「そっか。じゃあこうするしかないね」


 知念は笑顔のまま、懐から取り出した拳銃の銃口を智慧理に突き付けた。


 「えっ嘘でしょ?」


 おサイフケータイのような気軽さで登場した拳銃に智慧理は目を丸くする。

 智慧理が拳銃を向けられるのは初めてではないが、それでも仮にも教師という立場の人間が何の躊躇もなく生徒に拳銃を向けたという事実に、流石の智慧理も面食らう。


 「どうする?黒鐘さん。今すぐ回れ右してここから出てくなら生かしてあげるけど」


 智慧理には知念のその言葉が嘘ではないことが何となく分かった。恐らく智慧理が素直に体育館から出て行けば、知念は智慧理に危害を加えないだろう。

 しかし智慧理もここで「はい分かりました」と出て行く訳にはいかない。


 「知念先生は……」

 「余計なことは喋らないで。出て行くか撃たれるか。決めて」


 取り付く島もないとはこのことだ。

 一応智慧理がブラックエンジェルに変身すれば、ただの拳銃程度は脅威にならない。しかしこの状況では智慧理が変身するよりも知念が引き金を引く方が流石に早い。


 「あと5秒で出て行かなかったら撃つよ。5、4……」


 焦れた知念がカウントダウンを始めたその時、智慧理は知念の隣の空間に玉虫色の亀裂が生じるのを見た。

 智慧理は思わず口元を緩める。


 「知念先生……」

 「3、2……何?出て行く気になった?」

 「そうじゃないです。左見てください、左」

 「そんな子供騙しの手には……」

 「とぉ~うっ!」


 気の抜けた掛け声と共に、玉虫色の亀裂から飛び出してきた露華が知念に飛び掛かる。

 露華は運動神経が壊滅的なのでその動きは緩慢もいいところだったが、しかしそれでも廻廊からの不意打ちという反則技に知念は反応できなかった。


 「きゃっ!?」


 知念が体勢を崩し、銃口の向きが智慧理から逸れる。

 その隙に智慧理は一瞬で知念との距離を詰め、右手の拳銃を蹴り飛ばした。

 右手の痛みに顔を顰める知念。

 智慧理は更に知念の足を払って転倒させ、その上から覆い被さるように知念を床に押さえ付けた。


 「ごめんなさい智慧理さん、遅くなっちゃいました~」

 「全然そんなことないよ。タイミングバッチリだった」


 智慧理が知念と対峙している間に、露華は紗愛から指示を受けて体育館に向かっていた。そして智慧理は2人の会話をインカム越しに聞いていたため、露華が援護に駆け付けてくれることを前提として知念相手に立ち回れていたのだ。


 「ぐっ、鹿籠さん、どうやってここに……!?」

 「今はそんなことはどうでもいいんです。それより知念先生、あなたは悪意の信徒なんですか?」


 形勢が逆転したので尋問を始める智慧理。


 「悪意の信徒……?」


 知念は心底意味が分からないというように顔を顰めた。


 「10年前に潰れた犯罪組織が何か関係あるの……?」

 「えっ」


 智慧理も露華もインカムの向こうの紗愛も揃って呆気に取られた。

 知念の口調や表情はとぼけているという風ではない。何故智慧理が悪意の信徒の名前を出したのか、本気で分かっていない様子だ。


 「知念先生は悪意の信徒じゃない……?でもそれならどうして知念先生は本条聖の蘇生を……?」


 インカムから紗愛の困惑する声が聞こえてくる。


 「知念先生、なんで本条聖を……」

 「ねぇ。もしかしてもう勝ったと思ってる?」


 智慧理の質問を遮る知念。


 「拳銃を奪って取り押さえてもうおしまい?そんな訳ない。私の聖ちゃんへの思いが、その程度で終わるはずがない……!」


 異様な気迫を放つ知念。智慧理は咄嗟に知念の意識を奪おうと動くが……


 「エレフ・エモク!」


 知念が呪文を口にする方が早かった。

 途端に知念の視線の先の壁面に直径2mほどの黒い魔法陣が出現し、そこから素早く黒い影が飛び出してくる。


 「くっ!」


 黒い影は一目散に智慧理に向かって飛び掛かってきたので、智慧理はやむなく知念の上から飛び退いて影を回避する。

 そしてようやく認識した黒い影の正体は、真っ赤に輝く3つの目を持つ黒い四足歩行の大型獣だった。


次回は7日に更新する予定です

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