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43.10年前の死者

 「生徒会長サマがウチに何の用だ?」


 新聞部で智慧理達を出迎えたのは、細身で眼鏡を掛けた横柄な態度の男子生徒だった。


 「多聞(たもん)、あなた七不思議のこと調べてたんでしょ?」

 「ああ?それがどうしたんだよ」

 「新聞部が把握してる七不思議の情報を全部教えてほしいの。それと、『10年前の死者』のこともね」


 すると紗愛が多聞と呼んだ新聞部部長は、怪訝そうにピクッと眉を持ち上げた。


 「……生徒会長も案外オカルト好きなんだな。七不思議のことならまだしも、10年前の死者のことなんて知ってる奴はそういないだろうに」

 「たまたま小耳に挟んだだけよ。で、耳聡いあなた達のことだから、当然『10年前の死者』とやらも調べは付いてるんでしょ?」

 「それを聞いてあんた何するつもりだ?」


 多聞がジロリと紗愛を睨み上げる。


 「言っておくが情報ってのはウチにとって生命線なんだ。それを何の見返りも無しに寄越せってのはいくら生徒会長サマでも横暴が過ぎるってもんじゃ……」

 「あなた達が女バスと揉めた時に間を取り持ってあげたのは誰だったかしら?」

 「その節は本当にありがとうございました」


 それまでの太々しい態度から一変、多聞は椅子から飛び降りて紗愛に平伏した。


 「お~、土下座を見るのは初めてです~」


 多聞の丸まった背中を興味深そうに観察する露華。智慧理は紗愛と新聞部との間に過去何があったのかが気になった。


 「それで、『10年前の死者』の情報は貰えると思っていいのかしら?」

 「あ、ああ……おい」


 多聞が近くの女子部員に声を掛ける。

 呼ばれた女子部員は、使い込まれた手帳を片手に1歩前に進み出た。


 「調べたところ、どうやら御伽原学園では10年前に1度生徒が自殺してるらしいんです」


 女子部員のその言葉に、紗愛は僅かに目を見開いた。


 「へぇ?そんな話聞いたこと無いわね」

 「当時あまり大々的には報道されなかったみたいなので、知らなくても無理はないかと。生徒会長も当時は小学生で、こういったニュースはあまり入ってこないでしょうし」

 「……そ、そうね。10年前なんて私小学生だものね」


 智慧理は噴き出しそうになったのを必死でこらえた。言うまでも無く10年前の紗愛は小学生どころか78歳の喜寿越えである。

 しかしそんな喜寿越えの紗愛でも御伽原学園の自殺者の存在を知らなかったということは、女子部員の言う通り自殺者については報道されていなかったということだ。


 「新聞部の調べによると、自殺者の名前は本条(ほんじょう)(ひじり)。当時は3年生で、放送部に所属していたそうです」

 「放送部……?」


 紗愛がその単語に耳聡く反応する。

 放送部は昼の校内放送を担当している部活だ。そして校内放送と言えば必然的に想起されるのが、「真夜中の0時に誰もいないはずの学園で校内放送が始まる。それを聞いた人間は死ぬ」という都市伝説だ。

 紗愛のその思考を肯定するように女子部員は小さく頷き、更に話を続ける。


 「それとこれは未確定情報なのですが、本条聖は図書委員会に所属していた可能性があります。そして家庭科の新山先生と仲が良く、時々家庭科室を自習に使わせてもらっていたという証言も得られました」

 「なるほどね……偶然で片付けるにはちょっと共通点が多すぎるわね」


 図書室も家庭科室も放送室同様七不思議の舞台になっている。そして10年前の死者こと本条聖がそれら全ての場所と縁があったとなると、七不思議と本条聖との関係を疑わない方が難しい。


 「更にこれが決定的なのですが……本条聖が自殺した場所は、3階の女子トイレだそうです」

 「何ですって!?」


 驚きの余り声を張り上げる紗愛。声こそ出さなかったが智慧理も露華も同じ心境だった。


 「以上のことから七不思議と本条聖との間に何らかの関連性があることは確定的として、我々新聞部はこれを次の学生新聞の題材とすることを決定しました。ですが……記事を書き始めた段階で、教頭先生からストップが入ったのです」

 「教頭から?どうして?」

 「面白半分に死者を取り扱う内容は、学生新聞の記事としては相応しくない、というのが教頭先生の指導でした。それ自体は非常に真っ当な指導ですから、新聞部は掲載の中止を決定したのですが……」


