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42.検証と冤罪

 放課後、智慧理と露華と紗愛は家庭科室に集合した。目的は家庭科室に仕掛けられた魔術の具体的な効果の検証だ。


 「それで私はどうすればいいんですか?」


 手持無沙汰に腕を揺らしながら智慧理は露華に尋ねる。


 「確かここに仕掛けられてる魔術は特定の条件を満たすと発動するんですよね?その条件って分かってるんですか?」

 「まだ分からないわ、だからそれを突き止めるところから始めないとね。とりあえず七不思議に則って行動してみましょうか」


 七不思議の舞台となっている場所に仕掛けられた魔術であるからして、その発動条件は七不思議と関係している可能性が高い、というのが紗愛の見立てだった。


 「家庭科室の七不思議は……『放課後に家庭科室で1人勉強をしていると幽霊に体を取られる』でしたっけ?」

 「そうね。ってことで智慧理には今からしばらくここで勉強してもらうわ」

 「だから鞄持ってこさせたんですね」


 智慧理は近くの椅子に置いた自分の鞄に視線を落とす。ここに呼び出された時に紗愛から鞄を持ってくるよう指示され、何故鞄が必要なのかと疑問に思っていたのだ。


 「じゃあ……明日の英語の授業の予習でもしてますね」


 智慧理は鞄から英語の教科書とノートを取り出し、手近な机にそれらを広げた。


 「紗愛先輩、私は何をすればいいですか~?」


 予習を始めた智慧理の後ろで、露華が手を挙げながら紗愛に尋ねる。


 「あ~……そうねぇ……」


 言い淀む紗愛。そもそも露華に関しては本人が仲間外れを嫌がったから連れてきただけで、今回の検証でははっきり言って露華の役割は無いのだ。


 「七不思議に則ると家庭科室には智慧理1人だけがいる状態にしないといけないから……鹿籠さんは私と一緒に家庭科室の外に待機で」

 「待機ですね~。頑張ります~」


 露華は両腕に力瘤を作るようなポーズでやる気を表明する。しかしやることは待機なので、残念ながらそのやる気が日の目を見ることはない。


 「それじゃ智慧理、何か変わったことがあったらすぐに連絡してね」

 「は~い」

 「智慧理さん、お勉強頑張ってください~」

 「頑張る~」


 智慧理と露華が退出し、智慧理1人が家庭科室に残される。

 学園にはそれなりの数の生徒が残っているが家庭科室の中は静かで、物音と言えば智慧理がノートにシャーペンを走らせる音だけだった。

 そうして10分ほど予習をしていたところで、突然家庭科室のドアが勢いよくガラッと開く。


 「こらっ!」


 ドアの音と同時に飛んできた怒声に、智慧理はビクッと肩を跳ねさせた。

 振り返ると家庭科室の入口には、眉を吊り上げた若い女性教師が1人。


 「こんなところで何やってるの!」

 「知念(ちねん)先生」


 その女性教師は知念(ちねん)麗美(うらみ)。去年の春に新卒で御伽原学園の教師となり、今年は智慧理の隣のクラスの担任を務めている。智慧理は古文の授業で世話になっていた。

 その若さから生徒との距離も近く、一部の生徒からは「(うら)ちゃん」などと呼ばれて舐められている。


 「ダメでしょ、勝手に家庭科室使ったりしたら!包丁とかもあるんだから!」


 智慧理に近付きながら説教を始める知念。しかしその口調や表情は明らかに説教慣れしていない人間のそれであり、はっきり言って全く怖くない。その辺りも知念が生徒に親しまれている(舐められている)所以だ。


 「勝手に、っていうか……ちゃんと先生に許可取ってますけど……」

 「えっ、そうなの?」

 「はい。許可取ったの私じゃなくて紗愛先輩……生徒会長ですけど」


 その言葉と同時に家庭科室の知念が入ってきたのとは別の扉が開き、紗愛と露華が姿を現した。


 「智慧理の言う通りですよ、知念先生。田中先生と高橋先生から許可はいただいてます」

 「あっ、そうだったの?ごめんなさい、早とちりしちゃった」


 すぐに怒りの表情を引っ込めて謝罪する知念。


 「でも家庭科室で何してたの?生徒会のお仕事?」

 「はい。この頃七不思議に関する生徒会への相談が増えていることを受けて、生徒会主導で七不思議の調査を行うことになったんです。黒鐘さんには私から個人的に調査の協力をお願いしていまして」


 優等生らしく上品な言葉遣いで教師と喋っている紗愛を目の当たりにして、智慧理は何だか狐につままれたような気分になった。


 「そっか、生徒会も七不思議を調べてるんだ……」


 納得した様子で頷いた知念のその呟きを、紗愛は聞き逃さなかった。


 「生徒会『も』ってことは、私達以外にも七不思議を調べている人に心当たりが?」

 「あっ、うん。少し前に新聞部の生徒を家庭科室で見かけて……その時も注意したんだけど」

 「なるほど、新聞部……」


 学生新聞のネタとして七不思議はうってつけだ。新聞部が独自に調査していてもおかしくない。


 「黒鐘さん、調査って具体的には何をやってたの?」


 知念のその質問は、教師としてではなく単純な興味から発せられたもののようだった。


 「今は七不思議の中の『放課後に家庭科室で1人勉強をしていると幽霊に体を取られる』っていうのを調べるために、ここで1人で勉強してました」

 「あ~、そう言えばあったねそんなの」

 「知念先生も七不思議のこと知ってるんですか?」

 「うん、私ここの卒業生だから」


 へぇ~、と智慧理は目を丸くする。


 「先生の頃から七不思議ってあったんですね」

 「私が通ってた時よりもずっと前から七不思議はあったみたいよ。私に七不思議を教えてくれた先輩もそのまた先輩から教わったって言ってたし。懐かしいなぁ、夜の校内放送を聞くために学校に忍び込もうとして警備会社に捕まった同級生とかもいたりしてね?」