 そこまで言って何やら口籠る女子部員。


 「どうしたの?」

 「いえ……これは何の根拠もない、あくまで私の勘なのですが……」


 紗愛に促され、女子部員は躊躇いがちに口を開く。


 「教頭先生の指導は、その……建前のように私には思えました」

 「建前……つまり教頭には七不思議と本条聖の記事を掲載してほしくない、何か別の理由があったってこと?」

 「私にはそう感じられました」


 女子部員の所感を受けて、紗愛は顎に手を当てて考え込む。


 「仮に教頭が個人的に記事を出してほしくなかった理由があるとして……教頭が出してほしくないのは、七不思議と本条聖のどっちなのかしら……?」


 紗愛が自分の思考に沈んでいる間、智慧理と露華は手持無沙汰に立っていることしかできなかった。

 するとそんな2人を見かねたのか、部長の多聞が口を開く。


 「しっかし妙だよなぁ。俺達は記事を出してねぇのに、結局本条聖の話は学園中に広まってやがった」

 「えっ、そうなんですか?」

 「何だ、あんたらは知らねぇのか」


 智慧理と露華は揃って首を縦に振る。


 「七不思議ほどじゃないが、10年前の死者も今じゃ学園では結構有名な話だ。多分生徒の半分くらいは知ってるだろうな。ったく、記事にもしてねぇ情報が勝手に広まってるようじゃ、新聞屋としては商売あがったりだよなぁ」


 部活なんだからそもそも商売じゃないでしょ、と智慧理は思ったが、多聞とは初対面なので口には出さなかった。


 「どこの誰が広めやがったんだか……」

 「新聞部は誰から本条聖さんのことを聞いたんですか?普通に考えたらその人が広めたんだと思いますけど」

 「あ~、それがなぁ……取材した資料を一部紛失して、情報提供者の名前が分からなくなったんだよ。しかも取材した本人も、誰に聞いた話だったか思い出せないってよ。なぁ?」


 多聞が女子部員に話を振ると、女子部員は「すみません……」と恐縮してしまった。


 「<認識の攪乱>、かもしれませんね~」


 露華が智慧理の耳元で囁く。


 「えっ?」

 「<認識の攪乱>は、使い方によっては一部の記憶を消すような使い方もできます~。もしかしたら情報提供者さんが、<認識の攪乱>で自分のことを思い出せないようにしたのかもしれません~」

 「だとしたら……本条聖さんのことを広めたのは魔術師ってことになるよね?」

 「はい~。多分~、七不思議の舞台に<認識の攪乱>を仕掛けたのとおんなじ魔術師さんじゃないでしょうか~」


 七不思議と本条聖との間に何らかの関係性がある以上、七不思議の舞台への細工や本条聖の噂の拡散は、全て同一の魔術師によるものと考えるのが自然だ。


 「……ありがとう、いい話が聞けたわ」


 紗愛がそう言って話を切り上げ、智慧理と露華を引き連れて新聞部の部室を後にする。

 3人はそのまま屋上へと移動した。


 「とりあえず今わかってることを整理するわ」


 紗愛が智慧理と露華に向かって人差し指を伸ばす


 「まず、御伽原学園の七不思議の舞台になってる学園内の6ヶ所の施設には、それぞれ特定の条件を満たした人間に対して幻覚や幻聴を引き起こす<認識の攪乱>の魔術が仕掛けられていた」


 続いて中指を伸ばす紗愛。


 「次に、御伽原学園では10年前に本条聖という女子生徒が自殺してる。本条聖は放送部に所属していたり図書委員を務めてた可能性があったり、極めつけには自殺した場所が女子トイレだったりと七不思議との関連性がある」


 最後に紗愛は薬指を伸ばした。


 「そして新聞部が記事の掲載を取りやめたにもかかわらず、学園内に10年前の死者こと本条聖の噂が広まりつつある。新聞部員が本条聖の情報提供者を忘れてることを考えると、噂を広めたのは魔術師で、<認識の攪乱>を使って自分の存在を隠してる可能性があるわね」