 七不思議を切っ掛けに高校時代の思い出話を始める知念。


 「あっ、そう言えば……」


 しばらくクラスや部活の思い出を語った知念は、不意に智慧理に顔を近付けると声を潜めた。


 「黒鐘さん達は知ってる?七不思議に関係して、生徒の間で『もうすぐ死者が蘇る』って噂があるみたいなんだけど……」

 「死者が蘇るって……7番目の七不思議のことですか?」


 御伽原学園で命を落とした人間は、10年後に蘇る。死者の蘇りと言われて思い浮かぶのは、一際異質なその七不思議だ。


 「もうすぐ死者が蘇る……ってことは、10年前に学園で誰かが死んでるってことですか!?」

 「私も生徒が話してるのをチラッと聞いただけだからよく分からないけど……もし噂が本当なら、そういうことになるよね?」


 そこで知念は「あっ!」と何かに気付いたように口元を押さえた。


 「ごめんなさい、私話し過ぎだよね。生徒会のお仕事の邪魔しちゃった」

 「いえ、全然……」

 「さっきも事情を知らないで怒っちゃったし……本当、色々とごめんね?調査頑張ってね」


 それだけ言い残し、知念は手を振りながら家庭科室を後にした。


 「それじゃあ智慧理、引き続き調査お願いね」


 紗愛と露華も知念に続き、智慧理にそう言い残して家庭科室を出て行く。


 「……なんかまたややこしくなったなぁ……」


 ここにきて知念からもたらされた、七不思議とはまた別の「10年前の死者」という謎。

 1つも解決しないままに次々と新たな謎が積み上がっていく現状に、智慧理は溜息を吐く。


 「まあいいや……勉強しよ」


 知念という邪魔者(流石にその表現は可哀想だが)がいなくなったことで、智慧理は再び七不思議の状況を再現すべく勉強を開始する。

 英語の予習が終わり、数学の予習も終わり、明日の授業全ての予習が終わり、中間試験の勉強に取り掛かる智慧理。

 そうして窓の外が徐々に暗くなり、最終下校時刻が近付いてきた頃。


 「うっ……ううっ……」


 試験勉強に没頭していた智慧理は、不意に聞こえてきたその声に顔を上げた。


 「ううっ……ぐすっ……」

 「泣き声……?」


 それは若い女性の泣き声のように聞こえた。

 智慧理は立ち上がって辺りを見回すが、当然家庭科室の中には智慧理しかいない。


 「じゃあもしかして……これが?」


 智慧理以外に誰もいないのに声が聞こえる、となれば考えられるのは、この声が例の魔術によるものであるという可能性だ。

 智慧理は鞄からインカムを取り出し左耳に装着する。


 「紗愛先輩、なんか魔術っぽいの出ました」

 「分かった、すぐに行くわ」


 それから1分と経たない内に、紗愛と露華が家庭科室にやって来た。


 「魔術っぽいのってどれのこと?」

 「この声です。泣き声みたいな」

 「うっ……ううっ……」


 女性の泣き声は今も聞こえ続けている。小学生くらいなら泣き出してしまいかねないくらいにはその声色は不気味だが、智慧理も紗愛もそういうのは特に気にしなかった。


 「声……?私は聞こえないです~」


 そして露華にだけは女性の泣き声が聞こえていない様子。


 「鹿籠さんにだけ聞こえないってことは、この声が魔術の効果ってことで間違いなさそうね」


 紗愛がこの場で見つけた魔術の痕跡は、<認識の攪乱>の改造魔術のものだった。そして<認識の攪乱>は露華には効果がないので、露華に声が聞こえていないということが逆説的にこの声が<認識の攪乱>によるものであることの証明になる。


 「家庭科室に仕掛けられた<認識の攪乱>の効果は女の泣き声の幻聴……うん、1ヶ所目の調査はこれで終わりね」

 「長かったですね~……!」


 放課後になってすぐに調査を始めたというのに、今はもう最終下校時刻手前。その間ずっと勉強をしていた智慧理は精神的に疲弊していた。


 「この分だと、他の場所の調査も時間が掛かりそうね……」

 「そんなぁ……」


 苦笑交じりの紗愛の言葉に、智慧理はがっくりと肩を落とした。




 「さて、これで調査は一通り終わったわね」

 「いやぁ~時間掛かりましたね~……!」


 調査開始から1週間。智慧理達はようやく七不思議の舞台に仕掛けられた魔術全ての効果を明らかにすることができた。


 「改めて纏めると、女子トイレと中庭の魔術は血塗れの女子生徒を見せる効果、家庭科室と図書室と放送室と音楽室は女の声の幻聴を聞かせる効果だったわね」

 「同じのばっかりで芸がありませんでしたね……」


 七不思議の舞台に仕掛けられた<認識の攪乱>の効果は全て幻覚か幻聴のどちらかで、そのバリエーションの少なさに智慧理は調査の後半にはもう退屈していた。


 「そういえば~、この6ヶ所以外に魔術が仕掛けられてた場所は無かったんですか~?」


 露華が首を傾げて更に尋ねる。当初は調査に貢献できることは無いと思われていた露華だったが、いざ蓋を開けてみれば精神干渉耐性による幻覚や幻聴の判別という形で大いに貢献していた。


 「一応調査と並行して学園中を調べてみたけど、他に魔術の痕跡は見つからなかったわ。だからこの魔術を仕掛けた魔術師の目的が、七不思議と何らかの関係があるのは間違いないでしょうね」

 「紗愛先輩のことだし、魔術師の目的にも見当ついてたり?」


 智慧理が探りを入れると、紗愛は苦笑しながら首を横に振った。


 「流石にまだそこまでは分からないわ。けど単なる予想で言うと……智慧理が知念先生から聞いた、10年前の死者は何か関係がありそうね。っていう訳で明日、その辺の話を聞きに行くわよ」

 「えっ?話を聞くって……知念先生にですか?」

 「いいえ。行くのは新聞部のところよ」


次回は27日に更新する予定です

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