 露華が思い至った推測には、紗愛も当然辿り着いていた。


 「これらが全て同一犯の仕業だとすると、その目的が何となく見えてくるわね」

 「見えてくるんですか?」


 言うまでもなく智慧理には何も見えていない。


 「露華、分かる?」

 「分からないです~……」


 自分より魔術に詳しい露華なら或いはと思った智慧理だが、今回は露華も智慧理と同じ立ち位置だった。


 「紗愛先輩、その犯人の目的って何なんですか?」

 「死者蘇生」

 「……はい?」


 あまりにも当たり前のように告げられた非常識なその単語に、智慧理は自分の耳を疑った。


 「だから死者の蘇生よ。犯人の目的は、『10年前の死者』本条聖を生き返らせることよ」

 「死んだ人間を生き返らせるって……そ、そんなことできるんですか!?」

 「ええ。当然簡単なことじゃないけど、これまでの長い魔術史の中で死者蘇生魔術はいくつも開発されてきたわ。やっぱり蘇りってのは全知性体の夢なのよね」


 紗愛は開いた右手の指を1本ずつ折りながら、いくつかの死者蘇生魔術について説明し始めた。


 「例えば死体の時間を逆行させて生きてた頃まで時間を戻すだとか、死体に再び命を与えて自律行動可能にするだとか。後は邪神と契約して死者を生き返らせてもらうなんて方法も開発されたわね。でもこの辺りの魔術ははっきり言って使い物にならないわ」

 「使い物にならないんですか!?」


 わざわざ説明してから卓袱台をひっくり返す紗愛。


 「死体の時間を逆行させる方式は必要な魔力量が馬鹿げてるから死後数秒とかでもなきゃ間に合わないし、死体に命を与える方式はゾンビみたいなのができ上がるだけだし、邪神と契約なんてしたらもれなく発狂からの邪神眷属化ルートだわ。この3つ以外の死者蘇生魔術も似たり寄ったりのデメリット塗れで、結局死者蘇生なんて夢のまた夢なのよね」

 「えっと……じゃあ本条聖を生き返らせるのも無理なんじゃ……」


 魔術で死者蘇生は可能と言ったり夢のまた夢と言ったり、智慧理には紗愛が何を言いたいのかが全く見えてこなかった。


 「既存の方法じゃ10年前に死んだ本条聖を生き返らせるのは難しい。だから犯人は新しい死者蘇生魔術を考えたんでしょうね。おかげで目的に気付くのが遅れたわ」

 「新しい死者蘇生魔術?」

 「智慧理、魔術のメカニズムは覚えてる?」

 「ええっ?何なんですかもう……」


 二転三転する話題に少し辟易しながら、智慧理は以前教わった魔術のメカニズムの知識を記憶から引っ張り出してくる。


 「えっと……人間の思いにはすごく弱いけど現実を改変する力があって、その力を増幅して現実を好き勝手改変できるようにする技術が魔術……でしたっけ?」

 「正解よ。言い換えれば人間を含めた知性体の『これをこうしたい』っていう思いの力で現実を改変するのが魔術な訳ね。そしてこれは智慧理に説明したことはなかったけど、魔術には他人の思念を利用することもできるの」

 「他人の思念を利用……?どういうことですか?」

 「例えばだけど、私が魔術で1個のリンゴを2個に増やそうとしてるとするでしょ?その時に智慧理が『リンゴが2個に増えるかもしれない』って考えてたら、私の魔術の成功率が高くなるの。智慧理の思念が持ってる微弱な現実改変力が、私の魔術の改変を手助けするって理屈ね」

 「そんなシステムがあったんですね……」

 「あったのよ、実は。だから魔術ってホントは1人でやるよりも大人数でやる方が成功率高かったりするのよ、ほとんど誤差レベルだけどね」

 「そうなんですね……で、話の流れからしてその裏ワザが新しい死者蘇生魔術に関係あるってことですよね?」


 紗愛は「裏ワザって訳じゃないけどね」と苦笑しつつ首を縦に振った。


 「もう1つ付け加えると、思念の現実改変力は改変対象が限定的であればあるほどより強力に作用するの。例えば『炎を生み出す魔術』と『松明に炎を点ける魔術』だったら後者の方が成功率が高いわ」

 「はぁ……そうなんですか?」

 「……鹿籠先輩、ちょっといいですか~?」


 するとここまで真剣に紗愛の話を聞いていた露華が口を開いた。


 「私、新しい死者蘇生魔術の仕組みが分かっちゃったかもしれません~」

 「えっ」

 「へぇ、聞かせてもらえる?」


 露華に先を越されたと焦りを覚える智慧理。しかし考えてみれば人造人間という魔術の結晶たる露華に、智慧理が魔術の知識で勝てるはずがないので、当然の帰結かと気を取り直した。


 「紗愛先輩のお話からすると~、たくさんの人が『死んだ人が生き返るかもしれない』って考えてたら、死者蘇生魔術の成功率は上がるんですよね~?」」

 「そうね。多ければ多いほど成功率も高くなるわ」

 「それで、限定的な現実改変ほど成功しやすいってことは~、『人間を生き返らせる』よりも、『特定の誰かを生き返らせる』方が簡単ってことですよね~?」

 「そういうことになるわね」

 「だったら~……七不思議と『10年前の死者』の噂を学園に広めて~、学園の全員が『本条聖さんが生き返るかも』って考えてたら~、魔術の成功率はとっても高くなりますよね~?」


 露華のその言葉を聞いて、ようやく智慧理も思考が追い付いた。


 「あっ!もしかして七不思議を利用するんですか!?七不思議を信じるなら、必然的に『10年前の死者』が7番目の七不思議で生き返ることを考えるから……!」

 「……その通りよ、2人とも」


 紗愛は口元に笑みを浮かべた。


 「御伽原学園の七不思議と『10年前の死者』、この両方を知った人間は必然的に本条聖の蘇りを意識するようになるわ。生徒と職員を合わせた御伽原学園関係者の数は1000人以上。それだけの数の人間が『本条聖の蘇り』っていう限定的な現象を意識すれば、相当な現実改変力が集約されることになるわ。そしてその集約した思念を魔術の容量で増幅させれば、本来お話にならないレベルで難しい死者蘇生魔術が、もしかしたら成功するかもしれないわ」


 そこまで言って紗愛は露華へと右手を伸ばし、露華の白い髪を優しく撫で始めた。


 「私が全部言う前によく答えが分かったわね、偉いわ鹿籠さん。褒めてあげる」

 「ありがとうございます~」


 露華は心底嬉しそうに紗愛に撫でられていた。


 「智慧理も鹿籠さんの話を聞いて、最後には自分で気付けて偉かったわ。あなたも撫でてあげましょうか」

 「あはは、私はいいです。それより紗愛先輩。犯人の目的が本条聖の蘇生で、そのために七不思議を利用してるってことは……犯人が七不思議の舞台に魔術を仕掛けたのは、学園の人達に七不思議を信じさせるためってことですか?」

 「でしょうね。七不思議を信じれば、必然的に本条聖の復活も信じざるを得なくなるもの」

 「でも七不思議の内容通りの魔術が仕掛けられてない場所もありましたよね?家庭科室とか」


 七不思議の内、「本校舎3階の女子トイレの鏡に死者が映る」や「誰もいない音楽室でピアノが鳴る」辺りは、内容に即した幻覚や幻聴が発生する魔術が仕込まれていた。

 だが反対に家庭科室など、七不思議の内容とは無関係な幻聴が仕込まれていた場所もあり、智慧理にはそれが解せなかった。


 「その辺りは単純に七不思議を再現しきれなかったんでしょうね。幽霊に体を取られるとかは<認識の攪乱>じゃ再現しようがないもの。それに七不思議を信じさせるだけなら、内容に忠実じゃなくても、七不思議の舞台で怪奇現象を起こすだけでも充分だと思わない?」

 「あ~……確かにそうですね」


 七不思議を信じさせるために、必ずしも七不思議に忠実である必要はない、という紗愛の理屈に智慧理は納得した。


 「それでその本条聖の蘇生を企んでる犯人って誰なんですか?」

 「それはまだ分からないわ。流石にそれを調べるには、まだ本条聖のことを知らなすぎるもの」


 犯人の目的が本条聖の蘇生にあるのであれば、犯人は本条聖の関係者である可能性が非常に高い。犯人を見つけ出すためには、本条聖を知ることは避けて通れない。


 「だから私は今夜2人がパトロールしてる間に本条聖のことを調べて、それと学園関係者を総浚いして怪しい奴がいないか探してみようと思うの」

 「じゃあ今のところはここまでですね~」


 露華のその言葉を最後に3人は解散し、紗愛はその足で市立図書館へと向かった。

次回は1日に更新する予定です

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